上 下
42 / 54
番外編

夏祭り 3(蒼人視点)

しおりを挟む
 部屋の中から見られるというのも良かったようで、自分の苦手な大きな音にも関わらず、麻琴まことは次々と打ち上げられる花火に釘付けになっていた。

蒼人あおと! 露天風呂入ろう!」

 可愛い麻琴と、俺にだけ見せる色っぽい麻琴。どちらも好きでどちらも捨てがたく、俺は理性と本能の狭間で揺れていた。

 ……なんて言うと大げさに聞こえるが、露天風呂に入るということは、俺の理性が試されるということだ。
 せめて花火が終わるまでは……。

 自分に言い聞かせるように、心の中でグッと手を握りしめると、何事もないように麻琴に笑顔を見せた。

「窓を開けても、大丈夫そうだから、露天風呂もいけそうだな」

 時計を見ると、花火終了まで20分程度だ。これから露天風呂に入って花火を見終えるのにはちょうどよい時間かもしれない。下心を隠しつつ、俺は麻琴と露天風呂に入った。
 引き続きどんどん打ち上げられる花火。昔の花火は原色が多かったのが、今はパステルカラーなど色彩豊かになっている。形も様々で、趣向を凝らしていて面白い。

 麻琴が怖がらないように俺の前に座らせ、後ろから包み込むようにしての花火鑑賞。
 コロコロ表情が変わる麻琴を真正面から見つめていたいというのが本音だが、そんなことをすれば蒼人邪魔!と言われるのが目に見えている。そんな風に怒る麻琴も可愛いのだけど。

 そこからは、あまりの迫力に、ふたりとも無言で空を見続けていた。
 祭りに関わる全ての人達の思いを感じつつ、こうやって今日一日麻琴と楽しい時間を過ごせたことに感謝をする。

 そして、打ち上げ花火で感動のフィナーレを迎えた夏祭りは、幕を閉じた。

 そのあとは、まぁ、勿論と言うか何と言うか。
 前回の温泉旅行に引き続き、俺達は熱い夜を過ごした。

 ただ、次の日には差し支えないように、控えめにしたつもり……?




 次の日、ちょっと起き辛そうにしていた麻琴だったけど、昨日残したりんご飴を食べるのを楽しみにしていたので、這うようにして起きてきた。

「蒼人、おはよう! 昨日の花火すごかったね。おれ、あんなすごいの産まれて初めてだったよ」

 昨日の花火を見て興奮冷めやらぬ様子でそう言う麻琴は、本当に純粋で可愛い。
 小さい頃からほとんど俺と行動を共にしていて、その俺が知らないうちに、実は夏祭りと花火が経験済みだなんて言われたら、嫉妬して問い詰めてしまったかもしれない。

「朝ごはん前だけど、昨日のりんご飴食べてもいいかな?」
「ここを出る前に食べちゃわないとな」
「うんっ」

 冷蔵庫と俺を交互に見ながら言う麻琴に、おれは同意した。
 麻琴は嬉しそうに冷蔵庫へ向かい、りんご飴を取り出したのだが……。

「えーっ! なんでぇ!?」

 りんご飴片手に、愕然とする麻琴。
 手のした飴をよく見ると、表面はベトベトに溶けて昨日のキラキラしたきらめきは、見る影もなかった。
 りんご飴は本来ならばその日のうちに食べるのがベストらしい。飴でコーティングされているから、冷蔵庫保管でもやはり溶けやすいようだ。

「楽しみにしてたのに、ベチャベチャになってるー!」

 ふぇぇぇんと変な声を上げながら、悲しそうにりんご飴を見つめ、困ったように俺を見た。

「あぁ……。冷蔵庫に入れててもだめだったのか……。ごめんな、俺の知識不足だった」

 麻琴にはいつでも笑っていてほしいのに、何たる失態。さくっとスマートフォンで調べればよかったじゃないか。
 苦渋の表情をしている俺に気付いた麻琴は、りんご飴をテーブルにそっと置くと、パタパタと俺の方に急いで寄ってきた。

「なんで? 蒼人は悪くない。飴が溶けちゃっても、りんご飴は美味しいはず!」

 そう言ってにっこり笑いかけると、再びテーブルへ戻りりんご飴を手にして戻ってきた。
 そして俺の目の前で、大きな口を開けてパクっと食べると、もぐもぐしながら俺の前にりんご飴を差し出してきた。

「溶けちゃったけど、美味しいよ? はい、あーん!」

 言われるがままに口を開けりんごをがぶり。ちょっとベタベタが気になるが、これはこれで美味しいかもしれない。
 何回か交互に食べて完食した頃には、口周りが真っ赤になってしまっていた。溶けた分昨日よりひどいかもしれない。

 洗面台で口元を洗いきれいにし、身支度を終え、朝食会場へ向かった。
 大きな広間に、各グループごとにテーブルが用意され、そこに朝食が並んでいた。
 やはり地元食材をメインで使った料理らしい。魚の干物と味噌汁がとても美味しかった。

「あー、おなかいっぱい! 美味しかったね」

 りんご飴のことでは麻琴に悲しそうな顔をさせてしまったけど、旅館の朝食のお陰で気持ちも持ち直したように思う。
 部屋に戻って帰り支度をして、チェックアウトの手続きをした。

「ありがとうございました」
「お世話になりました」

 女将さんをはじめ見送りに来てくれた方々へ挨拶をして宿をあとにした。
 帰りはゆっくりと車窓を眺めながら電車に揺られ、楽しかった思い出話に花を咲かせていた。

 家に帰り片付けを済ませると、勢いよく走ってきた麻琴が、俺に飛びついてきた。

「これで、七夕のリベンジ全部出来たね! 蒼人、ありがと!」

 麻琴からの感謝の言葉とともに、頬に落とされた可愛らしいキス。
 俺が七夕のリベンジを気にしていたことは、すっかりバレていたようだ。
 そんな思いも含めて、麻琴は俺に抱きつき喜びを表してくれた。

 やはり、麻琴には敵わない。
 俺がリードして引っ張っているつもりでも、結局俺は麻琴に翻弄され続けているんだ。

 それでも譲れないことはある。

「じゃあ、お礼はもちろん……」

 旅行から帰ってきて疲れているなんてお構いなしに、俺は麻琴にお礼の催促をしてしまう。
 次の日の朝、散々抱き潰して動けなくなった麻琴の説教を食らったのは、言うまでもない。


(終)

✤✤

思いの外長くなってしまった「夏祭り」これで完結です。
これも、X上で毎月お題を出して書いているお話の転載となっています。
蒼人視点は、どうもムッツリ蒼人がしっかりとさらけ出されるようです🤣
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

目が覚めたらαのアイドルだった

アシタカ
BL
高校教師だった。 三十路も半ば、彼女はいなかったが平凡で良い人生を送っていた。 ある真夏の日、倒れてから俺の人生は平凡なんかじゃなくなった__ オメガバースの世界?! 俺がアイドル?! しかもメンバーからめちゃくちゃ構われるんだけど、 俺ら全員αだよな?! 「大好きだよ♡」 「お前のコーディネートは、俺が一生してやるよ。」 「ずっと俺が守ってあげるよ。リーダーだもん。」 ____ (※以下の内容は本編に関係あったりなかったり) ____ ドラマCD化もされた今話題のBL漫画! 『トップアイドル目指してます!』 主人公の成宮麟太郎(β)が所属するグループ"SCREAM(スクリーム)"。 そんな俺らの(社長が勝手に決めた)ライバルは、"2人組"のトップアイドルユニット"Opera(オペラ)"。 持ち前のポジティブで乗り切る麟太郎の前に、そんなトップアイドルの1人がレギュラーを務める番組に出させてもらい……? 「面白いね。本当にトップアイドルになれると思ってるの?」 憧れのトップアイドルからの厳しい言葉と現実…… だけどたまに優しくて? 「そんなに危なっかしくて…怪我でもしたらどうする。全く、ほっとけないな…」 先輩、その笑顔を俺に見せていいんですか?! ____ 『続!トップアイドル目指してます!』 憧れの人との仲が深まり、最近仕事も増えてきた! 言葉にはしてないけど、俺たち恋人ってことなのかな? なんて幸せ真っ只中!暗雲が立ち込める?! 「何で何で何で???何でお前らは笑ってられるの?あいつのこと忘れて?過去の話にして終わりってか?ふざけんじゃねぇぞ!!!こんなβなんかとつるんでるから!!」 誰?!え?先輩のグループの元メンバー? いやいやいや変わり過ぎでしょ!! ーーーーーーーーーー 亀更新中、頑張ります。

処理中です...