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71. お母様と中庭で
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「あれから、フィルの婚約破棄についての申し立て、何か進展ありましたか?」
僕はお母様と二人、中庭でのんびりと午後のひとときを過ごしていた。
少し前まで頬に当たる風も冷たかったのに、気付くとすっかり春の風に変わっていた。
甘い花の香が鼻をくすぐり、自然と気持ちも弾む。
そんな時に話す話題ではないのかもしれないけど、昨年国王陛下からの書簡が届いてから半年ほど過ぎたので、ふと気になって質問してみたんだ。
ちょうど一年前にお父様はお咎めなしとされ、その数カ月後には、リヒター公爵家の調査結果及び処遇が発表された。
そのタイミングで、ハイネル家はフィルの婚約破棄についての申し立てをしたんだ。
婚約破棄の直接的原因は、フィルの婚約者の不貞によるものだった。恋人がいるのにもかかわらず嘘をつき、そのまま別れずに付き合い続けていたらしい。リヒター公爵はコニーに恋人がいることを知っていて、なおかつ別れなくてもいいと、そのまま婚約の話を進めていたという。
そのことを知ったお父様が問い詰め、婚約破棄の申し入れをしたら、『破棄ではない、白紙だ』と主張されたらしい。弱みを握られ脅されていたお父様は、仕方がなく白紙にしたのだけど、それは不当ではないかと申し立てたんだ。
「フィルの婚約白紙の話ね。そうなのよ。ちょうど昨日国王陛下から書簡が届いてね。今日はその話もしようと思ってミッチェルを呼んだのよ」
「え? そうなんですか?」
「婚約の話だけはね、フィラットのことではあるけど、フィラットにはあまり触れさせたくないのよね……」
「わかります……」
僕とお母様は、太陽のように明るい笑顔を振りまくフィルの顔を思い浮かべて、『あの笑顔を曇らせたくない』という意見で一致した。
「この件に関しては、お父様が対応してくださっていて、私も昨日教えていただいたの」
「そうなんですね」
「こちらの主張が無事認められて、リヒター公爵家に、慰謝料などの支払いが命じられたの。……ただ、追放されてまだ半年でしょう? 支払い能力がまだないのと一緒なの。没収した財産のほとんどは、リヒター公爵家が関わった施設などの再建に回されてしまって、こちらまで回らなそうだし」
「うーん、そうですか……。リヒター公爵家は現時点で支払い能力はないし、没収した財産は再建に使われているということですね」
僕とお母様は、困ったように大きくため息をついた。
「まぁ、その話はまたゆっくり相談するとして、お母様、僕の作ったフルーツタルトがあるんです。食べませんか?」
「フルーツタルト?」
「季節の果物をいくつか取り入れたタルトです。お口に合えばよいのですが」
「ミッチェルの作ったものなら、きっと美味しいわね。喜んでいただくわ」
お母様はにこにこと嬉しそうに言った。
僕は前世でも特に料理が好きだった。その記憶があるというのも理由かもしれないけど、家事全般が得意だ。そのスキルが使用人をしていた頃は遺憾なく発揮された。
そして今は、料理を中心に楽しんでいる。使用人がいるのだから任せればいいという声もあるけど、僕は自分で作りたいんだ。
……それに、僕は花嫁修業だと思って、楽しんで料理も掃除もなんでもやっている。
「はいどうぞ。召し上がれ」
僕自ら調理場へ行き、タルトを食べやすいサイズにカットして持ってきた。その僕の後ろから、使用人がハーブティーのおかわりを運んできてくれた。
僕も着席して、お母様と一緒にタルトを口に運んだ。
「わぁ、おいしいわ!」
「うん、とっても美味しくできた。僕、やっぱり料理の才能あるのかな!」
満面の笑みで自画自賛する僕を、お母様はクスクス笑いながら見つめると、再びタルトを口に運んだ。
「こんなに美味しいデザートを作れるのに、私が食べるだけではもったいないわね。他の皆さんにも振る舞えたら良いわね」
「お母様、お褒めの言葉ありがとうございます。……僕の夢は、街で小さなお店をやることなんです」
「そうなの?」
「はい。いつか実現できたら嬉しいです」
「そうね」
のんびりとした昼下がり、お母様とこんな話が再びできるとは思わなかった。
ぽかぽかと暖かい日差しに包まれて、全身で幸せを感じていた。
僕はお母様と二人、中庭でのんびりと午後のひとときを過ごしていた。
少し前まで頬に当たる風も冷たかったのに、気付くとすっかり春の風に変わっていた。
甘い花の香が鼻をくすぐり、自然と気持ちも弾む。
そんな時に話す話題ではないのかもしれないけど、昨年国王陛下からの書簡が届いてから半年ほど過ぎたので、ふと気になって質問してみたんだ。
ちょうど一年前にお父様はお咎めなしとされ、その数カ月後には、リヒター公爵家の調査結果及び処遇が発表された。
そのタイミングで、ハイネル家はフィルの婚約破棄についての申し立てをしたんだ。
婚約破棄の直接的原因は、フィルの婚約者の不貞によるものだった。恋人がいるのにもかかわらず嘘をつき、そのまま別れずに付き合い続けていたらしい。リヒター公爵はコニーに恋人がいることを知っていて、なおかつ別れなくてもいいと、そのまま婚約の話を進めていたという。
そのことを知ったお父様が問い詰め、婚約破棄の申し入れをしたら、『破棄ではない、白紙だ』と主張されたらしい。弱みを握られ脅されていたお父様は、仕方がなく白紙にしたのだけど、それは不当ではないかと申し立てたんだ。
「フィルの婚約白紙の話ね。そうなのよ。ちょうど昨日国王陛下から書簡が届いてね。今日はその話もしようと思ってミッチェルを呼んだのよ」
「え? そうなんですか?」
「婚約の話だけはね、フィラットのことではあるけど、フィラットにはあまり触れさせたくないのよね……」
「わかります……」
僕とお母様は、太陽のように明るい笑顔を振りまくフィルの顔を思い浮かべて、『あの笑顔を曇らせたくない』という意見で一致した。
「この件に関しては、お父様が対応してくださっていて、私も昨日教えていただいたの」
「そうなんですね」
「こちらの主張が無事認められて、リヒター公爵家に、慰謝料などの支払いが命じられたの。……ただ、追放されてまだ半年でしょう? 支払い能力がまだないのと一緒なの。没収した財産のほとんどは、リヒター公爵家が関わった施設などの再建に回されてしまって、こちらまで回らなそうだし」
「うーん、そうですか……。リヒター公爵家は現時点で支払い能力はないし、没収した財産は再建に使われているということですね」
僕とお母様は、困ったように大きくため息をついた。
「まぁ、その話はまたゆっくり相談するとして、お母様、僕の作ったフルーツタルトがあるんです。食べませんか?」
「フルーツタルト?」
「季節の果物をいくつか取り入れたタルトです。お口に合えばよいのですが」
「ミッチェルの作ったものなら、きっと美味しいわね。喜んでいただくわ」
お母様はにこにこと嬉しそうに言った。
僕は前世でも特に料理が好きだった。その記憶があるというのも理由かもしれないけど、家事全般が得意だ。そのスキルが使用人をしていた頃は遺憾なく発揮された。
そして今は、料理を中心に楽しんでいる。使用人がいるのだから任せればいいという声もあるけど、僕は自分で作りたいんだ。
……それに、僕は花嫁修業だと思って、楽しんで料理も掃除もなんでもやっている。
「はいどうぞ。召し上がれ」
僕自ら調理場へ行き、タルトを食べやすいサイズにカットして持ってきた。その僕の後ろから、使用人がハーブティーのおかわりを運んできてくれた。
僕も着席して、お母様と一緒にタルトを口に運んだ。
「わぁ、おいしいわ!」
「うん、とっても美味しくできた。僕、やっぱり料理の才能あるのかな!」
満面の笑みで自画自賛する僕を、お母様はクスクス笑いながら見つめると、再びタルトを口に運んだ。
「こんなに美味しいデザートを作れるのに、私が食べるだけではもったいないわね。他の皆さんにも振る舞えたら良いわね」
「お母様、お褒めの言葉ありがとうございます。……僕の夢は、街で小さなお店をやることなんです」
「そうなの?」
「はい。いつか実現できたら嬉しいです」
「そうね」
のんびりとした昼下がり、お母様とこんな話が再びできるとは思わなかった。
ぽかぽかと暖かい日差しに包まれて、全身で幸せを感じていた。
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