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36. お母様と夜会
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その日の夜。辺りがすっかり暗くなり、皆が寝静まった頃、僕は離れの一室の窓から、ぼーっと空に浮かぶ月を眺めていた。
他の使用人たちは、屋敷内に設けられた使用人専用の部屋に寝泊まりしている。けれど、僕はオメガということで、急なヒート時に隔離できるように、離れの部屋が用意されていた。……とはいっても、僕にはまだ初めてのヒートは起きていなかった。
塔の部屋に閉じ込められていた二年半は、生活環境も栄養状態も悪く、ストレスによりホルモンも乱れ、決して良い状態ではなかった。そのせいなのか、成長期の証である声変わりもしていないし、ヒートも来ていないし、もともと弱かった体はさらに弱くなっていた。
それでも最近はちゃんと食事をして、適度に体を動かして、睡眠もしっかりとるようになったから、だいぶ改善されていると思う。まだ他の使用人に迷惑をかけてしまうこともあるけれど、みんな若い世代だからなのかオメガに偏見がないらしく、少しずつでも大丈夫だよと励ましてくれた。
僕の存在を隠そうとしているお父様は、仕事が忙しくなりなかなか家に帰ってこられない。だからお母様に家のことをすべて任せっきりだ。
理解のある使用人と、上手く対応してくれるお母様のおかげで、僕は他の使用人たちと上手くやっていくことができた。
塔の部屋の小さな窓とは違い、この離れの窓からは夜空をゆっくり眺めることができる。
もともとはお母様のプライベートルームで、お母様の書斎の隠し扉から狭い通路を通って、この離れに来ることもできる。この離れは草木に囲まれ、外から隠されるように建てられているし、隠し通路も外から見たら普通の壁なので、わかりづらい。
誰にも邪魔されずゆっくりするにはうってつけの場所だけど、僕たち双子が生まれてからは、母屋にいることが多くなり、あまり利用されなくなった。
僕が偽名を使って使用人として働くことになり、ヒート対応できるようにとか、お母様とこっそり会えるようにとか、何かと都合が良いだろうということで、僕がこの離れを使うことになった。
お母様のために建てられた離れなので、とても快適に過ごせる場所で、僕は何年かぶりに安心してゆっくりと過ごすことができた。
今夜の月はキレイだなぁ。ふわふわした気持ちで夜空を眺めていると、入口のドアがノックされた。
「はーい」
外はシーンと静まり返っているので、あまり大きな声は出せない。こっそりとささやくような声で返事をしながら、ドアを開けた。
「お母様」
こんなに夜遅く? と思う時間だけど、事前にお母様からの連絡は受けているので、僕は驚くことはなかった。いつもは屋敷内で顔を見たり、お母様の書斎の片付けをしている時に少し話す機会があったりする程度だけど、今日は少し長めに話す時間を取りたいと言われ、この時間に離れで会う約束をしていた。
「こんばんは。こんな時間にごめんなさいね」
「わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます。来ていただいて嬉しいです」
夜も遅いのでお菓子などは出さず、ハーブティーを差し出した。
「今日はね、フィルのことで話があって来たの」
「フィルのこと?」
「六月の誕生日に正式に婚約を取り交わすのだけど、その前に両家が集まって、ハイネル家で食事をすることになったの」
「ハイネル家で?」
「そう。結婚したらハイネル家に入るでしょう? それなら一度ゆっくり家で過ごしてもらいましょうって」
「でも、そうしたら……」
僕はそこまで言って言葉をつまらせたけど、お母様はもちろん僕の言いたいことはわかっているようで、軽くうなずいたあと話を続けた。
他の使用人たちは、屋敷内に設けられた使用人専用の部屋に寝泊まりしている。けれど、僕はオメガということで、急なヒート時に隔離できるように、離れの部屋が用意されていた。……とはいっても、僕にはまだ初めてのヒートは起きていなかった。
塔の部屋に閉じ込められていた二年半は、生活環境も栄養状態も悪く、ストレスによりホルモンも乱れ、決して良い状態ではなかった。そのせいなのか、成長期の証である声変わりもしていないし、ヒートも来ていないし、もともと弱かった体はさらに弱くなっていた。
それでも最近はちゃんと食事をして、適度に体を動かして、睡眠もしっかりとるようになったから、だいぶ改善されていると思う。まだ他の使用人に迷惑をかけてしまうこともあるけれど、みんな若い世代だからなのかオメガに偏見がないらしく、少しずつでも大丈夫だよと励ましてくれた。
僕の存在を隠そうとしているお父様は、仕事が忙しくなりなかなか家に帰ってこられない。だからお母様に家のことをすべて任せっきりだ。
理解のある使用人と、上手く対応してくれるお母様のおかげで、僕は他の使用人たちと上手くやっていくことができた。
塔の部屋の小さな窓とは違い、この離れの窓からは夜空をゆっくり眺めることができる。
もともとはお母様のプライベートルームで、お母様の書斎の隠し扉から狭い通路を通って、この離れに来ることもできる。この離れは草木に囲まれ、外から隠されるように建てられているし、隠し通路も外から見たら普通の壁なので、わかりづらい。
誰にも邪魔されずゆっくりするにはうってつけの場所だけど、僕たち双子が生まれてからは、母屋にいることが多くなり、あまり利用されなくなった。
僕が偽名を使って使用人として働くことになり、ヒート対応できるようにとか、お母様とこっそり会えるようにとか、何かと都合が良いだろうということで、僕がこの離れを使うことになった。
お母様のために建てられた離れなので、とても快適に過ごせる場所で、僕は何年かぶりに安心してゆっくりと過ごすことができた。
今夜の月はキレイだなぁ。ふわふわした気持ちで夜空を眺めていると、入口のドアがノックされた。
「はーい」
外はシーンと静まり返っているので、あまり大きな声は出せない。こっそりとささやくような声で返事をしながら、ドアを開けた。
「お母様」
こんなに夜遅く? と思う時間だけど、事前にお母様からの連絡は受けているので、僕は驚くことはなかった。いつもは屋敷内で顔を見たり、お母様の書斎の片付けをしている時に少し話す機会があったりする程度だけど、今日は少し長めに話す時間を取りたいと言われ、この時間に離れで会う約束をしていた。
「こんばんは。こんな時間にごめんなさいね」
「わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます。来ていただいて嬉しいです」
夜も遅いのでお菓子などは出さず、ハーブティーを差し出した。
「今日はね、フィルのことで話があって来たの」
「フィルのこと?」
「六月の誕生日に正式に婚約を取り交わすのだけど、その前に両家が集まって、ハイネル家で食事をすることになったの」
「ハイネル家で?」
「そう。結婚したらハイネル家に入るでしょう? それなら一度ゆっくり家で過ごしてもらいましょうって」
「でも、そうしたら……」
僕はそこまで言って言葉をつまらせたけど、お母様はもちろん僕の言いたいことはわかっているようで、軽くうなずいたあと話を続けた。
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