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8「幽霊の友達がいたんだ」

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 黙り込んでしまったぼくを気遣って、琥珀くんは「ま! 色々あるよな!」とやっぱりカラッとした声で言ってくれた。
 桃香ちゃんも「そうだね」って笑って、その日はそのまま別れた。


***


 その夜、ぼくは夢を見た。

 雨。すごい勢いで迫ってくる車。急ブレーキ。

 友達が、よろけて、前のめりに倒れて。

 ぼくの隣の幽霊は、怖い顔をして両腕を伸ばしている。

 まるで突き飛ばしたみたいに。

 全部がスローモーションで、でもぼくは動けなくて。

 ぼく、は。

 ぼくは…………。


***


 そうして翌日。

「天内!」

 クラスメイトの声にハッとする。
 気づいたときには目の前にボールがせまっていた。
 あ、と思うけど遅い。
 もろに顔面にヒット!
 い、いたた……チカチカ、星が散ってる気がする……。
 そういえば今は体育の時間でドッジボールの最中だった……。
 昨日のことや夢のことを考えてて、ぜんぜん集中できてなかったや。

「ごめん! 大丈夫か?」
「大丈夫。こっちこそぼーっとしててごめん」
「鼻血出てるぞ!」

 言われて鼻を拭うと、たしかに赤い血が手の甲についた。といっても少しだけだし、そんなに気にならなかったんだけど。
 でもみんなが心配するし、先生も保健室に行った方がいいって言うから、ぼくは素直に従うことにした。




「失礼しまーす……」

 そっと保健室に入ると、そこにいたのは先生じゃなくて桃香ちゃんだった。
 お互い「あ」って顔をして固まってしまう。

「どうしたの、わかばくん?」
「あ……ボールが顔にぶつかっちゃって、鼻血が」
「わ、大変。今先生、少し出てるの。すぐ戻ってくるから座って」
「ありがとう。……桃香ちゃんも体調悪いの?」

 聞いてから、白々しかったかな……とドキドキする。
 桃香ちゃんが保健室にいることが多いって、ウワサでは聞いていたもんな。すっかり忘れてたけど。
 桃香ちゃんは苦笑してベッドに腰かけた。

「ももか、こんなんでしょ。だからまだ、教室に行くの……少し、怖くて」

 こんな、と言って首にかけていたヘッドホンに触れる。
 桃香ちゃんはためらうように口を開いた。

「ももかね、幽霊の声が聞こえるでしょ」
「うん……」
「ずっと変な声が聞こえてた。姿は見えないのに、暗くて、苦しくて、気味の悪い声がずっと。でも聞こえてるのはももかだけで、ももかがおかしいんだって……すごく怖かった」
「うん……」
「それで、ヘッドホンをつけ始めたの。気づいたのはたまたま。絶対じゃないけど、これがあるとある程度は変な声をさえぎってくれるんだよ。すごいでしょ」

 へへ、と桃香ちゃんは笑った。少しだけ恥ずかしそうに。

「親や先生にも変な風に見られたけど……ヘッドホンをつけてからはめそめそ泣かないようになったから、まだマシだって思ってくれたみたい」

 ――ああ。
 それは。
 ぼくと、同じだった。
 ぼくも、視力は悪くないのに、いきなりメガネをかけ始めた。
 理由も桃香ちゃんと同じだ。
 原理はわからないけど、物理的なそのレンズは、少しだけぼくを助けてくれるから。
 ぼくはメガネだから目立たないけど、ヘッドホンの桃香ちゃんは大変だろうな……。

「でもね」

 パッ、と桃香ちゃんは顔を上げた。
 うれしそうに表情をほころばせる。花が咲いたみたいに。

「ゴースト・ギバーに誘ってもらってから、ももか、うれしいことが増えたの」
「幽霊の声を聞かなきゃいけないのに? 怖く、ない? 悪化しない?」
「たしかに怖いこともあるけど……あかねくんも言ってたけど、ある程度発散することで症状は落ち着いてきたから。それに、ゴースト・ギバーでなら、ももかの能力も役に立てるんだよ」
「役に……?」
「うん。今までは声が聞こえてイヤなことばかりだったけど、役に立てて、すごくうれしい。それに……ひとりじゃなくて、仲間ができたみたいで、やっぱりうれしかったの」

 仲間。
 それは、……ただクラスメイトと仲良くなることより、難しそうだった。
 ぼくにはまだピンと来ない。
 でも、桃香ちゃんは、本当に生き生きと笑う。本心なんだろうな、って思う。

「だから……もし、わかばくんが困ってるなら。ももかが助けてもらえたように、わかばくんも仲間になれたらな……って思うんだ」

 真っ直ぐに見つめられて――ぼくはゴクリとつばを飲み込んだ。
 のどが、震える。心臓がどくどくとうるさく鳴り始める。

 ……言っても、いいのかな。
 ぼくが思っていたこと。昨日、言えなかったこと。
 だけどきっと――誰かに聞いてほしかったこと。

「……ぼく」

 声はやっぱり情けなく震えた。
 ぎゅっと膝の上でこぶしを握る。
 保健室のツルツルとした床をじっと見つめる。

「ぼく、……幽霊の友達がいたんだ」
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