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66. 国王陛下からの書簡
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お父様が貴族会議で声明を出してから、半年ほどが過ぎた。
三月も後半に差し掛かり、頬に当たる風もかなり優しくなり、その風に乗って花々の甘い香りが漂うようになっていた。
フィルの通う『セントルクレティウス学院』は春休みに入っていて、そのタイミングでフィルも帰省していた。
温かな春の空気に誘われ、僕は中庭で、仲の良い使用人たちと小さなお茶会をしていた。お茶会と言っても、使用人たちの休憩時間に、僕がお邪魔しているだけなんだけど。
そんなゆったりとした時間が流れている、ある日の昼下がり。周りが少しざわつき始めたので、何があったのだろうと思っていると、ペーターが僕を呼びにやってきた。
「ミッチェル様、奥様がお呼びです」
「なんだろう? ペーター、知らせてくれてありがとう。ここを片付けたらすぐ行くよ」
「かしこまりました。奥様にお伝えいたします」
ペーターは会釈をすると、素早く書斎の方に戻っていった。
「ここは私達が片付けるから、エミは早く奥様のところへ行って」
「でも、片付けくらいは……」
「でも奥様のお呼び出しでしょ? 急がないと」
「うん、わかった。ありがとう、お願いするよ」
僕は、使用人として働いていた頃に仲良くなった人たちとは、今でもこうやって一緒にお茶したりしている。
普通の貴族の家がどうかはわからないけど、ハイネル家はこれも許されている。もちろん休憩中などの勤務時間外だ。
使用人たちに後片付けをお願いした僕は、急ぎ足で書斎へ向かった。
書斎に到着すると、いつものように、お父様とお母様、フィルとフレッドが集まっていた。
「今日はどうしたの? 何かあった?」
もうこのように呼び出しをされるのも慣れてきていて、僕は軽い気持ちで問いかけた。
初めて家族会議が行われてから、重要なことはもちろん、ちょっとした家族の話し合いの場も、頻繁に設けられるようになった。だから今日もそこまで重要じゃないのかなと思ってたんだ。
だけど、みんなの顔つきが違うのに気付いた僕は、急いで席についた。
「さきほど、国王陛下からの使者が、書簡を届けにやってきた」
「国王陛下の……?」
声に出さなかった他の家族も、静かに息を呑んだ。
国王陛下からの知らせということは、おそらくお父様のあの件だ。
「さっそく、国王陛下のお言葉を、代読させてもらう」
静寂の中、お父様の凛とした声が響く。
僕はもちろんお父様が罪に問われないと信じているけれど、やはりこの時間は緊張する。けれどお父様は緊張など微塵も感じさせないような、ハイネル家当主らしい立派な振る舞いだ。
「エドワード・ハイネル殿。ハイネル伯爵家一同の申し出により、慎重に調査をし、提出された資料とともに精査した結果、貴殿は今回の事案について、罪に問われないものとする。なお、全貌が解明されていない件については、引き続き調査を続けていく。──以上」
お父様が国王陛下からの書簡を読み終えると、一斉に拍手とわぁっという歓声が起きた。
「お父様、良かったです!」
「これで、お父様とハイネル家の名誉は守られました」
「大丈夫だと信じていました……」
口々に、お父様へ言葉をかける。
お父様は、うむと一言唸るように言うと、もう一度書簡に目を落とした。
「国王陛下から、最後に一言添えられている。『ハイネル伯爵家が今後も誠実に領地を治め、繁栄をもたらすことを期待している。貴殿の家族と共に、さらなる発展を遂げることを願っている』と、配慮の込められたお言葉だ。丁寧に対応していただいた国王陛下には、頭が下がる思いだ」
その言葉の後に顔を上げ、僕たちの顔を見渡した。
「今回のことは、私の落ち度でもある。そういった教えで育てられたとは言え、あまりにも浅はかな行動をしてしまった。これを肝に銘じ、考えを悔い改め、今後はハイネル家とハイネル領土の発展に貢献できるよう、尽くしていこうと思う。こんな私だが、これからもよろしく頼む」
お父様はそう言うと、深々と頭を下げた。
三月も後半に差し掛かり、頬に当たる風もかなり優しくなり、その風に乗って花々の甘い香りが漂うようになっていた。
フィルの通う『セントルクレティウス学院』は春休みに入っていて、そのタイミングでフィルも帰省していた。
温かな春の空気に誘われ、僕は中庭で、仲の良い使用人たちと小さなお茶会をしていた。お茶会と言っても、使用人たちの休憩時間に、僕がお邪魔しているだけなんだけど。
そんなゆったりとした時間が流れている、ある日の昼下がり。周りが少しざわつき始めたので、何があったのだろうと思っていると、ペーターが僕を呼びにやってきた。
「ミッチェル様、奥様がお呼びです」
「なんだろう? ペーター、知らせてくれてありがとう。ここを片付けたらすぐ行くよ」
「かしこまりました。奥様にお伝えいたします」
ペーターは会釈をすると、素早く書斎の方に戻っていった。
「ここは私達が片付けるから、エミは早く奥様のところへ行って」
「でも、片付けくらいは……」
「でも奥様のお呼び出しでしょ? 急がないと」
「うん、わかった。ありがとう、お願いするよ」
僕は、使用人として働いていた頃に仲良くなった人たちとは、今でもこうやって一緒にお茶したりしている。
普通の貴族の家がどうかはわからないけど、ハイネル家はこれも許されている。もちろん休憩中などの勤務時間外だ。
使用人たちに後片付けをお願いした僕は、急ぎ足で書斎へ向かった。
書斎に到着すると、いつものように、お父様とお母様、フィルとフレッドが集まっていた。
「今日はどうしたの? 何かあった?」
もうこのように呼び出しをされるのも慣れてきていて、僕は軽い気持ちで問いかけた。
初めて家族会議が行われてから、重要なことはもちろん、ちょっとした家族の話し合いの場も、頻繁に設けられるようになった。だから今日もそこまで重要じゃないのかなと思ってたんだ。
だけど、みんなの顔つきが違うのに気付いた僕は、急いで席についた。
「さきほど、国王陛下からの使者が、書簡を届けにやってきた」
「国王陛下の……?」
声に出さなかった他の家族も、静かに息を呑んだ。
国王陛下からの知らせということは、おそらくお父様のあの件だ。
「さっそく、国王陛下のお言葉を、代読させてもらう」
静寂の中、お父様の凛とした声が響く。
僕はもちろんお父様が罪に問われないと信じているけれど、やはりこの時間は緊張する。けれどお父様は緊張など微塵も感じさせないような、ハイネル家当主らしい立派な振る舞いだ。
「エドワード・ハイネル殿。ハイネル伯爵家一同の申し出により、慎重に調査をし、提出された資料とともに精査した結果、貴殿は今回の事案について、罪に問われないものとする。なお、全貌が解明されていない件については、引き続き調査を続けていく。──以上」
お父様が国王陛下からの書簡を読み終えると、一斉に拍手とわぁっという歓声が起きた。
「お父様、良かったです!」
「これで、お父様とハイネル家の名誉は守られました」
「大丈夫だと信じていました……」
口々に、お父様へ言葉をかける。
お父様は、うむと一言唸るように言うと、もう一度書簡に目を落とした。
「国王陛下から、最後に一言添えられている。『ハイネル伯爵家が今後も誠実に領地を治め、繁栄をもたらすことを期待している。貴殿の家族と共に、さらなる発展を遂げることを願っている』と、配慮の込められたお言葉だ。丁寧に対応していただいた国王陛下には、頭が下がる思いだ」
その言葉の後に顔を上げ、僕たちの顔を見渡した。
「今回のことは、私の落ち度でもある。そういった教えで育てられたとは言え、あまりにも浅はかな行動をしてしまった。これを肝に銘じ、考えを悔い改め、今後はハイネル家とハイネル領土の発展に貢献できるよう、尽くしていこうと思う。こんな私だが、これからもよろしく頼む」
お父様はそう言うと、深々と頭を下げた。
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