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星司と月歌(スピンオフ)
2. 肩代わりの条件
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星司くんは、オメガの僕にもとても優しくしてくれた。僕だけじゃなく、女手一つで育ててくれた僕のお母さんにも、とても良くしてくれた。
両親は結婚して、この場所に小さな洋菓子店を構えた。慣れないことばかりで大変だったけど、念願のお店だから幸せに満ち溢れていたらしい。
なのに、父が病気で急に亡くなったのは、僕が幼稚園の頃だった。それからお母さんは僕を育てるために必死だった。やっと軌道に乗って落ち着いたと思った矢先、近所にできた大手洋菓子チェーン店。一気に客足が遠のいた。
経営が大変でも、安易な値上げはしたくないと、人を雇うこともせず一人で切り盛りしていた。
それでも経営は悪化する一方。そんな中、嫌な噂を耳にするようになった。この辺り一帯の再開発を計画している会社があるのだと。もう何店舗か契約に合意し、立ち退く準備が進んでいるとの噂だ。
そしてその悪魔の手は、僕たちの小さなお城にも忍び寄ってきた。
「奥さん、もうこのあたりのお店はみんな立ち退きを決めたんですよ。仕事の心配をしているのなら大丈夫。新しい複合施設内の洋菓子店で、働けるように斡旋しますから」
「何度来られても、うちはここを退く気はありません」
「うーん、困りましたねぇ。我々としても、この辺り一体の再開発するにあたり、この場所にいつまでもいられると困ってしまうんですよねぇ」
見た目こそきっちりとしたスーツを着こなしているが、やっていることはヤクザと変わらない。
僕はいつもビクビクしながら、その様子を隠れて見守っていた。男なのにお母さんを守れない自分がとても嫌だった。
そんなやり取りが続き、いい加減お母さんも疲れが見え始めた頃、星司くんが父親と一緒に訪ねてきた。
僕たちの事情を知っている星司くんが、父親に相談したらしい。
「あの人達には立ち退かないと言っていますが、借金もあるし、赤字続きで店を畳まないといけなくなると思います」
星司くんたちの問いかけに、しばらく口を閉ざしていたお母さんが、重い口を開いた。
そして悔しそうに唇を噛み締め、再び口を閉ざしてしまった。
「受け入れがたい提案かもしれませんが、ひとつ私たちの話を聞いてもらえないでしょうか?」
そう言い出した星司くんのお父さんは、僕とお母さんの顔をじっと見つめた。そして、とんでもない一言を放った。
「借金の肩代わりをさせてもらえないでしょうか?」
僕もお母さんも、予想もしなかった言葉に、二人して固まってしまった。
そしてそのとんでもない一言から始まった提案は、何がなんだかわからないまま、どんどん話は進んでいった。
星司くんの家は、大手製薬会社『八重製薬』を代々受け継いでいる家だった。八重製薬グループの会長がおじい様で、八重製薬の社長がお父様らしい。そして星司くんはもちろん跡継ぎ。
え? そんなにすごい人だったの? 星司くんもお父様もとても気さくで優しいし雰囲気も柔らかいし、まさかそんなにすごい人たちだと思わなかった。
けれどそんなすごい人たちだからこそ、とんでもない提案が飛び出したのだと思う。
このお店を守りたいという気持ちと、星司くんたちなら大丈夫という安心感から、僕もお母さんもこの提案に甘えさせてもらうことにした。
ただ。
この提案はそこで終わりではなかった。
借金の肩代わりの提案の承諾を得た上に、自分たちの身分を明かしたあと、おそらくこの件で一番の驚きの発言が繰り出された。
「申し訳ないのですが、このお話には条件をつけさせていただきたいのです」
「条件?」
もちろん、こんな良い提案をただで済むとは思っていない。僕たちができることならばと耳を傾けた。
「月歌さんを、星司の婚約者として、いずれ佐久家に迎え入れたい」
……えっ?
借金の肩代わりを提案された時は、それ以上驚くことはないと思ったのに、なんかとんでもない爆弾を落とされた気分だった。
両親は結婚して、この場所に小さな洋菓子店を構えた。慣れないことばかりで大変だったけど、念願のお店だから幸せに満ち溢れていたらしい。
なのに、父が病気で急に亡くなったのは、僕が幼稚園の頃だった。それからお母さんは僕を育てるために必死だった。やっと軌道に乗って落ち着いたと思った矢先、近所にできた大手洋菓子チェーン店。一気に客足が遠のいた。
経営が大変でも、安易な値上げはしたくないと、人を雇うこともせず一人で切り盛りしていた。
それでも経営は悪化する一方。そんな中、嫌な噂を耳にするようになった。この辺り一帯の再開発を計画している会社があるのだと。もう何店舗か契約に合意し、立ち退く準備が進んでいるとの噂だ。
そしてその悪魔の手は、僕たちの小さなお城にも忍び寄ってきた。
「奥さん、もうこのあたりのお店はみんな立ち退きを決めたんですよ。仕事の心配をしているのなら大丈夫。新しい複合施設内の洋菓子店で、働けるように斡旋しますから」
「何度来られても、うちはここを退く気はありません」
「うーん、困りましたねぇ。我々としても、この辺り一体の再開発するにあたり、この場所にいつまでもいられると困ってしまうんですよねぇ」
見た目こそきっちりとしたスーツを着こなしているが、やっていることはヤクザと変わらない。
僕はいつもビクビクしながら、その様子を隠れて見守っていた。男なのにお母さんを守れない自分がとても嫌だった。
そんなやり取りが続き、いい加減お母さんも疲れが見え始めた頃、星司くんが父親と一緒に訪ねてきた。
僕たちの事情を知っている星司くんが、父親に相談したらしい。
「あの人達には立ち退かないと言っていますが、借金もあるし、赤字続きで店を畳まないといけなくなると思います」
星司くんたちの問いかけに、しばらく口を閉ざしていたお母さんが、重い口を開いた。
そして悔しそうに唇を噛み締め、再び口を閉ざしてしまった。
「受け入れがたい提案かもしれませんが、ひとつ私たちの話を聞いてもらえないでしょうか?」
そう言い出した星司くんのお父さんは、僕とお母さんの顔をじっと見つめた。そして、とんでもない一言を放った。
「借金の肩代わりをさせてもらえないでしょうか?」
僕もお母さんも、予想もしなかった言葉に、二人して固まってしまった。
そしてそのとんでもない一言から始まった提案は、何がなんだかわからないまま、どんどん話は進んでいった。
星司くんの家は、大手製薬会社『八重製薬』を代々受け継いでいる家だった。八重製薬グループの会長がおじい様で、八重製薬の社長がお父様らしい。そして星司くんはもちろん跡継ぎ。
え? そんなにすごい人だったの? 星司くんもお父様もとても気さくで優しいし雰囲気も柔らかいし、まさかそんなにすごい人たちだと思わなかった。
けれどそんなすごい人たちだからこそ、とんでもない提案が飛び出したのだと思う。
このお店を守りたいという気持ちと、星司くんたちなら大丈夫という安心感から、僕もお母さんもこの提案に甘えさせてもらうことにした。
ただ。
この提案はそこで終わりではなかった。
借金の肩代わりの提案の承諾を得た上に、自分たちの身分を明かしたあと、おそらくこの件で一番の驚きの発言が繰り出された。
「申し訳ないのですが、このお話には条件をつけさせていただきたいのです」
「条件?」
もちろん、こんな良い提案をただで済むとは思っていない。僕たちができることならばと耳を傾けた。
「月歌さんを、星司の婚約者として、いずれ佐久家に迎え入れたい」
……えっ?
借金の肩代わりを提案された時は、それ以上驚くことはないと思ったのに、なんかとんでもない爆弾を落とされた気分だった。
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