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24. オメガ

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「イザベラ。ミッチェルの入学辞退の手続きをしてきなさい」

 バース告知のあと、愕然として固まってしまった僕たちを前に、お父様は感情を失ったような声でお母様に指示を出した。
 その言葉に、ずっと下を向いていたお母様が驚いて顔を上げた。
 
「そんな……」

 お母様の声は震えていた。僕もわずかな希望を見出そうとしたが、お父様の冷たい視線がそれを打ち砕いた。
 
 オメガへの偏見をなくし、平等を掲げた学院で学ばせると言っていたのは、やはり建前だったんだ。あくまでも、アルファなのに皆平等に接するなんて、さすがだと思われるための手段でしかない。
 それには、が大前提なんだ。オメガとわかった僕は、必要がない。

「イザベラ、これは家の名誉のためだ。すぐに手続きを」

 お母様は涙をこらえ、静かにうなずいた。

 お母様の生まれ育った家がアルファ至上主義のせいで、大切なオメガの友人と引き離されてしまうという悲しい出来事があった。なので自分が家庭を持った時は、分け隔てなく接するようにしたいと願っていたのに、嫁ぎ先も同じような考えの人達ばかりだった。


「お母様……」

 やっとの思いで絞り出した僕の呼びかけに、お母様は返事をすることもなく、そっと視線を外した。
 お母様は僕を守りたいと思っていても、ハイネル家の当主であるお父様に逆らえるはずがない。俯いたまま、消え入るような小さな言葉を吐き出した。

「……誰かに、聞かれたら……どう……すれば……」
「その時は、体調が思わしくないから、別荘地で静養することになったとでも言っておけ。最近は体調を崩すことが多かったから、皆納得するだろう」

 僕はお父様のその言葉に驚き、目を見開いた。

「フィラット、自分の部屋に戻りなさい。入学手続きの話をしよう」

 初めから僕がいなかったように視線をはずしたまま、お父様はフィラットの肩に手を置き、優しい笑みとともに話しかけた。

「アルファの心得も教えてやろう」

 オメガだった僕とは違って、弟のフィルのバース検査の結果は『アルファ』だった。
 皆に望まれ、祝福され、期待される存在のアルファ。
 産むしか能がないと言われ、蔑まれる存在のオメガ。

 お父様もお母様も、今日の朝まであんなに愛おしい存在だと伝えてくれていたのに、オメガだとわかった途端、こんなにも態度が変わってしまった。
 手の届く位置にいるはずなのに、お父様もお母様も、一気に遠くに行ってしまったみたいだ。

 神様。この世界でも、僕はいらない子なんですか……?

 天を仰ぐと、我慢していた涙が溢れ出て、頬を伝って流れ落ちた。



「お父様! なんで!」

 僕を無いものとして扱っているお父様に、フィルが戸惑いと怒りを抑えきれず、声を震わせる。

「ハイネル家の跡取りとしても、教えなければいけないことは山ほどある。寮生活になるが、頻繁に帰ってきなさい」
「……そうね。お母様も……寂しいから、頻繁に帰ってきてね……」

 お母様は、まだ涙を必死にこらえるように、声を震わせた。

「なんで、ミッチのことを無視するの!?」
「無視? ……何のことだ?」
「さっきから、お父様もお母様も、何を言っているの?」
「フィラット、お前は選ばれしものなのだ。理由のわからないことを言うんじゃない」
「選ばれしものってなんだよ! ミッチがオメガだと……」

 フィルがオメガと口に出しただけで、お父様の表情が厳しくなった。フィルが言い終わらないうちに、強い口調で言葉を被せてきた。

「……うちにはオメガなど、いない」

 今までに見たことのないような冷たい視線で、お父様は一喝すると、隣りにいるお母様に耳打ちした。
 するとお母様は、再び目を見開きお父様の顔を見ると、悲しそうに眉を寄せながら小さくうなずいた。

 いくら訴えても、お父様にもお母様にも伝わらないとようやく気付いたフィルは、そこから先の言葉を失い、その場に立ち尽くした。

 そして、程なくして部屋にやってきた使用人たちによって、僕は部屋の外へ連れ出されてしまった。

「ミッチ! 待って! ミッチをどこに連れて行くの!?」

 部屋の向こうからは、フィルの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
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