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あれで付き合ってないの?(本編)

23. 待っていてほしい

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 デザートを食べ、ドリンクまで飲み干すと、「ご馳走様でした」と手を合わせた。

 あれこれ考えてしまうことも多かったけど、今日は美味しい食べ物をお腹いっぱい食べ、安心する蒼人の匂いも感じながら過ごせて、つかの間の幸せを味わえた。

 今まではこれが当たり前だったんだよな。なんでもっと早く気付かなかったんだよ、おれは。
 何度目かの後悔を滲ませながらも、あと少しだけだからと、幸せな時間を噛み締めていた。



 そこからは、向かい合って座り直し、お互いに顔を見ながら他愛もない話をした。
 テレビは今見ないようにしているから、話題の範囲は狭かったけど、それでも十分に楽しかった。
 今だけは『兄弟のような仲の良い幼馴染』で、いられた。

 そろそろ帰ろうかとなった時、蒼人あおとは立ち上がって、おれの背後からぎゅっと抱きしめ「麻琴まこと、匂いをかがせて」と、うなじのあたりに顔を埋めた。

 ──えっ!

 オメガにとって急所と言える場所。突然そんなところに顔を埋められたから、心臓の鼓動が一気に早くなる。

「あと少しだから……」

 そう言いながら、スンスンと匂いをかぎ続けるけど、うなじのところでモゾモゾしているから、ソワソワして落ち着かない。

 何があと少しなんだろう。……匂いを嗅ぐことを、だろうか。
 でも、蒼人の言いたいことは違う気がする。もっと、重要なこと。

「まだ言えなくて、ごめん。……でも、必ず戻ってくるから、待っていてほしい」

 うなじ付近に顔を埋めたまま、くぐもった声でいうと、グリグリと顔を押し付けた。
 そんな中途半端な状態で、待っててほしいってどういうことだよ。変な期待をさせないでくれよ。

 抱きしめる腕を振りほどいて、『何言ってんだよ! 婚約者がいるんだろ?』って問い詰めたいのに、この場で蒼人の口から真実を伝えられるのが怖くて、結局何も出来ずにいた。
 

「……ありがと。……じゃあ、帰ろうか」

 どのくらい時間が過ぎただろうか。蒼人は名残惜しそうにおれから身体を離した。
 ふっと背中に感じていたぬくもりが消えて、おれも名残惜しくなってしまう。これも、オメガの本能なのだろうか。……蒼人への恋心なのだろうか。

「また明日から、行かなくちゃならない。……メッセージは送るから」

 蒼人はおれの手をぎゅっと握り、そのまま歩き出した。
 そして紅音さんと合流すると、駐車場へと戻り、帰路についた。




 その日の夜、蒼人から電話がかかってきた。昼間色々と話しをしたから、しばらくはメッセージだけだと思っていたのに。

『麻琴。……体調はどうだ?』

 電話に出るやいなや、そう言って聞いてきたけど、なんで急に? 昼間だって特に体調が悪いとかなかったし、今だっていつも通りだ。

「ん? ……いや、特に変わりはないけど」

 電話の向こうの蒼人には見えないけど、おれは理由がわからず首を傾げた。

『そっか。それならいい』

 安堵の声が聞こえてきたけど、ますます訳が分からない。なんで自分ひとりで納得してんだよ。

 あの事件の後から、蒼人が……いや、家族もみんなそうなんだけど、特に蒼人の過保護に拍車がかかっている。
 確かに心配をかけたなとは思うし、家族同然の幼馴染だから、過剰な心配だっておかしくないのかも知れない。
 それでもやっぱり、相手のいる人に世話を焼かせるのは気が引ける。

「あのさぁ……。あんな事があったから、お前が心配してくれる気持ちはわかる。けど、ほら、休学してまでやらなきゃいけないことがあるんだろ? おれの世話を焼いてる場合じゃないだろう?」

 婚約者が出来たという噂を聞いたなんて言えないし、少し曖昧な言い方だけど、これ以上おれにかまけてる場合じゃないんだと言い聞かせる。

『なんでそんな事言うんだよ』

 電話の向こうから聞こえてくる声は、明らかに不機嫌だった。そりゃそうだよな。心配をしている相手に、もう構うなって言われてるんだから。

「おれには家族もいるし、紅音さんだって気にかけてくれるし、太陽だって登下校一緒だったりと世話になってるし。……だからさ、大丈夫なんだって」

 どうにかして蒼人を納得させたかったけど、話をすればするほど、蒼人の機嫌が悪くなっていくのが伝わってきた。

『……迷惑、なのか?』
「いや、そうじゃなくて……」
『……ごめんな……』
「だから! 迷惑とかそんなこと──」

 おれが言い終わらないうちに、プツリと通話が途切れた。
 あんな蒼人の声、聞いたことがない。『ごめんな』そう言った声がいつまでも耳に残る。
 もう少し、ちゃんと話をして、蒼人が傷つかないように少しずつ距離を置くつもりだったのに、余計なことを言ってしまった。

 ただ、おれは大丈夫だからって伝えたかっただけなのに。
 蒼人に、心配をかけたくなかっただけなのに。

 日常が崩れたあの日から、どんどん歯車が狂っていく。
 当たり前だと思っていた未来なんて、幻だったんだ。

 スマートフォンを握りしめながら、しばらく放心状態のままその場から動けずにいた。

 しばらくして、頬に何かが伝うのを感じて、はたと我に返る。手の甲で拭うと、自分が涙を流していることに気が付いた。

「ほんと、なにやってんだろな……」

 蒼人への恋心を自覚したと同時に失恋。それなのに、今まで通りに接してくる『幼馴染』
 知らない振りをしていれば、いずれやってくるXデー。なのになんで、自分から遠ざけるようなこと言っちゃったんだろう……。

 近くにあったタオルを手に取り顔を覆う。気持ちも行動もすべてがチグハグな自分に嫌気がさして、人知れず声を押し殺し、しばらく泣き続けた……。
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