上 下
12 / 22

11『図書室で鬼ごっこ、と言っただろ?』

しおりを挟む
 イスに座っていた男の子はことさらゆっくり立ち上がった。

「桃香。通訳」

 藍里さんの言葉に、桃香ちゃんがあわててうなずく。
 ヘッドホンを耳から外して、ゴクンとつばを飲み込むと、ひかえめに口を開いた。

「えっと……『すばらしい!』って言ってるよ」
「すばらしい?」
「『ぼくに気づいてくれるなんてすばらしい。ぼくはずっと気づいてくれる誰かを待っていたんだ』……って」

 男の子は大げさなくらい腕を広げて、にこやかに言ってみせた。
 たしかに桃香ちゃんの通訳は、何となく表情や動作とも合ってる。
 でも、どういうことだ? 待ってたって?

「『ぼくは生前、病気がちでね。いつも図書室にいて本を読むことしかできなかった。だけど本当はみんなと鬼ごっことかカクレンボとか、サッカーとか野球とか……いろいろ遊びたかった。それが心残りで今も成仏できずにいるんだ』」

 ヤレヤレという感じで肩をすくめてみせる男の子。
 何だろう。いちいちアメリカンな感じだ。

「『だけど誰もぼくに気づいてくれない。だから本を動かしたり音を立てたりしてみたんだけど……それでもやっぱり、ぼくに気づいてくれる人はいなくてね。退屈してたんだよ。一人じゃ、今言ったような遊びはできないからね』」

 男の子は少し、ぼくたちに近づいてくる。

「『君たちを見込んで頼みがある。ぼくと遊んでよ』……って、え?」
「遊ぶ……ですって?」
「どういうことだよ?」
「『そのままだよ。うーん、そうだな。鬼ごっこをしよう。図書室で鬼ごっこなんて、先生にバレたら怒られちゃいそうで……とってもドキドキする!』」

 言うなり、男の子が手を伸ばして突っ込んでくる!

「みんな逃げて!」

 ぼくの言葉に、みんなはとっさにその場から離れた。男の子の手は空振りに終わる。
 だけどみんなには彼の姿が見えてないんだ。まずい。圧倒的に不利だ!

「くそ、イヤなにおいがしやがる……! そいつ、何かウソもついてるぜ」

 琥珀くんが鼻をおさえてうめく。
 ウソ? 今までの会話のどこにウソがあったんだろう?
 不思議に思うヒマもなく、男の子がすごい怖い顔をして手を伸ばしてくる。
 ぼくは必死に逃げ回った。
 どうも向こうの足はぜんぜん速くないみたいで、これなら追いつかれずに済みそうだ。

 ……でも、相手も、見えるぼくだと相手が悪いと思ったらしい。
 悔しそうな顔をして、向きを変えた。

 その先は――桃香ちゃん!

「桃香ちゃん! 逃げて!」
「きゃあ!」

 はじかれたように桃香ちゃんが走り出す。
 だけど、見えない相手から逃げるのは難しい。
 本を倒して来るからある程度は方向がわかるけど……でも、それもいつまでもつか。

「桃香ちゃん、右! 右に逃げて!」
「う、うんっ……あ!」
「桃香!」

 なぎ倒された本につまずいて、桃香ちゃんが転んだ。
 男の子がふらふらした足取りで、だけどぐんぐん近づいていく。

「くっそ……!」
「あ、琥珀!」

 琥珀くんが走り出した。桃香ちゃんを助け起こす。
 だけど琥珀くんも調子が悪い。息が切れそうだ。
 そのすぐ後ろには、男の子が……!

「きゃっ……」
「ぐぅっ」

 ああ……。
 男の子が、二人を捕まえた……。
 二人がその場に倒れ込む。ぐったりとしたまま、起きてこない。
 そんな。どうしよう。どうしたら……。

「う、うう……。『バカな奴らめ』……」

 倒れたまま、絞り出すように、桃香ちゃんがしゃべり出した。
 ……通訳だ。
 ぼくらに少しでも情報をくれようと、倒れたまま、通訳してくれているんだ。
 男の子は気にせずこちらに向かってくる。

「藍里さん! 逃げよう!」
「……そうね。二人から引き離すためにも一旦図書室から出るのが得策かもしれないわ」

 藍里さんは頭の回転が速い。
 すぐに判断して、図書室のドアに駆け寄った。
 ぼくも一緒に、ドアにタックルする勢いで走り寄る。

 だけど――開かない?
 鍵はかかっていないはずなのに!
 ガタガタ音がするだけで、ちっとも開きそうにない!

「『図書室で鬼ごっこ、と言っただろ?』」
「そんな……!」

 こんな狭いところで。
 桃香ちゃんも、琥珀くんも捕まってしまって。
 藍里さんには鬼の姿は見えてなくて。
 どうすればいいんだ。

「落ち着いて」

 藍里さんが、ぼくの耳元でささやいた。
 落ち着いた、彼女にしては、低めの声。
 ポソリ。
 鬼に聞こえないように藍里さんは続けてくる。

「天内くん。あなたが囮になって」
「え?」
「……て」

 また、ポソリ。
 藍里さんはぼくにささやいた。
 次の瞬間、桃香ちゃんの声が響く。

「『のんびり話してるなんて余裕だな!』……二人とも!」
「くっ……」

 背後から男の子が迫ってきた。相変わらず本を次々となぎ倒しながら。
 ぼくはあわてて藍里さんの腕を引いてその場から逃げ出す。

 それにしても……この違和感は何だ?
 この男の子、やたらと本を倒すし、足元はフラフラしているし……。
 ……もしかして。

「藍里さん。ぼく、囮になるよ」
「……大丈夫なの?」

 藍里さんが目を丸くする。
 藍里さんもさっき、自分で言ったことなのに。
 ぼくから言われると驚くなんて、本当はすごく心配してくれていたのかな。

「やってみる。それと聞いてほしいんだ。多分、向こうは……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

ニューハーフな生活

フロイライン
恋愛
東京で浪人生活を送るユキこと西村幸洋は、ニューハーフの店でアルバイトを始めるが

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

放課後の秘密~放課後変身部の活動記録~

八星 こはく
児童書・童話
 中学二年生の望結は、真面目な委員長。でも、『真面目な委員長キャラ』な自分に少しもやもやしてしまっている。  ある日望結は、放課後に中庭で王子様みたいな男子生徒と遭遇する。しかし実は、王子様の正体は保健室登校のクラスメート・姫乃(女子)で……!?  姫乃は放課後にだけ変身する、『放課後変身部』の部員だったのだ!  変わりたい。いつもと違う自分になりたい。……だけど、急には変われない。  でも、放課後だけなら?  これは、「違う自分になってみたい」という気持ちを持った少年少女たちの物語。

処理中です...