上 下
73 / 84

72. 移住のお知らせ

しおりを挟む
 全てのことが解決するまでさらに時間を要し、気付けば僕たちは十九歳の誕生日を迎えた。

 今年は、領民たちが主催で宴を開いてくれると言うので、僕たちは楽しみにしていた。
 街のあちこちで、趣向を凝らしたお店や催し物が並び、全てが心躍るものばかりだった。
 近隣からも沢山の人が遊びに来てくれて、ハイネル領は一日中とても賑やかだった。

「今年は領民の皆さんが主体となって、私たちの誕生日の宴を開いてくれたと聞きました。こんなにたくさんの素敵な催し物はとても楽しい気持ちになります。そして、近隣の皆様にもたくさんお越しいただき、誠にありがとうございます。昨年は、この場で弟フィラットの当主就任をお知らせしましたが、今年は私からひとつお知らせをしてもよろしいでしょうか」

 突然広場の中心で話し始めた僕に気付き、慌ててフィルはやってきた。

「え? ミッチ、急にどうしたの。ご挨拶は最後って言ったじゃないか」
「うん、ごめんね。ちょっと僕たちから報告があって」

 僕はフィルにそう答えながら、近くで待機していたフレッドに向かって手招きをした。
 その合図に気付いたフレッドは、僕のすぐ隣までやってきた。

「フレッドまで? なにするの?」
「まぁまぁ、フィルはここで聞いていてね」

 声のトーンを落として小声で言うフィルに微笑みかけると、僕は再び広場にいるみんなに向かって話しだした。

「弟フィラットが正式に当主となってから、一年が経ちました。それ以前から、フィラットは前ハイネル伯爵であるお父様のそばで、たくさんのことを学んできました。この一年、彼の隣で見守ってきたから断言できます。私がずっとそばについていなくても、フィラットなら大丈夫です。みなさまにも、頑張りは十分伝わっていることと思います」

 そこまで一気に言うと、僕は一息ついた。それに合わせ、領民たちのざわめきも大きくなる。
 たしかにすべての人が納得するような、領地運営はまだまだ難しいかもしれない。けれど、今のフィルになら、このハイネル領を任せることができる。

「一年前に、フィルが大切なお知らせをしたように、私もみなさまに大切なお知らせをさせていただきます」

 そう言うと、隣のフレッドに目で合図をした。

「私、ミッチェル・ハイネルは、本日の誕生日の宴をもちまして、ハイネル領から出て、アーホルン領へ向かうことにいたしました」
「えっ? どういうこと?」
「これからは、このフレドリック・アーホルンが、責任を持って彼を守り抜きますので、ご安心ください」
「ちょっと待って、だからどういうこと?」

 ここがハイネル領の街のど真ん中で、皆の注目が一斉に集まっているのを忘れて、フィルが僕たちに詰め寄った。
 けれど、フィルの混乱した様子は、街にいる人皆同じ気持ちだったようで、ざわめきがどんどん大きくなる。

「約二年前、私たちは結婚の約束を交わしました。けれど、ハイネル家が落ち着かない中、ここを離れることは出来ませんでした。そしてあれから二年。やっと落ち着きを取り戻し、フィラットの成長も実感しました。……それなら、もう完全にハイネル家を託してもよいのではないかと思ったのです」
「でも……」
「泣き虫だった頃のフィルは、もうどこにもいないよ。……大丈夫。フィルを支えてくれる人はたくさんいる。大丈夫、大丈夫だよ」

 民衆に向かって話していたはずの僕は、いつしかフィルを抱きしめ、いつものように『大丈夫』と、魔法の言葉をかけた。
 そしてフィルから体を離し、周りで聞き入ってる人々の顔をゆっくりと見渡した。

「私はアーホルン公爵家に入りますが、心はいつまでもハイネル伯爵家と共にあります。私の心のふるさとです。ハイネル伯爵家とアーホルン公爵家は固い絆で結ばれています。両家はこれからも安泰です」

 僕がそう宣言すると、わーっと割れんばかりの歓声が上がった。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

あなたの世界で、僕は。

花町 シュガー
BL
「あなたの守るものを、僕も守りたい。 ーーただ、それだけなんです」 主人公ではない脇役同士の物語。 *** メインCP→ 〈鼻の効かないα騎士団長 × 選ばれなかったΩ〉 サブCP→ 〈α国王陛下 × 選ばれたΩ〉 この作品は、BLove様主催「第三回短編小説コンテスト」において、優秀賞をいただきました。 本編と番外編があります。 番外編は皆さまからいただくリクエストでつくられています。 「こんなシチュエーションが読みたい」等ありましたらお気軽にコメントへお書きください\(*ˊᗜˋ*)/

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

グッバイ運命

星羽なま
BL
表紙イラストは【ぬか。】様に制作いただきました。 《あらすじ》 〜決意の弱さは幸か不幸か〜  社会人七年目の渚琉志(なぎさりゅうじ)には、同い年の相沢悠透(あいざわゆうと)という恋人がいる。  二人は大学で琉志が発情してしまったことをきっかけに距離を深めて行った。琉志はその出会いに"運命の人"だと感じ、二人が恋に落ちるには時間など必要なかった。  付き合って八年経つ二人は、お互いに不安なことも増えて行った。それは、お互いがオメガだったからである。  苦労することを分かっていて付き合ったはずなのに、社会に出ると現実を知っていく日々だった。  歳を重ねるにつれ、将来への心配ばかりが募る。二人はやがて、すれ違いばかりになり、関係は悪い方向へ向かっていった。  そんな中、琉志の"運命の番"が現れる。二人にとっては最悪の事態。それでも愛する気持ちは同じかと思ったが… "運命の人"と"運命の番"。  お互いが幸せになるために、二人が選択した運命は── 《登場人物》 ◯渚琉志(なぎさりゅうじ)…社会人七年目の28歳。10月16日生まれ。身長176cm。 自分がオメガであることで、他人に迷惑をかけないように生きてきた。 ◯相沢悠透(あいざわゆうと)…同じく社会人七年目の28歳。10月29日生まれ。身長178cm。 アルファだと偽って生きてきた。

処理中です...