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11『図書室で鬼ごっこ、と言っただろ?』

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 イスに座っていた男の子はことさらゆっくり立ち上がった。

「桃香。通訳」

 藍里さんの言葉に、桃香ちゃんがあわててうなずく。
 ヘッドホンを耳から外して、ゴクンとつばを飲み込むと、ひかえめに口を開いた。

「えっと……『すばらしい!』って言ってるよ」
「すばらしい?」
「『ぼくに気づいてくれるなんてすばらしい。ぼくはずっと気づいてくれる誰かを待っていたんだ』……って」

 男の子は大げさなくらい腕を広げて、にこやかに言ってみせた。
 たしかに桃香ちゃんの通訳は、何となく表情や動作とも合ってる。
 でも、どういうことだ? 待ってたって?

「『ぼくは生前、病気がちでね。いつも図書室にいて本を読むことしかできなかった。だけど本当はみんなと鬼ごっことかカクレンボとか、サッカーとか野球とか……いろいろ遊びたかった。それが心残りで今も成仏できずにいるんだ』」

 ヤレヤレという感じで肩をすくめてみせる男の子。
 何だろう。いちいちアメリカンな感じだ。

「『だけど誰もぼくに気づいてくれない。だから本を動かしたり音を立てたりしてみたんだけど……それでもやっぱり、ぼくに気づいてくれる人はいなくてね。退屈してたんだよ。一人じゃ、今言ったような遊びはできないからね』」

 男の子は少し、ぼくたちに近づいてくる。

「『君たちを見込んで頼みがある。ぼくと遊んでよ』……って、え?」
「遊ぶ……ですって?」
「どういうことだよ?」
「『そのままだよ。うーん、そうだな。鬼ごっこをしよう。図書室で鬼ごっこなんて、先生にバレたら怒られちゃいそうで……とってもドキドキする!』」

 言うなり、男の子が手を伸ばして突っ込んでくる!

「みんな逃げて!」

 ぼくの言葉に、みんなはとっさにその場から離れた。男の子の手は空振りに終わる。
 だけどみんなには彼の姿が見えてないんだ。まずい。圧倒的に不利だ!

「くそ、イヤなにおいがしやがる……! そいつ、何かウソもついてるぜ」

 琥珀くんが鼻をおさえてうめく。
 ウソ? 今までの会話のどこにウソがあったんだろう?
 不思議に思うヒマもなく、男の子がすごい怖い顔をして手を伸ばしてくる。
 ぼくは必死に逃げ回った。
 どうも向こうの足はぜんぜん速くないみたいで、これなら追いつかれずに済みそうだ。

 ……でも、相手も、見えるぼくだと相手が悪いと思ったらしい。
 悔しそうな顔をして、向きを変えた。

 その先は――桃香ちゃん!

「桃香ちゃん! 逃げて!」
「きゃあ!」

 はじかれたように桃香ちゃんが走り出す。
 だけど、見えない相手から逃げるのは難しい。
 本を倒して来るからある程度は方向がわかるけど……でも、それもいつまでもつか。

「桃香ちゃん、右! 右に逃げて!」
「う、うんっ……あ!」
「桃香!」

 なぎ倒された本につまずいて、桃香ちゃんが転んだ。
 男の子がふらふらした足取りで、だけどぐんぐん近づいていく。

「くっそ……!」
「あ、琥珀!」

 琥珀くんが走り出した。桃香ちゃんを助け起こす。
 だけど琥珀くんも調子が悪い。息が切れそうだ。
 そのすぐ後ろには、男の子が……!

「きゃっ……」
「ぐぅっ」

 ああ……。
 男の子が、二人を捕まえた……。
 二人がその場に倒れ込む。ぐったりとしたまま、起きてこない。
 そんな。どうしよう。どうしたら……。

「う、うう……。『バカな奴らめ』……」

 倒れたまま、絞り出すように、桃香ちゃんがしゃべり出した。
 ……通訳だ。
 ぼくらに少しでも情報をくれようと、倒れたまま、通訳してくれているんだ。
 男の子は気にせずこちらに向かってくる。

「藍里さん! 逃げよう!」
「……そうね。二人から引き離すためにも一旦図書室から出るのが得策かもしれないわ」

 藍里さんは頭の回転が速い。
 すぐに判断して、図書室のドアに駆け寄った。
 ぼくも一緒に、ドアにタックルする勢いで走り寄る。

 だけど――開かない?
 鍵はかかっていないはずなのに!
 ガタガタ音がするだけで、ちっとも開きそうにない!

「『図書室で鬼ごっこ、と言っただろ?』」
「そんな……!」

 こんな狭いところで。
 桃香ちゃんも、琥珀くんも捕まってしまって。
 藍里さんには鬼の姿は見えてなくて。
 どうすればいいんだ。

「落ち着いて」

 藍里さんが、ぼくの耳元でささやいた。
 落ち着いた、彼女にしては、低めの声。
 ポソリ。
 鬼に聞こえないように藍里さんは続けてくる。

「天内くん。あなたが囮になって」
「え?」
「……て」

 また、ポソリ。
 藍里さんはぼくにささやいた。
 次の瞬間、桃香ちゃんの声が響く。

「『のんびり話してるなんて余裕だな!』……二人とも!」
「くっ……」

 背後から男の子が迫ってきた。相変わらず本を次々となぎ倒しながら。
 ぼくはあわてて藍里さんの腕を引いてその場から逃げ出す。

 それにしても……この違和感は何だ?
 この男の子、やたらと本を倒すし、足元はフラフラしているし……。
 ……もしかして。

「藍里さん。ぼく、囮になるよ」
「……大丈夫なの?」

 藍里さんが目を丸くする。
 藍里さんもさっき、自分で言ったことなのに。
 ぼくから言われると驚くなんて、本当はすごく心配してくれていたのかな。

「やってみる。それと聞いてほしいんだ。多分、向こうは……」
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