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60. 偏見のない家

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「弱みを握られていたらしい、ということまではわかったけど、その内容まではしっかりと確認が取れていないんだ。追々、旦那様からしっかりと話を聞かせてもらう予定だけど、取り急ぎまとめなければならないことがあるから、そちらを優先している」
「優先すること?」
「さっき、旦那様も罪に問われてしまうかもしれないと言っただろ? そうならないために、嘆願書を作成しているところなんだ」
「嘆願書?」
「旦那様は、元来家族のことや領民のことを、とても良く考えてくださる方だった。だから、皆に協力を仰ぎ、国王陛下に嘆願書を出すことにしたんだ。旦那様は知らないうちに犯罪に巻き込まれていたという証拠と、家族や領民の声を届ければ、おそらく罪に問われることはないだろう」

 僕は『おそらく罪に問われることはないだろう』というフレッドの言葉を聞き、安堵のため息を漏らした。
 お父様の育ってきた環境のせいで、優しかったお父様は変わってしまった。オメガだった僕を隠そうとしてしまったことも、悲しいけれど、仕方のないことだったって思えるんだ。
 それに、僕への態度が変わっただけで、フィルには優しいままだった。それなら僕が我慢していれば、ハイネル家は安泰だって思っていた。

 それなのに、犯罪に巻き込まれていた事実を聞き、僕は言葉を失った。
 それは、もう僕一人で我慢すれば良い問題ではなく、家族全員や領民たちの生活にも、大きな影響を与える死活問題だった。

 そんな大事になってしまっている問題で、お父様の罪が問われない可能性を示唆され、僕は一気に力が抜けた。

「ただ、皆を納得させるために、ひとつの条件を提示したんだ」
「条件?」
「そう。今の俺の家である、アーホルン公爵家が資金援助をするという条件を提示し、協力を仰いだんだ」
「え? なんで、そんな話に……」
「そのことを説明する前に、俺の出生について話をするよ」

 フレッドはそう言うと、街でアーホルン公爵家の従者に、声をかけられた時の様子を話し始めた。

 アーホルン公爵家には、なかなか跡取りが産まれなかった。困っているところに、妾の子であるフレッドの存在を知った。
 その行方を探しているうちに、グレース孤児院にその子と思われる子供がいるとわかり、会いに行ったが、すでに孤児院を出てしまっていた。

 親族でもないものに、その行方を教えることは出来ないと言われたので、独自で調べたところとある男爵家に行き着いた。
 けれど訪ねて行ってみたのに、そんな子供はいないと門前払いをされてしまった。

 引き続き調査をしていたところ、ハイネル家の使用人をしていることを突き止めた。様子をうかがっていたところ、一人で街に出かけていたので声をかけたらしい。

 
 アーホルン公爵家の従者は、フレッドに事情を話したうえで、一度お屋敷の方に出向いてもらえないかと言った。けれどフレッドは『俺はハイネル家の使用人だし、倒れているところを助けてもらった恩もあるので無理だ』と伝えたら、いくつかの条件を出して交渉をしてきた。
 フレッドは『跡取りならアルファだろう? もし俺がアルファじゃなかったらどうするんだ?』と疑問をぶつけた。バース検査もしていない俺を、跡取りにと考えているなんて、無謀もいいところだ……と。
 けれどフレッドの予想とは反して、アーホルン公爵家の従者は、大したことではないという口調で『バースなど関係ありません。オメガだって当主になることが出来ます』そう言い切ったそうだ。

「驚いたよ。アーホルン公爵家は、全く差別意識を持たない家だった。アルファだろうがベータだろうが関係ない。オメガだって当主になることが出来ると言い切ったんだ」
「オメガでも?」
「驚きだろ? ハイネル家だけじゃなく、貴族はオメガに対してみんな同じような考えだと思っていたから、衝撃だった」
「……っ」

 僕は驚きの連続の中でも、『オメガでも当主になることが出来る』というフレッドの言葉に、息を呑んだ。
 オメガが差別されないどころか、その家の……その領民たちをまとめる存在になれるかもしれないなんて、想像すらしたことはなかった。
 世の中の底辺になることが当然だと思ってきた僕には、その言葉の意味をすべて受け止めるには、もう少し時間がかかってしまうかもしれない。
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