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16 「……こっち、って誰かが呼んでる……!」

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 学校に戻ると、晴れた空とは裏腹に、空気がどんよりと重かった。
 玄関に入る前に足を止める。

 これは一体、何だ?
 まるで霧みたいに黒いモヤモヤがうっすらと学校全体を覆っている。

 水飲み場に向かっているサッカー部の生徒。
 体育館へ向かうバスケ部の生徒。
 グラウンドを走っている野球部の生徒……みんなどこか顔色が悪くてフラフラしている。
 吹奏楽の音も、いつもの活気に満ちた音じゃなくて、今にも消えてしまいそう。

「若葉……?」

 ふいにぼくを呼ぶ声が聞こえた。
 声のした方を見ると、ゴースト・ギバーのみんなが下駄箱の前に固まっていた。
 ぎゅっと眉間にシワを寄せた琥珀くんがこっちを見ている。

「琥珀くん。茜くんたちも」

 ぼくは急いで駆け寄った。
 心臓が痛い。走ったせいだけじゃなくて、息が苦しい。
 でも……言わないと!
 ぼくは思い切り頭を下げた。

「ごめん! さっき、ぼく、ひどいことを言って……!」
「いいのよ。ちゃんと話を聞かない琥珀が悪いんだもの」

 しれっと答えたのは藍里さんだ。

「ちゃんと聞けば、本心じゃないことくらいわかったでしょうに」
「うるせえな。仕方ないだろ、ショックだったんだから!」

 噛みつきそうな勢いで言い返す、琥珀くん。
 コラコラとなだめながら、茜くんが苦笑する。

「まあ、話を聞いてくれなかったのは天内くんもだけどね。天内くん、オレの言葉を最後まで聞かずに逃げたろ?」
「う。ごめんなさい。茜くんに見捨てられたと思って……」
「見捨てる?」

 ぼくの言葉を繰り返した茜くんは吹き出した。

「まさか。ただ、封印探しが君にとって負担なら、ムリに付き合わなくても大丈夫だよと言いたかっただけだよ。オレ個人としてはやっぱり仲間になってほしいけどね」

 桃香ちゃんが心配そうに見上げてくる。

「……わかばくんは、戻ってきてくれたんだよね? ももかたちと仲直りしてくれるんだよね?」

 ぼくはちょっぴり困ってしまって、眉を下げた。
 仲直りも何も、きっとぼくは、ケンカにすらなれていなかった。
 でも、うなずく。
 戻ってきた。
 ぼくは自分の意思で、みんなのところに帰ってきた。

 桃香ちゃんがホッと笑う。
 琥珀くんがグッと親指を立てて、藍里さんがほほえみ、茜くんが満足気に目を閉じる。
 その反応にホッとしながら、ぼくはもう一つ気がかりなことを口にした。

「ところで……学校はどうなっちゃったの?」

 みんなが顔を曇らせる。

「どうも、封印が解けかけているようなんだ。それもほとんど」
「もう? 茜くん、一ヶ月って言ってたよね?」
「ああ。だから想定外だよ。封印に何かあったのか……」
「先輩と連絡はついたの?」

 茜くんは首を横に振った。

「こんなに連絡がつかないなんてどうしたんだろうと思って調べてみたら、今、海外にいるらしい」
「か」

 海外!
 ぼくはその人のことをぜんぜん知らないけど、なんだかスケールの大きい人だ……。

「今は封印されていた悪霊から負の霊気が溢れているみたいなんだ」
「みんな、苦しそうなの。今はまだそんなに自覚はないかもしれないけど……顔色、すごく悪いよ。このままじゃ大変なことになっちゃう」
「つーか、あちこち臭くて鼻がおかしくなりそうだぜ」
「そうね、わたしもずっと身体が重いわ。西園寺くんが周りの霊気を食べてくれているから、西園寺くんの周りはだいぶキレイなのだけれど……」

 改めて見れば、茜くんの後ろであのバケモノが黒いモヤモヤをわたあめみたいに食べている。
 たしかに周りと比べれば茜くんの周りだけ段違いでキレイだ。つ、強い……。
 でもそれだって、いつまでもつかわからない。
 ぼくはぐっと前に身を乗り出した。

「ぼく、思ったんだ。先輩がウソをついたつもりはなくて、でも図書室の幽霊も本当のことを言ってる場合。例えばグラウンドなら……って」
「! そっか。グラウンドも学校だけど、校内じゃない! そうだよ! スゲーじゃん若葉!」
「うん……でも」
「うちのグラウンドは見晴らしが良すぎるね。封印らしきものはどこにも見当たらないと思うが……」

 茜くんの言葉にうなずく。
 そう。グラウンドかと思ったけど、封印できそうな場所は見つからない。
 だいたい、こんな場所で封印したら、きっと誰かに見られちゃう。
 だからぼくが考えたもう一つの場所は。

「裏山は、どうかな? 茜くん、言ってたよね。近々工事が入って立入禁止になってしまうって」

 あれはたしか、ぼくをゴースト・ギバーに勧誘してきたときのことだ。
 近くに裏山があること、工事が入ること、だからその前に散歩がてら幽霊ウォッチングしよう……なんて言われたことを思い出す。
 きっと幽霊ウォッチングは茜くんなりの冗談だったんだろうけど。茜くんの冗談のセンスはちょっとよくわからない。

「ふむ、たしかに……あの先輩なら『裏山もまるっとオレの庭だ』と考えていてもおかしくないな。それに、工事が入り始めたのがキッカケで封印が弱まってしまった可能性も高い……」
「じゃあ! ビンゴだろ!」
「わかばくん、すごい!」
「……急ぎましょう。時間がないわ」

 ぼくたちは顔を見合わせた。一斉に走り出す。
 その間にも黒いモヤモヤはどんどん広く濃くなってきている。



 裏山は、山というだけあって広かった。
 工事さえなければぼくたち小学生が出入りしても問題ないくらいだから、広いと言っても知れてるのかもしれないけど。

「茜、どうやって探すんだ? 手分けするのか?」
「風早くんの鼻で辿れたりしないのかい? ほら、警察犬みたいに」
「バカ言え。この辺全部臭くてなんもわかんねーよ」
「困ったわね。わたしの触覚もこういうときは何もわからないし……」
「……あ、待って! 今、声が……!」

 裏山のどこを探せばいいか途方に暮れていると、桃香ちゃんがヘッドホンを外して声を上げた。目を閉じて集中している。

「……こっち、って誰かが呼んでる……!」
「誰か、って……」

 誰だ?
 ぼくたちは困惑して顔を見合わせる。
 桃香ちゃんが指差した方を見て――ぼくは息をのんだ。

 幽霊だ。
 男の子の幽霊がぼくたちを手招きしている。
 短くツンとした色素の薄い髪、元気そうなつり目、歳はぼくらより少し幼く見えるその男の子は。
 ぼくのよく知る姿をしている、その子は。

「……ユウ……?」
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