74 / 84
73. はじめまして
しおりを挟む
誕生日の宴で宣言した通り、僕はハイネル伯爵家を出て、アーホルン公爵家に移住することになった。
本当ならば、婚約してから一年ほどで正式に結婚したかったのだけど、ハイネル家の問題もあったし、落ち着くまではと、先延ばしにしていた。
結婚と移住は先延ばしにしていたけれど、その間に何度もアーホルン公爵家へ足を運び、アーホルン領も見て回った。
アーホルン公爵家の人々が、第二の性に優越をつけない考えを持っていることは話に聞いていたけど、オメガへの偏見がないどころの話ではなかった。それは、アーホルン領の領民も皆同じだった。
僕は、初めてアーホルン領に足を踏み入れ、領民の皆さんの前で挨拶をしたときのことを思い出していた。
アーホルン公爵家には何度か足を運び、ご家族の皆さまとは少しずつ交流を深めていた。けれど、街を通過することはあっても、ゆっくりと散策したことはなく、街の人達にご挨拶する機会もまだなかった。
その事をフレッドに言うと、直接僕をお披露目したいと言うから、二人で一緒に街の広場まで行き、そこで挨拶することにした。
ステージのように少し高くなっている場所へ上がり、緊張して体がカチコチになっている僕が、ぎこちなくペコリとお辞儀をすると、大きな歓声が上がった。
事前に、『フレドリック様が、婚約者様と一緒においでになります』と通達されていた領民は、まだかまだかと待ちわびていたらしい。
「皆さんこんにちは。お集まりいただき、ありがとうございます。私は、アーホルン公爵家次期当主のフレドリック・アーホルンです。本日みなさまにお集まりいただきましたのは、私の婚約者であるミッチェル・ハイネルをご紹介させていただくためです。ミッチェルはハイネル伯爵家のご子息であり、私たちと未来を共に築く大切な存在です。どうぞよろしくお願いいたします」
フレッドが挨拶を終えると、そこで一度大歓声が上がった。
みんなフレッドに拍手を送りながら、フレッドの後ろに隠れるようにして待機している僕を、チラチラと見ている。ざわざわソワソワという効果音が似合うその場の雰囲気に、僕もソワソワと落ち着かない。
そんな僕に、フレッドが「そんなに緊張しなくていい。いつものミッチで大丈夫だ」と耳打ちした。
魔法の言葉『大丈夫』で、フレッドは僕に勇気を与えてくれる。うん、大丈夫。いつもの僕らしく!
ふーと深呼吸をして、口角をキュッと上げた。
「皆さま、はじめまして。ただいまご紹介いただきました、ミッチェル・ハイネルと申します。フレドリック様と結婚の約束をし、いずれはここアーホルン領で、皆さまと共に過ごすことになると思います。今すぐに結婚してこちらへ移住したいのですが、次期当主となる弟を、もうしばらくそばで見守りたいと考えています。それまでは、頻繁に訪れるつもりでいます。皆さんとお会いできることを心から楽しみにしていますので、その際はどうぞよろしくお願いいたします」
緊張しながらも言葉を言い終わった僕は、ペコリと頭を下げた。深くお辞儀をするとかそんなかっこいいものではない。緊張のあまり本当にペコリという感じになってしまった。
ああ、これでもハイネル伯爵家長男なのに、こういう場に慣れていないなんて恥ずかしい。……そう思っていたのに、領民からは割れんばかりの拍手と大歓声、そしてなぜか「かわいらしい」とか「キュンっとしたわ」とか、格式張った挨拶をしたはずの僕に似つかわしくない言葉が聞こえてきた。
え……? と思って顔を上げたら、再び大歓声と拍手。どういうこと? そう思って隣に並ぶフレッドを見上げたら、また「かわいい」という声。
戸惑う僕に、フレッドはくすくす笑った。
「みなさん、緊張で固まっている私の婚約者を、からかわないでもらえますか?」
「からかってませんよー。本当に噂通り可愛らしい人だなって思ったんですよ」
「そうですそうです。とても愛らしいです」
さっきまで真面目に挨拶をしていたフレッドが、急に領民たちと砕けた話し方になっている。
え? どういうこと?
僕は、目をまん丸にしたまま、フレッドと領民たちを交互に見た。
どうやらその姿さえ、領民たちにとっては微笑ましいらしく、皆嬉しそうに僕の方を見ていた。
本当ならば、婚約してから一年ほどで正式に結婚したかったのだけど、ハイネル家の問題もあったし、落ち着くまではと、先延ばしにしていた。
結婚と移住は先延ばしにしていたけれど、その間に何度もアーホルン公爵家へ足を運び、アーホルン領も見て回った。
アーホルン公爵家の人々が、第二の性に優越をつけない考えを持っていることは話に聞いていたけど、オメガへの偏見がないどころの話ではなかった。それは、アーホルン領の領民も皆同じだった。
僕は、初めてアーホルン領に足を踏み入れ、領民の皆さんの前で挨拶をしたときのことを思い出していた。
アーホルン公爵家には何度か足を運び、ご家族の皆さまとは少しずつ交流を深めていた。けれど、街を通過することはあっても、ゆっくりと散策したことはなく、街の人達にご挨拶する機会もまだなかった。
その事をフレッドに言うと、直接僕をお披露目したいと言うから、二人で一緒に街の広場まで行き、そこで挨拶することにした。
ステージのように少し高くなっている場所へ上がり、緊張して体がカチコチになっている僕が、ぎこちなくペコリとお辞儀をすると、大きな歓声が上がった。
事前に、『フレドリック様が、婚約者様と一緒においでになります』と通達されていた領民は、まだかまだかと待ちわびていたらしい。
「皆さんこんにちは。お集まりいただき、ありがとうございます。私は、アーホルン公爵家次期当主のフレドリック・アーホルンです。本日みなさまにお集まりいただきましたのは、私の婚約者であるミッチェル・ハイネルをご紹介させていただくためです。ミッチェルはハイネル伯爵家のご子息であり、私たちと未来を共に築く大切な存在です。どうぞよろしくお願いいたします」
フレッドが挨拶を終えると、そこで一度大歓声が上がった。
みんなフレッドに拍手を送りながら、フレッドの後ろに隠れるようにして待機している僕を、チラチラと見ている。ざわざわソワソワという効果音が似合うその場の雰囲気に、僕もソワソワと落ち着かない。
そんな僕に、フレッドが「そんなに緊張しなくていい。いつものミッチで大丈夫だ」と耳打ちした。
魔法の言葉『大丈夫』で、フレッドは僕に勇気を与えてくれる。うん、大丈夫。いつもの僕らしく!
ふーと深呼吸をして、口角をキュッと上げた。
「皆さま、はじめまして。ただいまご紹介いただきました、ミッチェル・ハイネルと申します。フレドリック様と結婚の約束をし、いずれはここアーホルン領で、皆さまと共に過ごすことになると思います。今すぐに結婚してこちらへ移住したいのですが、次期当主となる弟を、もうしばらくそばで見守りたいと考えています。それまでは、頻繁に訪れるつもりでいます。皆さんとお会いできることを心から楽しみにしていますので、その際はどうぞよろしくお願いいたします」
緊張しながらも言葉を言い終わった僕は、ペコリと頭を下げた。深くお辞儀をするとかそんなかっこいいものではない。緊張のあまり本当にペコリという感じになってしまった。
ああ、これでもハイネル伯爵家長男なのに、こういう場に慣れていないなんて恥ずかしい。……そう思っていたのに、領民からは割れんばかりの拍手と大歓声、そしてなぜか「かわいらしい」とか「キュンっとしたわ」とか、格式張った挨拶をしたはずの僕に似つかわしくない言葉が聞こえてきた。
え……? と思って顔を上げたら、再び大歓声と拍手。どういうこと? そう思って隣に並ぶフレッドを見上げたら、また「かわいい」という声。
戸惑う僕に、フレッドはくすくす笑った。
「みなさん、緊張で固まっている私の婚約者を、からかわないでもらえますか?」
「からかってませんよー。本当に噂通り可愛らしい人だなって思ったんですよ」
「そうですそうです。とても愛らしいです」
さっきまで真面目に挨拶をしていたフレッドが、急に領民たちと砕けた話し方になっている。
え? どういうこと?
僕は、目をまん丸にしたまま、フレッドと領民たちを交互に見た。
どうやらその姿さえ、領民たちにとっては微笑ましいらしく、皆嬉しそうに僕の方を見ていた。
105
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
あなたの世界で、僕は。
花町 シュガー
BL
「あなたの守るものを、僕も守りたい。
ーーただ、それだけなんです」
主人公ではない脇役同士の物語。
***
メインCP→ 〈鼻の効かないα騎士団長 × 選ばれなかったΩ〉
サブCP→ 〈α国王陛下 × 選ばれたΩ〉
この作品は、BLove様主催「第三回短編小説コンテスト」において、優秀賞をいただきました。
本編と番外編があります。
番外編は皆さまからいただくリクエストでつくられています。
「こんなシチュエーションが読みたい」等ありましたらお気軽にコメントへお書きください\(*ˊᗜˋ*)/

【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト
しゃもじ
BL
貴族の間で婚約破棄が流行し、歪みに歪んだサンドレア王国。
飛竜騎士団率いる悪役令嬢のもとに従者として転生した主人公グレイの目的は、前世で成し遂げられなかったゲームクリア=大陸統治を目指すこと、そして敬愛するメルロロッティ嬢の幸せを成就すること。
前世の記憶『予知』のもと、目的達成のためグレイは奔走するが、メルロロッティ嬢の婚約破棄後、少しずつ歴史は歪曲しグレイの予知からズレはじめる……
*主人公の股緩め、登場キャラ貞操観念低め、性癖尖り目、ピュア成分低めです。苦手な方はご注意ください。
*他サイト様にも投稿している作品です。


王冠にかける恋【完結】番外編更新中
毬谷
BL
完結済み・番外編更新中
◆
国立天風学園にはこんな噂があった。
『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』
もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。
何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。
『生徒たちは、全員首輪をしている』
◆
王制がある現代のとある国。
次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。
そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って……
◆
オメガバース学園もの
超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる