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75. 夜の中庭で
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その日アーホルン公爵家の屋敷に戻った僕たちは、アーホルン公爵と公爵夫人と共に食事をした。
初めてお会いしたときから、オメガの僕でもおおらかな心で迎えてくれて、とても感動した僕だったけど、その思いは会うたびに大きくなっていった。
第二の性だけではなく、全てのことにおいての差別意識を持たず、皆平等に幸せになる権利があるという考えのお二人なので、お話をすればするほど、僕の心に希望が溢れていく。
オメガだからと諦めていた僕の人生は、アーホルン公爵家の皆さんと、アーホルン領のみんなと一緒ならば、きっと明るいものになるだろう。
食事を済ませて、用意していただいた部屋へ戻り一息ついていると、コンコンと扉がノックされた。
「はい」
「ミッチ、俺だけど」
「どうしたの?」
婚約している二人だけど、結婚前ということで、僕には来客用の部屋が用意されていた。
扉を開けながら尋ねると、「少し中庭に行かないか?」と誘われた。
そして、フレッドが使用人に何かを指示すると使用人は「少々お待ちください」と言ってその場を離れた。
「ハニーベリーフィズでも飲んで話をしようか」
「ハニーベリーフィズ?」
「蜂蜜といちごジュレを混ぜたものを、特別な泉から汲み上げた天然の炭酸水で割った飲み物で、ストロベリーブロンドのミッチの髪色に似ているんだ。優しい甘さと鮮やかな色が魅力で、シュワシュワした感覚を楽しめるよ」
フレッドはそう言って、僕の髪に優しく触れた。
「アーホルン家に初めて来た時に、シュワシュワが楽しいわよと、お母様が出してくださったんだ」
フレッドは、その時の様子を思い出しているのだろう。とても優しい笑顔でふわりと微笑んだ。
アーホルン公爵夫人のことを『お母様』とお呼びしているのも、素敵だなと思う。もちろん、正式に養子縁組をしているのだから、おかしなことではない。
けれど、身寄りがなく孤児院育ちで、雇われた家は最悪の場所だった。そんな環境で育ってきたフレッドに、安息の地ができたんだと思うと僕は胸が熱くなった。
しばらく庭でも見て歩こうか、というフレッドと一緒に、夜の中庭に足を踏み入れた。ところどころに控え目に置かれた、ランタンの淡い光と、庭全体を優しく包み込む月の光が、夜の花々を穏やかに照らしていた。
昼間は太陽のもとで元気に咲き誇る花々も、夜の月明かりのもとでは、そっとその場に佇み、静かに二人を見守る、妖精たちのようだ。
しばらくして、デカンタに入ったハニーベリーフィズが運ばれてきた。
チーズやローストしたアーモンドやクルミなどを盛り合わせたものが、添えられていた。
「うわー! 本当だ。すごくきれいなピンク色だ」
フレッドが言っていたように、僕の髪色に似たピンク色だ。
ガラス製のデカンタに入っているハニーベリーフィズは、テーブルに置かれたランタンの光で、キラキラと輝いていた。
喜んではしゃいでいる僕のとなりで、フレッド自らグラスに注いでいく。
さっきまで身の回りの世話をしてくれていた使用人が、いつの間にか姿を消していた。
見えないところで見張りをしてくれているのだろうけど、月の光が照らし出すこの場所は、僕とフレッドの二人だけの特別な空間のような気がした。
二人でグラスを持ち上げ、「乾杯」と言うと、グラスを軽く触れ合わせた。
そして、グラスに口を近づけると、いちごの甘酸っぱい香りと、はちみつの濃厚な香りが鼻をくすぐる。
ひとくちハニーベリーフィズを口に含んだ。口の中でシュワシュワと爽やかに弾け、ごくんと飲み込むと、お腹の中までシュワシュワが行き渡るようで、不思議な感覚だった。
「おいしい!」
僕はあまりの美味しさにびっくりしてグラスを見た。
ハイネル家でも蜂蜜ドリンクは飲んだけど、シンプルに蜂蜜のみのものだったから、いちごが入っていて炭酸で割ったものは初めてだった。
はちみつの甘さといちごの甘酸っぱさは絶妙で、シュワシュワとした炭酸が口の中をさっぱりとさせる。いくらでも飲めちゃいそうだ。
僕は、ひとくちは小さいけど、何度もグラスを口に運んだ。
「な、美味しいだろう? でもあまり飲みすぎないようにな」
フレッドは、目を輝かせてハニーベリーフィズを飲む僕を、嬉しそうに見つめていた。
初めてお会いしたときから、オメガの僕でもおおらかな心で迎えてくれて、とても感動した僕だったけど、その思いは会うたびに大きくなっていった。
第二の性だけではなく、全てのことにおいての差別意識を持たず、皆平等に幸せになる権利があるという考えのお二人なので、お話をすればするほど、僕の心に希望が溢れていく。
オメガだからと諦めていた僕の人生は、アーホルン公爵家の皆さんと、アーホルン領のみんなと一緒ならば、きっと明るいものになるだろう。
食事を済ませて、用意していただいた部屋へ戻り一息ついていると、コンコンと扉がノックされた。
「はい」
「ミッチ、俺だけど」
「どうしたの?」
婚約している二人だけど、結婚前ということで、僕には来客用の部屋が用意されていた。
扉を開けながら尋ねると、「少し中庭に行かないか?」と誘われた。
そして、フレッドが使用人に何かを指示すると使用人は「少々お待ちください」と言ってその場を離れた。
「ハニーベリーフィズでも飲んで話をしようか」
「ハニーベリーフィズ?」
「蜂蜜といちごジュレを混ぜたものを、特別な泉から汲み上げた天然の炭酸水で割った飲み物で、ストロベリーブロンドのミッチの髪色に似ているんだ。優しい甘さと鮮やかな色が魅力で、シュワシュワした感覚を楽しめるよ」
フレッドはそう言って、僕の髪に優しく触れた。
「アーホルン家に初めて来た時に、シュワシュワが楽しいわよと、お母様が出してくださったんだ」
フレッドは、その時の様子を思い出しているのだろう。とても優しい笑顔でふわりと微笑んだ。
アーホルン公爵夫人のことを『お母様』とお呼びしているのも、素敵だなと思う。もちろん、正式に養子縁組をしているのだから、おかしなことではない。
けれど、身寄りがなく孤児院育ちで、雇われた家は最悪の場所だった。そんな環境で育ってきたフレッドに、安息の地ができたんだと思うと僕は胸が熱くなった。
しばらく庭でも見て歩こうか、というフレッドと一緒に、夜の中庭に足を踏み入れた。ところどころに控え目に置かれた、ランタンの淡い光と、庭全体を優しく包み込む月の光が、夜の花々を穏やかに照らしていた。
昼間は太陽のもとで元気に咲き誇る花々も、夜の月明かりのもとでは、そっとその場に佇み、静かに二人を見守る、妖精たちのようだ。
しばらくして、デカンタに入ったハニーベリーフィズが運ばれてきた。
チーズやローストしたアーモンドやクルミなどを盛り合わせたものが、添えられていた。
「うわー! 本当だ。すごくきれいなピンク色だ」
フレッドが言っていたように、僕の髪色に似たピンク色だ。
ガラス製のデカンタに入っているハニーベリーフィズは、テーブルに置かれたランタンの光で、キラキラと輝いていた。
喜んではしゃいでいる僕のとなりで、フレッド自らグラスに注いでいく。
さっきまで身の回りの世話をしてくれていた使用人が、いつの間にか姿を消していた。
見えないところで見張りをしてくれているのだろうけど、月の光が照らし出すこの場所は、僕とフレッドの二人だけの特別な空間のような気がした。
二人でグラスを持ち上げ、「乾杯」と言うと、グラスを軽く触れ合わせた。
そして、グラスに口を近づけると、いちごの甘酸っぱい香りと、はちみつの濃厚な香りが鼻をくすぐる。
ひとくちハニーベリーフィズを口に含んだ。口の中でシュワシュワと爽やかに弾け、ごくんと飲み込むと、お腹の中までシュワシュワが行き渡るようで、不思議な感覚だった。
「おいしい!」
僕はあまりの美味しさにびっくりしてグラスを見た。
ハイネル家でも蜂蜜ドリンクは飲んだけど、シンプルに蜂蜜のみのものだったから、いちごが入っていて炭酸で割ったものは初めてだった。
はちみつの甘さといちごの甘酸っぱさは絶妙で、シュワシュワとした炭酸が口の中をさっぱりとさせる。いくらでも飲めちゃいそうだ。
僕は、ひとくちは小さいけど、何度もグラスを口に運んだ。
「な、美味しいだろう? でもあまり飲みすぎないようにな」
フレッドは、目を輝かせてハニーベリーフィズを飲む僕を、嬉しそうに見つめていた。
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