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番外編
夏祭り 3(蒼人視点)
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部屋の中から見られるというのも良かったようで、自分の苦手な大きな音にも関わらず、麻琴は次々と打ち上げられる花火に釘付けになっていた。
「蒼人! 露天風呂入ろう!」
可愛い麻琴と、俺にだけ見せる色っぽい麻琴。どちらも好きでどちらも捨てがたく、俺は理性と本能の狭間で揺れていた。
……なんて言うと大げさに聞こえるが、露天風呂に入るということは、俺の理性が試されるということだ。
せめて花火が終わるまでは……。
自分に言い聞かせるように、心の中でグッと手を握りしめると、何事もないように麻琴に笑顔を見せた。
「窓を開けても、大丈夫そうだから、露天風呂もいけそうだな」
時計を見ると、花火終了まで20分程度だ。これから露天風呂に入って花火を見終えるのにはちょうどよい時間かもしれない。下心を隠しつつ、俺は麻琴と露天風呂に入った。
引き続きどんどん打ち上げられる花火。昔の花火は原色が多かったのが、今はパステルカラーなど色彩豊かになっている。形も様々で、趣向を凝らしていて面白い。
麻琴が怖がらないように俺の前に座らせ、後ろから包み込むようにしての花火鑑賞。
コロコロ表情が変わる麻琴を真正面から見つめていたいというのが本音だが、そんなことをすれば蒼人邪魔!と言われるのが目に見えている。そんな風に怒る麻琴も可愛いのだけど。
そこからは、あまりの迫力に、ふたりとも無言で空を見続けていた。
祭りに関わる全ての人達の思いを感じつつ、こうやって今日一日麻琴と楽しい時間を過ごせたことに感謝をする。
そして、打ち上げ花火で感動のフィナーレを迎えた夏祭りは、幕を閉じた。
そのあとは、まぁ、勿論と言うか何と言うか。
前回の温泉旅行に引き続き、俺達は熱い夜を過ごした。
ただ、次の日には差し支えないように、控えめにしたつもり……?
◇
次の日、ちょっと起き辛そうにしていた麻琴だったけど、昨日残したりんご飴を食べるのを楽しみにしていたので、這うようにして起きてきた。
「蒼人、おはよう! 昨日の花火すごかったね。おれ、あんなすごいの産まれて初めてだったよ」
昨日の花火を見て興奮冷めやらぬ様子でそう言う麻琴は、本当に純粋で可愛い。
小さい頃からほとんど俺と行動を共にしていて、その俺が知らないうちに、実は夏祭りと花火が経験済みだなんて言われたら、嫉妬して問い詰めてしまったかもしれない。
「朝ごはん前だけど、昨日のりんご飴食べてもいいかな?」
「ここを出る前に食べちゃわないとな」
「うんっ」
冷蔵庫と俺を交互に見ながら言う麻琴に、おれは同意した。
麻琴は嬉しそうに冷蔵庫へ向かい、りんご飴を取り出したのだが……。
「えーっ! なんでぇ!?」
りんご飴片手に、愕然とする麻琴。
手のした飴をよく見ると、表面はベトベトに溶けて昨日のキラキラしたきらめきは、見る影もなかった。
りんご飴は本来ならばその日のうちに食べるのがベストらしい。飴でコーティングされているから、冷蔵庫保管でもやはり溶けやすいようだ。
「楽しみにしてたのに、ベチャベチャになってるー!」
ふぇぇぇんと変な声を上げながら、悲しそうにりんご飴を見つめ、困ったように俺を見た。
「あぁ……。冷蔵庫に入れててもだめだったのか……。ごめんな、俺の知識不足だった」
麻琴にはいつでも笑っていてほしいのに、何たる失態。さくっとスマートフォンで調べればよかったじゃないか。
苦渋の表情をしている俺に気付いた麻琴は、りんご飴をテーブルにそっと置くと、パタパタと俺の方に急いで寄ってきた。
「なんで? 蒼人は悪くない。飴が溶けちゃっても、りんご飴は美味しいはず!」
そう言ってにっこり笑いかけると、再びテーブルへ戻りりんご飴を手にして戻ってきた。
そして俺の目の前で、大きな口を開けてパクっと食べると、もぐもぐしながら俺の前にりんご飴を差し出してきた。
「溶けちゃったけど、美味しいよ? はい、あーん!」
言われるがままに口を開けりんごをがぶり。ちょっとベタベタが気になるが、これはこれで美味しいかもしれない。
何回か交互に食べて完食した頃には、口周りが真っ赤になってしまっていた。溶けた分昨日よりひどいかもしれない。
洗面台で口元を洗いきれいにし、身支度を終え、朝食会場へ向かった。
大きな広間に、各グループごとにテーブルが用意され、そこに朝食が並んでいた。
やはり地元食材をメインで使った料理らしい。魚の干物と味噌汁がとても美味しかった。
「あー、おなかいっぱい! 美味しかったね」
りんご飴のことでは麻琴に悲しそうな顔をさせてしまったけど、旅館の朝食のお陰で気持ちも持ち直したように思う。
部屋に戻って帰り支度をして、チェックアウトの手続きをした。
「ありがとうございました」
「お世話になりました」
女将さんをはじめ見送りに来てくれた方々へ挨拶をして宿をあとにした。
帰りはゆっくりと車窓を眺めながら電車に揺られ、楽しかった思い出話に花を咲かせていた。
家に帰り片付けを済ませると、勢いよく走ってきた麻琴が、俺に飛びついてきた。
「これで、七夕のリベンジ全部出来たね! 蒼人、ありがと!」
麻琴からの感謝の言葉とともに、頬に落とされた可愛らしいキス。
俺が七夕のリベンジを気にしていたことは、すっかりバレていたようだ。
そんな思いも含めて、麻琴は俺に抱きつき喜びを表してくれた。
やはり、麻琴には敵わない。
俺がリードして引っ張っているつもりでも、結局俺は麻琴に翻弄され続けているんだ。
それでも譲れないことはある。
「じゃあ、お礼はもちろん……」
旅行から帰ってきて疲れているなんてお構いなしに、俺は麻琴にお礼の催促をしてしまう。
次の日の朝、散々抱き潰して動けなくなった麻琴の説教を食らったのは、言うまでもない。
(終)
✤✤
思いの外長くなってしまった「夏祭り」これで完結です。
これも、X上で毎月お題を出して書いているお話の転載となっています。
蒼人視点は、どうもムッツリ蒼人がしっかりとさらけ出されるようです🤣
「蒼人! 露天風呂入ろう!」
可愛い麻琴と、俺にだけ見せる色っぽい麻琴。どちらも好きでどちらも捨てがたく、俺は理性と本能の狭間で揺れていた。
……なんて言うと大げさに聞こえるが、露天風呂に入るということは、俺の理性が試されるということだ。
せめて花火が終わるまでは……。
自分に言い聞かせるように、心の中でグッと手を握りしめると、何事もないように麻琴に笑顔を見せた。
「窓を開けても、大丈夫そうだから、露天風呂もいけそうだな」
時計を見ると、花火終了まで20分程度だ。これから露天風呂に入って花火を見終えるのにはちょうどよい時間かもしれない。下心を隠しつつ、俺は麻琴と露天風呂に入った。
引き続きどんどん打ち上げられる花火。昔の花火は原色が多かったのが、今はパステルカラーなど色彩豊かになっている。形も様々で、趣向を凝らしていて面白い。
麻琴が怖がらないように俺の前に座らせ、後ろから包み込むようにしての花火鑑賞。
コロコロ表情が変わる麻琴を真正面から見つめていたいというのが本音だが、そんなことをすれば蒼人邪魔!と言われるのが目に見えている。そんな風に怒る麻琴も可愛いのだけど。
そこからは、あまりの迫力に、ふたりとも無言で空を見続けていた。
祭りに関わる全ての人達の思いを感じつつ、こうやって今日一日麻琴と楽しい時間を過ごせたことに感謝をする。
そして、打ち上げ花火で感動のフィナーレを迎えた夏祭りは、幕を閉じた。
そのあとは、まぁ、勿論と言うか何と言うか。
前回の温泉旅行に引き続き、俺達は熱い夜を過ごした。
ただ、次の日には差し支えないように、控えめにしたつもり……?
◇
次の日、ちょっと起き辛そうにしていた麻琴だったけど、昨日残したりんご飴を食べるのを楽しみにしていたので、這うようにして起きてきた。
「蒼人、おはよう! 昨日の花火すごかったね。おれ、あんなすごいの産まれて初めてだったよ」
昨日の花火を見て興奮冷めやらぬ様子でそう言う麻琴は、本当に純粋で可愛い。
小さい頃からほとんど俺と行動を共にしていて、その俺が知らないうちに、実は夏祭りと花火が経験済みだなんて言われたら、嫉妬して問い詰めてしまったかもしれない。
「朝ごはん前だけど、昨日のりんご飴食べてもいいかな?」
「ここを出る前に食べちゃわないとな」
「うんっ」
冷蔵庫と俺を交互に見ながら言う麻琴に、おれは同意した。
麻琴は嬉しそうに冷蔵庫へ向かい、りんご飴を取り出したのだが……。
「えーっ! なんでぇ!?」
りんご飴片手に、愕然とする麻琴。
手のした飴をよく見ると、表面はベトベトに溶けて昨日のキラキラしたきらめきは、見る影もなかった。
りんご飴は本来ならばその日のうちに食べるのがベストらしい。飴でコーティングされているから、冷蔵庫保管でもやはり溶けやすいようだ。
「楽しみにしてたのに、ベチャベチャになってるー!」
ふぇぇぇんと変な声を上げながら、悲しそうにりんご飴を見つめ、困ったように俺を見た。
「あぁ……。冷蔵庫に入れててもだめだったのか……。ごめんな、俺の知識不足だった」
麻琴にはいつでも笑っていてほしいのに、何たる失態。さくっとスマートフォンで調べればよかったじゃないか。
苦渋の表情をしている俺に気付いた麻琴は、りんご飴をテーブルにそっと置くと、パタパタと俺の方に急いで寄ってきた。
「なんで? 蒼人は悪くない。飴が溶けちゃっても、りんご飴は美味しいはず!」
そう言ってにっこり笑いかけると、再びテーブルへ戻りりんご飴を手にして戻ってきた。
そして俺の目の前で、大きな口を開けてパクっと食べると、もぐもぐしながら俺の前にりんご飴を差し出してきた。
「溶けちゃったけど、美味しいよ? はい、あーん!」
言われるがままに口を開けりんごをがぶり。ちょっとベタベタが気になるが、これはこれで美味しいかもしれない。
何回か交互に食べて完食した頃には、口周りが真っ赤になってしまっていた。溶けた分昨日よりひどいかもしれない。
洗面台で口元を洗いきれいにし、身支度を終え、朝食会場へ向かった。
大きな広間に、各グループごとにテーブルが用意され、そこに朝食が並んでいた。
やはり地元食材をメインで使った料理らしい。魚の干物と味噌汁がとても美味しかった。
「あー、おなかいっぱい! 美味しかったね」
りんご飴のことでは麻琴に悲しそうな顔をさせてしまったけど、旅館の朝食のお陰で気持ちも持ち直したように思う。
部屋に戻って帰り支度をして、チェックアウトの手続きをした。
「ありがとうございました」
「お世話になりました」
女将さんをはじめ見送りに来てくれた方々へ挨拶をして宿をあとにした。
帰りはゆっくりと車窓を眺めながら電車に揺られ、楽しかった思い出話に花を咲かせていた。
家に帰り片付けを済ませると、勢いよく走ってきた麻琴が、俺に飛びついてきた。
「これで、七夕のリベンジ全部出来たね! 蒼人、ありがと!」
麻琴からの感謝の言葉とともに、頬に落とされた可愛らしいキス。
俺が七夕のリベンジを気にしていたことは、すっかりバレていたようだ。
そんな思いも含めて、麻琴は俺に抱きつき喜びを表してくれた。
やはり、麻琴には敵わない。
俺がリードして引っ張っているつもりでも、結局俺は麻琴に翻弄され続けているんだ。
それでも譲れないことはある。
「じゃあ、お礼はもちろん……」
旅行から帰ってきて疲れているなんてお構いなしに、俺は麻琴にお礼の催促をしてしまう。
次の日の朝、散々抱き潰して動けなくなった麻琴の説教を食らったのは、言うまでもない。
(終)
✤✤
思いの外長くなってしまった「夏祭り」これで完結です。
これも、X上で毎月お題を出して書いているお話の転載となっています。
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