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21. 生い立ち(フレッド視点)
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俺は孤児院の前に置き去りにされていた。誰が置いていったのかは分からないけれど、大切に包まれ、かごに入れられ、一緒に手紙と指輪が入っていたらしい。
手紙には、『事情があって、今は育てられないけど、必ず迎えに来るから、それまでこの指輪を母と思って、持っていてほしい』というような内容が書かれていたらしい。
幼かった俺はその言葉を信じ、時々その指輪を眺めては、まだ見ぬ母に思いを寄せていた。
俺のいた孤児院はとにかく貧乏で大変だった。まるで慈善活動のように、困っている人たちを受け入れる院長だった。子どもたちも自分でできることはもちろん、可能な限りみんなで孤児院の手伝いをした。
そんな環境だったから、本来ならば十八歳になってから孤児院を出るのだけど、早くから出て働く者も多かった。俺もお世話になった孤児院の負担にならないように、そして何か恩返しができるようにと、十歳で孤児院を出ることにした。
住み込みの使用人の仕事を紹介してもらって、これで俺も役に立てると希望を持って行ったのに、雇い主は孤児院出身の者を人とも思わないような、ひどい扱いをする人だった。
寝起きするのは、庭の隅の日の当たらない馬小屋。食事も最低限。もちろん湯浴みをして体を清めることもできずに、馬小屋の外に置かれた桶に雨水をためて、それで体の汚れを流していた。
過酷な労働環境の上に、不十分な食事。体調を崩しても医者に診てもらうことはできなかった。これではまるで奴隷と同じだった。
そんな時に双子と出会い、ハイネル家の使用人として雇ってもらうことになった。
ここでの生活は今までとは雲泥の差で、初めて俺は人間扱いをしてもらえたような気がした。
あの日、双子の弟のフィルが迷子になっていたのを助けたのはたまたまだったが、兄のミッチと目を合わせた瞬間、何か衝撃を感じたような気がしたんだ。それはミッチも同じだったのか、一瞬動きが止まった。それ以来、理由はわからないけど、彼に対して懐かしさを感じることが度々あった。
◇
出かけていたフィルたちがそろそろ帰ってくるという頃には、ミッチの体調もすっかり回復していた。
コンコン
朝食の準備ができたと声をかけるために、ドアを軽くノックするけれど返事がない。どうしたのだろうと静かにドアを開けると、ミッチは何かを握りしめながら、静かに涙を流していた。
おそらく、チェーンを付けて、肌身離さず大切そうに持っている指輪だろう。以前体調を崩した時にも、とても大切そうに指輪を見つめているのを見かけたし、何度かこっそり指輪に話しかけているような姿を見たことがある。
「ミッチ、食事ができたよ」
気付かないふりをして、俺は声を掛けた。
ミッチは見られたとは知らずに、何食わぬ顔をしてそっと涙を拭うと、ぱっと明るい笑顔をみせた。
「ごめん、ありがとう! ちょっと目にゴミが入っちゃって、顔洗ってから行くね」
そう言ってベッドから降りると、パタパタと走っていった。
あの指輪は誰かにもらったのだろうか。あんなに肌身離さず身につけているし、とても大切にしているものなのだろう。そう思うと、俺の胸はチクリと痛んだ。
「……まさか、俺は……」
自分の胸に手を当ててみる。時折感じるこの胸の痛みの正体と、ミッチにだけ感じる懐かしさ。この気持ちは何なのだろうとずっと考えていた。
今まで人としてまともな生活をすることもなく、生きるのに精一杯だった俺は、それ以外の感情を持つことはなかった。
だから自分の中に芽生えたこの感情の正体に、なかなか辿り着くことはできなかった。
ミッチへ向ける好意は『助けてもらった恩』だと思っていた。歳が近いから『親しみ』を感じているからだと思っていた。体が弱いから『守ってあげたい』からだと思っていた。
でもそれは、ミッチだけに抱く「特別で大切な感情」なんだと気付いた。今までわからなかったこの感情の正体に、俺はやっと辿り着いた。
手紙には、『事情があって、今は育てられないけど、必ず迎えに来るから、それまでこの指輪を母と思って、持っていてほしい』というような内容が書かれていたらしい。
幼かった俺はその言葉を信じ、時々その指輪を眺めては、まだ見ぬ母に思いを寄せていた。
俺のいた孤児院はとにかく貧乏で大変だった。まるで慈善活動のように、困っている人たちを受け入れる院長だった。子どもたちも自分でできることはもちろん、可能な限りみんなで孤児院の手伝いをした。
そんな環境だったから、本来ならば十八歳になってから孤児院を出るのだけど、早くから出て働く者も多かった。俺もお世話になった孤児院の負担にならないように、そして何か恩返しができるようにと、十歳で孤児院を出ることにした。
住み込みの使用人の仕事を紹介してもらって、これで俺も役に立てると希望を持って行ったのに、雇い主は孤児院出身の者を人とも思わないような、ひどい扱いをする人だった。
寝起きするのは、庭の隅の日の当たらない馬小屋。食事も最低限。もちろん湯浴みをして体を清めることもできずに、馬小屋の外に置かれた桶に雨水をためて、それで体の汚れを流していた。
過酷な労働環境の上に、不十分な食事。体調を崩しても医者に診てもらうことはできなかった。これではまるで奴隷と同じだった。
そんな時に双子と出会い、ハイネル家の使用人として雇ってもらうことになった。
ここでの生活は今までとは雲泥の差で、初めて俺は人間扱いをしてもらえたような気がした。
あの日、双子の弟のフィルが迷子になっていたのを助けたのはたまたまだったが、兄のミッチと目を合わせた瞬間、何か衝撃を感じたような気がしたんだ。それはミッチも同じだったのか、一瞬動きが止まった。それ以来、理由はわからないけど、彼に対して懐かしさを感じることが度々あった。
◇
出かけていたフィルたちがそろそろ帰ってくるという頃には、ミッチの体調もすっかり回復していた。
コンコン
朝食の準備ができたと声をかけるために、ドアを軽くノックするけれど返事がない。どうしたのだろうと静かにドアを開けると、ミッチは何かを握りしめながら、静かに涙を流していた。
おそらく、チェーンを付けて、肌身離さず大切そうに持っている指輪だろう。以前体調を崩した時にも、とても大切そうに指輪を見つめているのを見かけたし、何度かこっそり指輪に話しかけているような姿を見たことがある。
「ミッチ、食事ができたよ」
気付かないふりをして、俺は声を掛けた。
ミッチは見られたとは知らずに、何食わぬ顔をしてそっと涙を拭うと、ぱっと明るい笑顔をみせた。
「ごめん、ありがとう! ちょっと目にゴミが入っちゃって、顔洗ってから行くね」
そう言ってベッドから降りると、パタパタと走っていった。
あの指輪は誰かにもらったのだろうか。あんなに肌身離さず身につけているし、とても大切にしているものなのだろう。そう思うと、俺の胸はチクリと痛んだ。
「……まさか、俺は……」
自分の胸に手を当ててみる。時折感じるこの胸の痛みの正体と、ミッチにだけ感じる懐かしさ。この気持ちは何なのだろうとずっと考えていた。
今まで人としてまともな生活をすることもなく、生きるのに精一杯だった俺は、それ以外の感情を持つことはなかった。
だから自分の中に芽生えたこの感情の正体に、なかなか辿り着くことはできなかった。
ミッチへ向ける好意は『助けてもらった恩』だと思っていた。歳が近いから『親しみ』を感じているからだと思っていた。体が弱いから『守ってあげたい』からだと思っていた。
でもそれは、ミッチだけに抱く「特別で大切な感情」なんだと気付いた。今までわからなかったこの感情の正体に、俺はやっと辿り着いた。
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