上 下
20 / 22

19「……久しぶり、だね」

しおりを挟む
 食べられる。
 そう思って目を閉じた。
 その瞬間。

 ドンッ。

 ぼくの身体は何か重たいものに押されてその場から弾き飛ばされた。

「痛……!?」

 耐えきれなくて転げるように地面に倒れる。
 だけどそのおかげでヘビの口からは逃げられた。
 あわてて顔を上げたら――ユウが、手を突き出してぼくを見ている!
 ぼくはあやめちゃんの言葉を思い出した。

『突き飛ばされたおかげで、助かったんだよ。だからね……ユウくんはあやめを助けようとしてくれたんじゃないかな?』

 ユウ。
 今度は、ぼくを助けてくれたの?

 ユウはさけんでいる。
 がんばれって、言ってるみたいに。

 ぼくはよろよろと立ち上がった。
 負けられない。諦めるもんか。

 琥珀くんと藍里さんも立ち上がる。
 桃香ちゃんも抜け出そうと懸命にもがく。
 桃香ちゃんはめいっぱい力を込めて……。

『無駄なことを!』
『待て、何だ……?』
『何か聞こえる……?』

 ヘビが怪訝けげんそうに首をもたげた。
 きょろりと見回す。

 ……? 何だ?
 ぼくには何も聞こえないけど……。
 もしかして。

「桃香ちゃん! 桃香ちゃんは、声、聞こえる⁉︎」
「えっ……⁉︎」
「ヘビ以外の声! 例えば、そう……ヘビに食べられた悪霊の声とか!」
「う、うん。ずっと聞こえてるよ」

 そうか。やっぱり。
 ぼくに悪霊たちの怨念が見えるように、桃香ちゃんにはそいつらの声が聞こえるんだ。
 そして桃香ちゃんは無意識にゴースト・ギバーとしてヘビに聴覚を与えた。
 だからフツウじゃ聞こえない悪霊の声もヘビに聞こえたんだろう。

 それなら……。

 ぼくはヘビに向かって手をかざす。力を込める。
 ポゥ、と淡い光が辺りを照らす。

『何だ……⁉︎』
『この黒いモヤ……待て、こいつは……!』
『お前はおれさまが食らってやったはずだろう!』

 悪霊の怨念がはっきりと見えるようになったヘビたちがあわて出す。
 「そうか!」と気づいた琥珀くんがぼくに続く。

「おまえらのにおいがどれだけえげつないか、実感しやがれ……っ!」
『ぐぁぁぁぁぁっ』
「きゃ……⁉︎」

 たまらずのたうち回ったヘビが桃香ちゃんを取り落とした。
 危ない!
 間に合わな……、あ。

「おっと。大丈夫かい、桜田さん」
「あかねくん!」

 桃香ちゃんを間一髪、受け止めたのは茜くんだった。

「良かった! 茜くんも動けるようになったんだ!」
「ああ。心配かけたね。みんなも大きなケガはないようで何よりだ」
「最初に会ったときといい、いつもカッコいいところで出てくるよね、茜くんは」
「そうかい? まさか天内くんにカッコいいと言われるなんてね。照れてしまうよ」

 ぜ、ぜんぜん照れた感じがしない……!
 すごくサラリとスマートに言ってのける茜くんは、やっぱりというか、さすが茜くんという感じだ。

「もう。呑気なものね」

 横目でぼくたちを見ながら、藍里さんがため息。
 それから藍里さんも力強く手をヘビに向けて――。

『ぎゃああああああ!』

 ヘビが苦しそうに悲鳴を上げる。
 みしみしと黒いモヤがヘビ全体にまとわりついて締め上げているんだ。
 触覚が強く与えられたことでその痛みもしっかりと感じてしまうらしい。
 見ているだけでも本当に痛くて苦しそう。
 でもそれは、このヘビがやったことがヘビ自身に返ってきた……ってことなんだよね。

「ももかも……!」

 改めて桃香ちゃんが力を込める。
 聞こえてきた声をかき消そうと、ヘビが大声で暴れ回る。

『うるさい、うるさい、うるさい!』
『やめろ、離れろ! こっちに来るな!』
『やめろぉぉぉぉ!』

 暴れ回るヘビは力が抜け始めているのか、少しずつ小さくなっていく。
 それを眺めていた茜くんがぼくを見た。

「天内くん」
「はっ、はい!」
「よく見て」
「え!?」
「あのヘビの中でひときわ強いところはないかい? あのヘビをすもの。アレがアレたるゆえん。オレにはどう見えるかわからないが……君ならきっとわかると思うんだ」
「ひときわ、強いところ……?」

 茜くんが何を言っているのか、よくわからない。
 でも、茜くんの言葉はいつだって強い。
 ぼくは無意識に従って、ヘビをよく見てしまう。

 ひときわ強いところ。
 ほかとちがうところ。
 どこだ?

 すみずみまで、見て、見て、見尽くす勢いで観察する。
 頭のてっぺんから、シッポの先まで。

 そうしていたら、ユウがゆらゆらとヘビに近づいて、指を……。

「……あ!」

 ユウが指差した先。舌だ。
 舌の先が、不思議な光り方をしている!
 赤くて血みたいな色の舌。
 その先が不気味に、だけど淡く光っている。

「茜くん! 舌が! 舌が光っている!」
「なるほど」

 ほほえんだ茜くんは前に進み出た。
 息絶え絶えだったヘビがそれに気づく。

『くそ、くそう!』
『こんなはずでは!』
『こうなったら、お前だけでも……!』

 そう意気込んで、ヘビが、茜くんに舌を突き出す――!

 それを、茜くんは――ただ、穏やかに見守った。

「食べて、食べ尽くして、そうやって強くなった悪霊だからな。たしかに舌というのは、『らしい』。それにしても牛タンならぬヘビタンか。果たして味はどうかな。まあ――オレにはあまり関係ないけどね」
『へぁ……?』

 ヘビが、まぬけな声を上げた。
 というのも――舌を思い切り引っ張られたからだ。
 茜くんの、背後霊に。

『はっ、ははへ! ははへぇ!』

 はなせ、って言いたいらしい。
 聞き取りにくい声でさけんだヘビだけど、背後霊は止まらない。
 背後霊は、大きく口を開けて、ばちん!
 ヘビの舌をはさんだ。
 噛みちぎる。
 さらにそのまま、ヘビの頭もくわえこむ。

 それからはあっという間だった。
 頭を食べられたヘビは、暴れる力も小さくなっていった。
 あんなに怖かったのに、その圧も、どんどん消えていく。

 バリバリ、モグモグ、ごっくん。
 背後霊がヘビを飲み込むと――茜くんが静かに手を合わせてつぶやいた。

「ごちそうさま」

 しぃ……ん。
 辺りが静まりかえる。あんなにうるさかったヘビの声は、一切聞こえない。
 聞こえるのは風が木の葉を揺らす音くらい。
 気づけば黒いモヤもなくなっていた。

「………………うおー!?」

 一番に声を上げたのは、琥珀くんだった。

「なんかっ、わかんないけど! 茜がやっつけたんだよな!? あのヘビを! やっつけたんだな!」

 琥珀くんの興奮が、緊張していた空気をぬりかえてくれる。
 みんなも、わぁっと声を上げた。
 よろよろと集まり合う。

「よかった、よかったぁ……っ」
「そうね。さすがは西園寺くんといったところかしら」
「なに、みんなが弱らせてくれていたからさ。悪霊に過剰に感覚を与えることで弱らせるという発想には恐れ入ったよ。――さすがゴースト・ギバーだね」

 茜くんのほほえみに、ぼくらは顔を見合わせる。
 へへ……と誰からともなく笑い合った。

 正直、無我夢中だった。
 今でも少し信じられない。
 奪われた感覚を与えてあげるだけじゃなくて……こんな風にたくさん与えることで悪いやつをやっつけられるなんて。

「それと、天内くんが核を見つけてくれたからこそだね。さすがにオレも、あのサイズをいきなり丸呑みなんてできないからな」
「はは……あれは、ユウが……ぼくの友達が教えてくれたから」

 答えて、ぼくはゆっくりと辺りを見渡した。
 ……ユウがぼくを見ている。
 ホッとしたような笑顔で、ぼくを見ている。
 ぼくはユウに向き直った。

「……ユウ」

 ああ。言葉が出てこない。どうしよう。
 でも、そうだな。まずは……。

「……久しぶり、だね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

時間泥棒【完結】

虹乃ノラン
児童書・童話
平和な僕らの町で、ある日、イエローバスが衝突するという事故が起こった。ライオン公園で撮った覚えのない五人の写真を見つけた千斗たちは、意味ありげに逃げる白猫を追いかけて商店街まで行くと、不思議な空間に迷いこんでしまう。 ■目次 第一章 動かない猫 第二章 ライオン公園のタイムカプセル 第三章 魚海町シーサイド商店街 第四章 黒野時計堂 第五章 短針マシュマロと消えた写真 第六章 スカーフェイスを追って 第七章 天川の行方不明事件 第八章 作戦開始!サイレンを挟み撃て! 第九章 『5…4…3…2…1…‼』 第十章 不法の器の代償 第十一章 ミチルのフラッシュ 第十二章 五人の写真

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...