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いつ、誰がこの恋をはじめた? 11
しおりを挟む(俺が、おかしい)
彼女によって、大切なもののように包み込まれた俺の右手。
行きどころを失った左手が、俺の意思しない動きをする。
「……神田」
誰かが来るかもしれないのに、見られるかもしれないのに。
気づけば神田の右肩に触れ、グッと自分へと抱き寄せていた。
「せ、んせ…ぃ」
震える声で、俺を呼ぶ。
抱き寄せた彼女の頭に自分の顔を乗っけるようにして、頬をすり寄せる。
その行為はまるで、彼女に甘えているような錯覚をしてしまいそうだ。
短い時間だったんだろうけど、感覚的には長いことそうしていたよう。
神田が俺の胸元に顔を寄せて、すり…と小さな音がした瞬間。
「っっ! ご、ごめ…っ」
剥がすかのように、彼女の体を勢いつけて離す。
「……え」
目を見開き、どこか悲し気な顔の彼女。
それに対して、俺は戸惑うばかり。
俺の方が大人だってのに。
俺の方が、きっと経験豊富のはずなのに。
(こういう感情に振り回されるのも、はじめてじゃないはずなのに……)
中途半端に名前が付きかけた感情を、俺はどうしたらいい。
作者が与えてきたものか、俺の中に自然と生まれたものか。
不安定な感情に、思わず顔を歪めてうつむく。
「あの、ね。先生」
黙ったままの俺より先に、神田の方が動き出す。
「今日、この後、保健室で包帯の巻き方とか教わりに行ってきてもいいですか? って聞きに来たんです」
どこか遠慮気味に、俺の様子をうかがう。
「あ、あぁ。うん、行ってきていい。部長に告げてから行くようにしろ。…お前がいなかったら、途端にダラけるやつらばかりだから」
とかなんとか、ちょっとくだらない話も交えて返す。
「わかりました。じゃあ、一回戻って部長に話してから行ってきますね」
そういってペコリと頭を下げて。
(…ん?)
下げて?
「どうした?」
思わず、そう声をかけてしまったほど、頭を下げたままで動かなくなった。
「……神田?」
うつむいたまま、視線も床に向かっているままで。
「かん……」
呼びかけた名前。
よく見ると、かすかに体が震えていて。
「…………な、んでも、な…ぃ、です」
不自然なほど頭を下げた格好で、クルッと体を反転させていきなり走り出す。
「それじゃ」
とだけ、かろうじて聞こえる声で呟き、どんどん遠くなっていった。
さっき触れた温もりが、あっという間に消えてしまった。
それは自分のせいなんだろう、きっと。
「どうしたらよかったっていうんだ」
もう姿が見えない彼女の後ろ姿を思い出しながら、こぶしを強く握る。
「俺の中にある行き場のない葛藤について、多分…当事者の神田に話せたらいいけど、そんなこと言ったところでどうしたくて話すっていう目的があるわけじゃないしな」
俺自身、どこまで自力で動けるのかつかめていない中途半端な状態で、あいつを巻き込めないし。
「それに、きっと…俺は」
フラグとは無関係に、多分、俺は……。
「あいつに持っちゃいけない感情を、抱えはじめてる」
遠くでなにかのボールの音がする。
シンとした廊下で、鈍く響いて聞こえた。
今頃、バスケ部も部活を進めているんだろう。
あいつと同じ年代のやつらが……。
らしくなく、羨む。
大人なのにな、俺。
「結局のところ、俺がきっかけになるのか?」
作者の姿が見えるはずもないのに、廊下の天井を仰ぐ。
「なあ、俺がはじめなかったら、このまま終わるのか? 俺とあいつが登場人物で合ってるのか?」
子どものように、とまどう。
眉間にしわを寄せてうつむいた、その次の瞬間。
『一時間後に、体育館に行くか、部室に行くか、保健室に行くか。展開が全然変わっちゃう…。保健室だと、18禁に突入しそうだし』
そんな声が聞こえて、体を強張らせる。
『今日の気分的には、強制フラグ立たせちゃいたいとこなんだよな。なんだか、エッチな気分だし。保健室でっていうのが、たまんないし』
声が止まらない。
耳に入った言葉が、なぜかうっすら映像化されて頭に浮かんできた。
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