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夢見る乙女は、暴走したい 3
しおりを挟むペラペラと紙をめくりながら、何度も行ったり来たりをしつつ読みこんでいく。
「結局のところ、完全掌握は難しいのか?」
思わずそんな弱音がもれるような内容が、ぎっしりと報告書のように書き込まれていた。
当て馬とか聞こえたそれは、神田にとって幼なじみにあたる相手がそれらしい。
『略称:おさなな』
「って、幼なじみって普通に言えばいいだろう?」
謎のこだわりが、いまいちわからない。
現・三年生の柔道部の部長。八木春斗。
この資料によれば、小学校の時からの幼なじみで、家同士の交流もあり。
作家の神田が考えた、追加キャラと設定だとも書かれている。
(そういう場合、追加キャラの記憶とかってどうなってるんだろうな。幼い時の二人での記憶なんかもあることになってるのか?)
小説のキャラクターになるなんてこと、そうそうないからな。俺も含めてだけど。急に増えたり減ったりする記憶に、地味に振り回されたりもする。
「えー…っと、なになに?」
指先でなぞりながら、八木の設定について書かれている箇所を読んでいく。
(というか、生徒として今まで関わってきていなかったのに、俺の記憶の中にもいきなり八木って生徒のデータが入り込むんだろう? どういう関係性の扱いになる? 俺と神田の関係について知ってることになるのか…否か)
もらすつもりはないのに、勝手にため息がもれてしまう。
お兄ちゃんキャラ。包容力があり、頼りがいがある。この高校への受験時も、かなり助けられていたらしいと書かれている。
高校受験は、家からすこし遠いけれど、八木がいるならと親から許可が出たとも書かれていて。
なにか困ったことがあると、真っ先に八木に相談に行き、バスケ部のマネージャーになってからの悩みも度々相談していた…らしい。
中学の頃は、しょっちゅう泊まりに行って、勉強を教えてもらったり各季節のイベント時には一緒に行動。
海にスキーにと、とにかくイベントというイベントは一緒にいた…らしい。
「…これ。いわゆる親公認カップルってんじゃないのか?」
読みながら、うんざりしてきた。
「俺、入る隙、どこにある?」
そして、愚痴ももれるし。
「むしろ、俺の方が当て馬感、強くね?」
タバコに手を伸ばして、おもむろに火をつける。
タバコを吸いつつ、何度も何度も読み返す。
読み返すたびに思うのは、神田の気持ちがいまいちつかめないってこと。
俺のことが好き、なはず。そのはずだったのに、なんだかおかしな自信めいたものが崩れてしまいそうになる。
「神田は、俺と肉体関係を結ぼうとしていた。そのために何度かリセットだか、それらしいのもあったな」
タバコを燻らせながら、神田の勝手で戻された日常を思い出す。
俺の中にはやりなおしをさせられた記憶が積み重ねられていく。
神田の方は、それまでのことがなかったみたいに新しい展開を進めていかれた。
そんな日常にの中でも抗えることは抗って。それがまるでバグみたいになりすぎないように、さりげなく誘導していくのは苦労もしたけど、それなりに楽しめた時もあった。
「……のに、だ。結局は原作者さまには敵わないってことになるのか?」
藤原から渡された紙束を何度読み返しても、最後の結びの言葉はこれだ。
『彼女の性癖をもっと知って、傾向と対策を』
「性癖、ねぇ」
だいたいそういう特殊な表現をするようなもんを、俺が持ち合わせているのかって話で。
「そもそも論で、俺がこの場所で神田にどこまで抗って逆らって生きられるんだ? そうすることで、バッドエンドってもんも存在するかもしれないだろ」
ゲームのように選択肢を選んで進んでいけば、絶対にハッピーエンドにたどり着けるときまったわけじゃないよな。
どんなゲームだって、負け要素ってもんも対極にあるはず。
「女子高生と教師の、禁断の恋。バッドエンドったら、アレか? 社会的制裁とかなんとか」
最初に違和感を感じた時の、神田と俺の関係がそれに近かったかもしれない。
どんな風にその関係が始まったのかの記憶はどこか朧気だけれど、あのまま爛れた関係を続けていけばきっとエンディングは二人の別離の可能性が高かったんじゃないのか?
神田は俺のことが好きなはずなのに、そのバッドエンドの方へと導こうとしているようなもの?
「いや…そんなよく考えられた進め方って感じはしない。むしろ、その逆?」
藤原からの報告書っぽいその内容を読み解けば読み解くだけ、まさかな言葉しか浮かばなくて。
「行き当たりばったり。思いつくがまま書いてるだけ……」
まあ、小説なんてそんなもんなんだろうけど、もうちょっとこう…推敲っていうかさ。なんかあってもよくないか?
「オリジナル小説なんて書いたことないけど、最初に登場人物とか諸々は設定案として決めて然りじゃないもんか?」
何か途中で思いついたら、設定変更とか普通にするものか?
「それが今回の当て馬=八木の存在ってことに?」
そういう妄想とか藤原が書いていたような性癖ってものがイマイチ理解できていない俺。
性癖ってワードで想像するならば、特殊な何か好きなものや行動とかがある…って程度か。
俺はそっち方面への造詣は深くないからな。
「男が好きそうなその手だと、コスプレっぽいものか? ナースコスとか、アニメのキャラコスとか。あとは…ヤる時にどういうシチュエーションがいいとかってやつくらいだよな?」
とか現段階の自分の記憶を頼りに知識を引っ張り出してみても、俺って人間にその方向でのこだわりはそこまでなかったっぽい。
「でも確か……リセットみたいなのがかかる前のおぼろげな記憶で、車の中でヤってたっぽいのはあったな。関係が関係だから、車の中で? ……んー。神田の扱い、雑だな。女子高生に夢と現実を突きつけたような状況? え? いや…違うか。秘めていたからこそ、わずかな時間だけでもと体をつなげた…。いやいや……ちょっとまて! 今、なんか違う記憶がノイズみたいに浮かんだぞ。……俺んちで、カーテン開けっぱで、羞恥プレイみたいなやつ! …………なんなんだよ、これ。もしかしてこれが、藤原が書いてきていた…性癖ってことなのか? 見られるのが好きとか、恥ずかしいのが好きとか、そういうことか?」
記憶をたどってみて、最終的にものすごく恥ずかしい状況に陥った。
「俺、そんな性癖ねえよ!」
脳裏に浮かんだものが、かんたんに消えてくれない。
「はぁああああー…。マジで勘弁してくれって」
神田はどうして俺ってキャラを選んだのか。
何度も読み返していった中で、これも引っかかった。
『佐伯和沙:本編に登場するのは、わずか。いわゆるモブキャラが、今回の二次小説の主要キャラへと昇格』
俺について注釈のように書かれている文面だ。
『作家の好みは、自分より年上』
ってことは、少なくとも29の俺よりは下の年齢。
『若干ファザコン』
「……若干の程度ってどれくらいだ」
探っていくしかない。分析に分析を重ねていくしか、ない。
「けどなー」
そう言ってから、テーブルの上に紙の束をドサッとまとめて放る。
「俺がここにこうしている間にも、話は進んでいるようだしな。現段階の俺は、身動きすら出来ない」
小説の中にいきなり戻されて、展開や設定が変わった中で即時即対応する以外のやり方を許されなくなったようなもんだ。
けど、藤原は俺とは違った意味でのモブキャラに近いらしく、こんな風に極端な状態で話から追い出されることなんかないみたいだ。
そういうのがなきゃ、こんな感じで俺に協力が出来るはずがない。
状況を報告書並みの文章量で送りつけてくることだって、目の前で見ていなきゃ無理な内容ばっかりだ。
「いっそのこと、藤原が小説を書いた方がいいじゃないかって文章力だな。スポーツも出来て、勉強も出来て、神田を初めとして異性への気づかいも出来て。……これで藤原も主要キャラじゃないとか、本編の方にいる攻略キャラだとかってどれほど出来たキャラなんだろうな」
藤原からのこういったサポートがなきゃ、こんなにのんびり…ってわけじゃないけど緊張感ばかりでどうにかならずにすんではいるが。
「…はあ。なんか飲むかな。冷蔵庫に何入ってたっけ」
おもむろに立ち上がって、冷蔵庫の方へと向かおうとした俺。
スマホからメッセージの着信を知らせる音がして、俺がすぐに振り向く。
テーブルの上に置きっぱなしのスマホを手にして操作をすれば、こんな件名のメッセージが届いていた。
『お待たせしました』
「…え? 何か待ってたっけ? 俺」
身に覚えのないタイトルに、首をかしげながらも、メッセージを開く。
『主要対象キャラ一覧、入手しました』
という一文の下に、名前と学年、所属部活と、備考欄と書かれている罫線で作成された表のファイルが添付されていて。
「マメで真面目だな、アイツ」
藤原が同じ職場にいたら、さぞかし助けられるだろうなとか想像しただけで面白く思えた。
ふざけたもしもを想像しながら開いたそのファイルに書かれていた名前は、学校中が知っているだろう有名人ばかりで。
「…こんな奴ら差し置いて、なんで俺で二次小説なんて書いてんだよ。神田ぁ」
本人にどうしてなのかを聞きたい気持ちに駆られずにはいられなかった。
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