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4. 記憶喪失

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「一時的な記憶喪失かもしれません」

 女性と少年が固唾をのんで見守る中、先生の出した答えは『記憶喪失』だった。

「記憶喪失……?」
「ミッチが……?」

 困惑の表情を隠せない二人は、僕と先生の顔を交互に見ながら、戸惑いの声を漏らした。

「自分の名前どころか、姿にも見覚えがない。家族のこともすっかり忘れている。この街どころかこの国のこともわからない。何ひとつ思い出せないような状態なんです。……記憶喪失だと考える他に、何があると?」

 冷静だと思っていた先生も、実はかなり困惑しているのが見て取れた。少し苛立ちさえ感じるような言葉に、二人は黙ってしまった。

「おそらく一時的なものだと思いますし、今までと変わらぬ生活をする中で、思い出していくはずです。無理強いすることなく、わからないことは根気よく教えていってあげてください」

 先生はそういうと、「それでは失礼します。お大事に……」と、部屋を出ていった。
 
 診察だからと、いくつか質問に答えていく中で、ここはホテルではなく、この女性と少年の家だということがわかった。

 目の前にいる二人は、僕にとっては、今日初めて会った赤の他人だ。
 かといってここから出ていっても行くあてはないし、僕自身のこともこの家のことも、この世界のことも全くわからないから、この二人に頼るしかないのだろう。

 目覚めたばかりの時に脳裏に浮かんだ映像が、夢なのか現実なのか分からなくて、僕の記憶は混濁しているのかと思っていた。……けれど、そうではないと先生との会話で確信した。

 僕は、目の前にいる少年のしたんだ──。

 だからここにいる三人は家族。双子の兄が僕で、目の前にいるのは双子の弟と僕たちの母親なんだと思う。
 今僕に分かっている情報は、それだけだった。





「ごめんね、なんか迷惑かけちゃうけど……」

 僕はメモを用意してもらって、そこにこれから色々と記していくことにした。
 先生が言っていた『記憶喪失』ではないから、僕の中にあるが蘇ることは多分無いと思う。

 そして、『ミチ』と呼ばれていた日本人の僕が、元の身体に戻ることも、絶対に有り得ない。

 僕は、少女を助けたあの時、そのまま人生を終えたはずだから──。

 でも良かった。
 今僕が違う姿で、でも前世の記憶を持ってここに存在するということは、リクとの約束を破ることなく、生まれ変わることができたということ。
 また、リクに巡り会えるかもしれない……そう思ったら、暗闇の中で彷徨うような状況の中、希望の光が見えてきた気がした。



「ミッチ! きいてるの?」

 目の前でプーッと頬を膨らますのは、僕の双子の弟で『フィラット・ハイネル』愛称はフィル。そして僕は『ミッチェル・ハイネル』愛称はミッチ。
 ストロベリーブロンドのやわらかい猫っ毛で、肩に届かないくらいの細い髪がサラサラと揺れる。瞳の色はフィルが淡いブルーで、僕は髪色に似た淡いピンクだ。
 全く同じかと思っていたけど、細かいところで個性が出ているようだった。瞳の色は違うけど、ふたりともくりっとした瞳は、小動物のような印象を与える。

「ごめんね。まだ全然思い出せないから、フィルにたくさん協力してもらいたいんだ」

 弟のフィルに向かって、僕は謝った。手間を掛けさせてしまっているのは事実だ。
 それでも、「しょうがないなぁ……」と言いながら、照れ隠しのように向こうを向いてしまう弟の横顔を盗み見ると、わずかに口元が緩んでいた。
 前世でとても可愛がっていた弟がそうだったように、きっと、頼られているのが嬉しいのだと思う。そんな様子を見ていた僕の口元も、わずかに緩んだ。
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