11 / 96
聖女の色持ちではないんですがね 11
しおりを挟む眠れないと思ってた。
けど、知らないうちに寝落ちしていたみたいで。@鏡の前。
「お尻が痛すぎる。ふかふかのカーペットの上でっていっても、所詮は床で座ったまま寝ただけだもんな」
体を起こし、膝立ちの格好で手のひらでお尻を撫でる。
「いたたた……」
唸りながら自分の尻を撫でる女がいて。
「スープ、持ってき……た」
ノックもなしに開けられたドアから、カルナークが入ってきて。
声に体をねじって、そっちをみたあたしと目が合う。
「カルナーク……」
昨日の今日で、あの呟きを聞いていたその答え合わせのような今。
「お、前……、何し…て」
真っ赤になって、トレイ片手にフリーズしてしまっている。
何をしてる、って質問されているのはすぐに理解したんだけど、自分がどう返せばいいのか一瞬わからなかった。
「え?」
自分がしている格好を忘れて、首をかしげる。
「……っっっ!!! こ、これっ! 置いてく、から」
真っ赤な顔のままでテーブルに乱暴にトレイを置き、顔をそむけっぱなしで部屋を出ていった。
「変なの、カルナーク」
そういいながら、撫でていたお尻から手を離す。
鏡には、不自然な格好のあたしが映っていて。
「………………あ!」
気づいて、カルナークが出ていったドアから、彼を追うように部屋を出る。
「カルナーク!」
当然のように彼の姿は、とっくに見えなくなっていて。
廊下で頭を抱えながら、しゃがみこんでしまう。
「やっちゃった」
何をやっているのか、訳がわからなかっただろうな。
自分の尻に手をあてて、鏡でそれを映しているようにしかみえないじゃない。あんなの。
グラビアのポージングじゃあるまいし。
「ごめんね、カルナーク。せっかく持ってきてくれたのに、スープ」
聞いててくださいと言わんばかりに、ひとりごと。
ゆっくりと立ち上がって、部屋の中へと戻った。
テーブルには、昨日と同じスープが湯気をたてている。
「……いただきます」
カルナークに感謝の気持ちを呟き、スプーンでスープを掬う。
一口、二口、三口。
「…………ん。美味しい。…ありがと、カルナーク」
ここにはいない彼へと感想を呟き、もぐもぐと口を動かす。
いろんな野菜が入ってて、彩りよし、味もよし、食べながら楽しめる。
「魔力に、一目惚れ……かぁ。どんな魔力なんだよ、あたし」
目に見えたらよかったのに、今のあたしは何もわからない。気づけない。
でも、それって。
「聖女の力とは別なのかな。あたしは多分……」
(聖女じゃないから)
聖女として喚ばれておきながら、その辺の魔法と同じものしかなかったら、きっとこの国の人たちはガッカリするよね。
ジークムントは、あたしのことを知ってるよと言った。
あたしのことを知っている。あたしの力について、か、あたしの素性について、か。
アレックスに見せた、あたしの目の色の秘密についても把握しているということなのかな。
この手のゲームだと、こう呟けば出るんだろうか。
「ステータスオープン」
試しに聞きなれた呪文を呟いてみる。
「…………なにも、おき…ない?」
体に違和感はない。目の前には、さっきまでと同じ状態の部屋があり。
脳内にもそれらしき表示が浮かんでもいない。
「なーんだ。自分の状態、知ること出来ないじゃん」
すこしの期待をのせて呟いたそれは、不発に終わった。
きっとこの後、アレックスとジークムントが来て、あたしの話を聞いてくれるはず。
でも、あの二人が知らないだけでカルナークもその話を聞くことになる。
カルナークがどういう状態であたしの声を聞いているのかわからない。
聞こうと思ったら常に流れっぱなしなのか、自分で音声をミュートにすることも可能なのか。
その辺の確認もしたかったのに、おかしな格好をしていたばかりにこんなことになった。
あの二人に、カルナークとのことを話していいのかも悩ましい。
彼のスキルについて、他のみんなにも周知の事実なら説明は短くていいんだけど。
(もしも、あたしが聖女の色持ちじゃないってわかったら、どう思うかな)
彼に好かれたままでいたいとか、浅ましく図々しいことを思ってはいない。
でも、だよね。
どっちにも許可なく話を進められない。
一番いい方法は、なんだろう。
ベッドへと歩き出し、傍らにある水差しから水を注いでゆっくり飲んでいく。
うつむき、首をかしげ、唸って。
「あーもー、どうしよ」
天井を仰ぐように、勢いづけてベッドに倒れる。
ぎしりと中のスプリングらしき音がして、ベッドが数回上下に揺れた。
どうすれば、声が届かないですむのか。
声が聞こえちゃうことを二人に告げれば、カルナークが叱られそうな未来しか浮かばないし。
ごろんと右を下にして肘をつき、横寝の格好になる。
視界に入ってきたのは、あたしのリュックだ。
(そういえば、出かけた時に何持って出かけてきたっけ)
リュックの中にお助けグッズでもないかと、勢いつけて起き上がり。
「便利なアイテムが入っていますように!」
リュックを持ち上げて、せーの! の声と共にリュックの中身をベッドにぶちまけた。
財布にスマホに充電器に、お菓子、バスカード。
「スマホ……は、電源は入るけど、電波もWi-Fiもなし。カメラ機能は大丈夫だけど、使いどころがあるのかな。スマホ」
見つけた瞬間は「お! やったぁ」とか思ったのに、ちょっとがっかりだ。
「…で、と。あとは」
未開封の薄めの箱を見つける。ひっくり返し見えた商品名に、思わず声が出る。
「あ! これ、使えるんじゃない?」
100均で買ったばかりの、電子メモパッド。
電池も3個セットで買ってある。
ボタン電池を取り出し、メモパッドにセットしてみる。
試し書きしてみて、問題がなさそうなのを確認。
「……じゃあ、これにこう…書いておいて……っと」
二人が来た時に、真っ先に見せなきゃいけない一言を書いておく。
『これは、あたしの世界のメモする道具です。これからする話は、筆談でお願いします。今はまだ他言無用なので』
あたしの世界の言葉づかいが通じるのかわからないけれど、一応書いておく。
筆談と、他言無用。このあたりが若干不安なワードではある。
あたしは日本語で書いたけど、二人にはどう見えるだろう。
この世界の言葉に自動翻訳されていたらいいんだけどね。
「とりあえず、は」
メモパッドを手にしたまま、テーブルに戻っていく。
食べかけのスープを食べきって、手を合わせて。
「ごちそうさまでした。美味しくいただきました…っと」
ここにはいない彼へと感謝を呟く。
テーブルの端にトレイをずらして、天井を仰ぐ。
目にはずっと違和感しかない。
「こんな事態じゃなきゃ、外してしまいたいのに」
入れっぱなしのコンタクトなんて、悪いことこの上ない。
(早く、二人が来ないかな)
ソファーの上にごろりと、行儀悪く寝転がる。
ほとんど寝ていないから、寝てしまいそう。
「はや…く、来ないか…な、ぁ」
満たされた胃袋、体はほんのりあたたかくて。
「話を…しな、きゃ」
寝心地のいいソファーを前にして、眠らないという選択肢はなかった。
体は、素直だった。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――


我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい
咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。
新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。
「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」
イルザは悪びれず私に言い放った。
でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ?
※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる