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9「そのためのゴースト・ギバー……仲間だよ」
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小さい頃から幽霊が見えた。
そんなぼくを気味悪がる子はそれなりにいた。
だからむしろ、そんな自分のことを気にしない、幽霊との方が仲が良かったくらいだった。
「声は聞こえないし、名前もわからないから、勝手に『ユウ』って呼んでた。向こうにぼくの声は聞こえてるみたいで、ユウって呼んだら嬉しそうに笑ってくれてた。……声が聞こえなくても、触れなくても、一緒に本を読んだりテレビ見たり、楽しかった」
ユウは男の子の霊だった。
ぼくが出会ったのは小学三年生のとき。歳はそのときちょうどぼくと同じで小学三年生くらい。
ユウは好奇心旺盛で、気になるものがあるとすぐにぼくに「あっち!」と指を差して教えてくれた。
それはかわいい猫がたくさんいる秘密の場所だったり、おばけが出そうな暗いトンネルだったり、すごくキレイな夕焼けが見える場所だったり……。
ユウといると、よくドキドキして、ワクワクして、たくさん笑い合った。
そういえば、本を読むときはだいたいぼくがページをめくっていたけど、ほんの少しならユウもめくったり、物を動かせたりしたっけ。
ポルターガイストみたいなものだって、後から知ったよ。
話を聞いていた桃香ちゃんがしみじみと言う。
「仲、良かったんだね」
「……良すぎたんだ」
「え?」
「小学校四年生になって……ぼく、人間の友達もできたんだ。あやめちゃんっていう子。その子はユウのことは見えてなかったけど、ぼくの話を信じてくれた。……嬉しかった」
その子は女の子だったけど、緊張していたのは最初だけ。
幽霊の話を信じてくれた彼女とは、あっという間に打ち解けた。
ユウが教えてくれた場所を教えてあげたら、目をキラキラさせて喜んでくれた。
……その間、ユウがどんな顔をしていたのか。ぼくは思い出せない。
ふう。ぼくは息をついて、目を閉じる。
――何度も見た悪夢が、まぶたの裏に映ってるみたいだった。
「あの日は……雨が降っていた。ぼくはあやめちゃんと一緒に帰っていて……強い風が吹いて、傘が飛びそうになって……ぼくは慌てて傘を強く持ち直して……そのとき、少し後ろからあやめちゃんの悲鳴が聞こえて」
ぐ、とこぶしを握る。
「すごいブレーキの音がしたと思ったら、あやめちゃんがふらついて道路に飛び出すように体勢を崩してて……車が、あやめちゃんのすぐ近くに迫ってて……」
桃香ちゃんが口をてのひらで覆った。
不安そうなその顔に、ぼくはヘラリと笑ってみせる。
ぼくの話し方が下手なせいで、心配させちゃったな。
「大丈夫。あやめちゃん、転んでケガはしちゃったけど、轢かれてはいないよ。本当にギリギリだったけど」
「そ、そうなんだ。良かったぁ……」
「でも、ケガはさせちゃったし、怖い思いもしたと思う」
「ケガさせちゃった……って、わかばくんのせいじゃないでしょ?」
ぼくはゆるゆると首を振った。
もちろんぼく自身が何かしたわけじゃない。
そうじゃないけど……。
「ぼく、見たんだ。すぐ近くで、ユウが怖い顔をして……まるで突き飛ばすみたいに、あやめちゃんに手を伸ばしていたのを」
「それって……」
「その直後、ユウは消えちゃったんだ。……今もどうしてるのかわからない」
あやめちゃんはその後、念のため入院した。
すぐ退院したらしいけど、ケガをさせてしまったのが申し訳なくてぼくはお見舞いにもちゃんと行けなかった。
あやめちゃんとは、それ以降話していない。
ぼくは逃げるように転校してしまったから。
しん、と保健室の中が静まり返った。
チクタク、時計の音だけがやけに響いて聞こえる。
そんな、沈黙がじくじく痛い空間に突如割り込んだ、涼しげな声。
「それがオレたちの仲間にならない理由かい?」
「あ、茜くん……」
ドアの前に立っていた茜くんは、にこ、と笑う。
いつの間にいたんだろう。ぜんぜん気づかなかった。
「すまない。盗み聞きをするつもりはなかったんだけど、偶然聞こえてしまってね。聞いてしまったのを黙っているのもフェアじゃないかと思って声をかけたんだけど……驚かせたね」
「あ、いや。注意していなかったぼくも悪いから……茜くん、授業は?」
「もう休み時間だよ。チャイムが聞こえなかったかい?」
「え、ぜんぜん気づかなかった……」
話に夢中になっていたみたいだ……。
バツが悪くて目をそらすと、茜くんはツカツカと歩み寄ってきた。
「天内くん。色々と思うことはあると思う。だけど忘れないでほしい」
そう言う声と目は真剣で、ぼくは思わず気圧される。
「何、を?」
「君はひとりじゃない。その幽霊の件にしたって……例えば風早くんがいれば、すぐ異変に察知できただろう。雪野さんがいれば、物理的に止めることもできたはずだ。桜田さんがいれば幽霊の事情も聞けたに違いない」
「あ……」
「まあ、オレは食べることしかできないんだけどね」
ケロリと言う茜くんは、思いのほか茶目っけが強かった。
茜くんの後ろの化け物もニタリと笑ったからぼくの表情は引きつってしまったけども。
「そのためのゴースト・ギバー……仲間だよ」
「うんっ……ももかも、助けるからね」
「……」
茜くんと桃香ちゃんに優しく言われて。
ぼくは、何も答えられなかった。
なんだか目も鼻も熱くて、じんとしびれて、何か言おうとしたら全部こぼれ落ちてしまうんじゃないかって……そんな気がして。
いいのかな。
ぼくなんかが仲間になっても……いい、のかな……。
そんなぼくを気味悪がる子はそれなりにいた。
だからむしろ、そんな自分のことを気にしない、幽霊との方が仲が良かったくらいだった。
「声は聞こえないし、名前もわからないから、勝手に『ユウ』って呼んでた。向こうにぼくの声は聞こえてるみたいで、ユウって呼んだら嬉しそうに笑ってくれてた。……声が聞こえなくても、触れなくても、一緒に本を読んだりテレビ見たり、楽しかった」
ユウは男の子の霊だった。
ぼくが出会ったのは小学三年生のとき。歳はそのときちょうどぼくと同じで小学三年生くらい。
ユウは好奇心旺盛で、気になるものがあるとすぐにぼくに「あっち!」と指を差して教えてくれた。
それはかわいい猫がたくさんいる秘密の場所だったり、おばけが出そうな暗いトンネルだったり、すごくキレイな夕焼けが見える場所だったり……。
ユウといると、よくドキドキして、ワクワクして、たくさん笑い合った。
そういえば、本を読むときはだいたいぼくがページをめくっていたけど、ほんの少しならユウもめくったり、物を動かせたりしたっけ。
ポルターガイストみたいなものだって、後から知ったよ。
話を聞いていた桃香ちゃんがしみじみと言う。
「仲、良かったんだね」
「……良すぎたんだ」
「え?」
「小学校四年生になって……ぼく、人間の友達もできたんだ。あやめちゃんっていう子。その子はユウのことは見えてなかったけど、ぼくの話を信じてくれた。……嬉しかった」
その子は女の子だったけど、緊張していたのは最初だけ。
幽霊の話を信じてくれた彼女とは、あっという間に打ち解けた。
ユウが教えてくれた場所を教えてあげたら、目をキラキラさせて喜んでくれた。
……その間、ユウがどんな顔をしていたのか。ぼくは思い出せない。
ふう。ぼくは息をついて、目を閉じる。
――何度も見た悪夢が、まぶたの裏に映ってるみたいだった。
「あの日は……雨が降っていた。ぼくはあやめちゃんと一緒に帰っていて……強い風が吹いて、傘が飛びそうになって……ぼくは慌てて傘を強く持ち直して……そのとき、少し後ろからあやめちゃんの悲鳴が聞こえて」
ぐ、とこぶしを握る。
「すごいブレーキの音がしたと思ったら、あやめちゃんがふらついて道路に飛び出すように体勢を崩してて……車が、あやめちゃんのすぐ近くに迫ってて……」
桃香ちゃんが口をてのひらで覆った。
不安そうなその顔に、ぼくはヘラリと笑ってみせる。
ぼくの話し方が下手なせいで、心配させちゃったな。
「大丈夫。あやめちゃん、転んでケガはしちゃったけど、轢かれてはいないよ。本当にギリギリだったけど」
「そ、そうなんだ。良かったぁ……」
「でも、ケガはさせちゃったし、怖い思いもしたと思う」
「ケガさせちゃった……って、わかばくんのせいじゃないでしょ?」
ぼくはゆるゆると首を振った。
もちろんぼく自身が何かしたわけじゃない。
そうじゃないけど……。
「ぼく、見たんだ。すぐ近くで、ユウが怖い顔をして……まるで突き飛ばすみたいに、あやめちゃんに手を伸ばしていたのを」
「それって……」
「その直後、ユウは消えちゃったんだ。……今もどうしてるのかわからない」
あやめちゃんはその後、念のため入院した。
すぐ退院したらしいけど、ケガをさせてしまったのが申し訳なくてぼくはお見舞いにもちゃんと行けなかった。
あやめちゃんとは、それ以降話していない。
ぼくは逃げるように転校してしまったから。
しん、と保健室の中が静まり返った。
チクタク、時計の音だけがやけに響いて聞こえる。
そんな、沈黙がじくじく痛い空間に突如割り込んだ、涼しげな声。
「それがオレたちの仲間にならない理由かい?」
「あ、茜くん……」
ドアの前に立っていた茜くんは、にこ、と笑う。
いつの間にいたんだろう。ぜんぜん気づかなかった。
「すまない。盗み聞きをするつもりはなかったんだけど、偶然聞こえてしまってね。聞いてしまったのを黙っているのもフェアじゃないかと思って声をかけたんだけど……驚かせたね」
「あ、いや。注意していなかったぼくも悪いから……茜くん、授業は?」
「もう休み時間だよ。チャイムが聞こえなかったかい?」
「え、ぜんぜん気づかなかった……」
話に夢中になっていたみたいだ……。
バツが悪くて目をそらすと、茜くんはツカツカと歩み寄ってきた。
「天内くん。色々と思うことはあると思う。だけど忘れないでほしい」
そう言う声と目は真剣で、ぼくは思わず気圧される。
「何、を?」
「君はひとりじゃない。その幽霊の件にしたって……例えば風早くんがいれば、すぐ異変に察知できただろう。雪野さんがいれば、物理的に止めることもできたはずだ。桜田さんがいれば幽霊の事情も聞けたに違いない」
「あ……」
「まあ、オレは食べることしかできないんだけどね」
ケロリと言う茜くんは、思いのほか茶目っけが強かった。
茜くんの後ろの化け物もニタリと笑ったからぼくの表情は引きつってしまったけども。
「そのためのゴースト・ギバー……仲間だよ」
「うんっ……ももかも、助けるからね」
「……」
茜くんと桃香ちゃんに優しく言われて。
ぼくは、何も答えられなかった。
なんだか目も鼻も熱くて、じんとしびれて、何か言おうとしたら全部こぼれ落ちてしまうんじゃないかって……そんな気がして。
いいのかな。
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