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あれで付き合ってないの?(本編)
17. これからのことと見舞客
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病室で蒼人からあの日の詳しい状況を聞いた後、一緒にいた佐久くんはどうしたのかと尋ねた。
ずっと気になっていたけど、自分のことで精一杯で、すっかり聞くタイミングを逃していた。
佐久くんはおれをホテルまで届けた後に太陽へ連絡を入れて、その場を離れたらしい。佐久くんもアルファなので、なにか間違いが起きてしまったら傷つけてしまうと考えたそうだ。
やっぱり、佐久くんって紳士だよなぁ……なんて考えていたら、なぜか隣から感じる視線が痛い。あれ? 心の声が口に出ちゃってたのかな。
「あの日の麻琴くんのフェロモンは異常値を示していたのに、蒼人くんはよく耐え抜いたと思うよ。連絡をしたあとその場を離れたそのお友達の選択も、正解だったね」
春岡先生は、アルファ達へねぎらいの言葉をかけた。
一般的には、フェロモンを放出してしまったオメガが悪いとされることが多く、アルファはそれを免罪符とする者も多い。それを利用して、オメガを襲う卑劣な輩もいるのだ。
あの日おれのフェロモンに理性を失いそうになった蒼人は、自分の腕を噛んで耐え続けたと聞いた。
おれが目を覚ました時、腕の包帯に気付いて問い質したら、火傷をしたなんて嘘を付いた。きっと包帯の下は噛み跡で痛々しいことになっているのだろう。
おれを守ろうとしてくれたその行動に、胸が熱くなった。
あんな場所でヒートを起こしてしまったから、名も知らないやつに襲われたかもしれないし、理性を失った友達と……なんて可能性もあったかもしれない。
そんな最悪の状態も考えられた中で、蒼人も佐久くんも最善の行動を取ってくれた。……感謝しかない。
でも……。ここでやっと、大事なことを思い出した。
佐久くんは喫茶店で『森島くんが内密に婚約をしたという噂を聞いたんだ』そう言っていた。
確定ではないけれど、蒼人の『婚約者』が存在するかもしれないのだ。……いや、おそらく本当なんだと思う。そうじゃなければ、急に理由も言わずに休学するなんてありえない。
──家族、兄弟同然のおれにさえ、言えないこと……。
そこまで考えて、思考がピタリと止まる。
自分で散々兄弟みたいな存在だって言っておきながら、その言葉が今はずしりと心にのしかかって来た。
無自覚だったにもほどがある。
蒼人も何も言わず、物心ついた時から当たり前のようにそう接してきた。
おれの日常であり、蒼人の日常であり、『おれ達の変わることのない関係』だったはず。
それが今、変わってしまった。
『好き』と自覚したあと、今までの自分たちの行動を思い起こすと、明らかに幼馴染の域を超えていたように思う。
周りから、お前らそれで付き合ってないの? って言われても仕方がないなと思う。
でもこれからは、周りが勘違いしてしまうような態度も取れないし、婚約者のいる相手とゼロ距離でいるのは不自然だ。
せめて、幼馴染として仲良くするくらいは、大丈夫なのだろうか。自覚した本当の気持ちに蓋をして、バレないように振る舞えば、側にいられるのだろうか。
おれはこの先ずっと、蒼人への気持ちを誤魔化し続けられるのだろうか……?
「麻琴……?」
何も言葉を発さずにいるおれに、蒼人が心配そうに声をかけてきた。気付かぬうちに、どんどん頭を垂れてしまっていたらしい。おれの視線は、気付くと自分の膝へと下りていた。
「あ……ごめん。あの日のことを思い出してた……」
嘘ではない。確かに思い出していたのは、あの日のことだった。
けど多分蒼人は、外出先で初めてのヒートを迎えてしまった、怖かった経験を思い起こしていると思ってるのだろう。
半分正解で、半分は不正解。
不安しかなかった初めてのヒートの経験よりも、蒼人とのこれからの事を考えている割合のほうが、きっと多い。
「大丈夫か? まだ本調子じゃないのに、負担のかかる話をしてしまったから……」
そう言いながらベッドの上に座っていたおれの背中を支えると、ゆっくりと横たわらせた。
「疲れただろ? 夕飯が運ばれてくるまで、少し休むと良いよ」
おれの頭をゆっくりと撫でると、心配そうに、でもとても優しい笑顔で微笑んだ。
太陽がよく言っていた『慈愛に満ちた表情』というのはこのことなのかもしれない。
「相変わらず、過保護だなぁ」
おれは少し呆れたように言いながらも、心の真ん中がぽっと暖かくなるのを感じていた。
部屋を出る蒼人を見送ると、ふぅ……と小さくため息が出てきた。蒼人の言う通り、色々な情報がいっぺんに入ってきて、疲れてしまっているのかもしれない。
目を閉じると、枕に吸い込まれるかのように、あっという間に眠りへと落ちていった。
しばらくして意識が浮上してくると、遠くの方で僅かに話し声が聞こえてきた。そして小さなノックの音がする。
「麻琴くん、起きてる?」
返事がないのなら、そのまま帰ろうとしていたのか、控えめに声がかけられた。この声の主には心当たりがある。
「はい、起きてます」
おれはしっかりと目を開け、ベッドの上へと身体を起こした。少し寝たせいか、だいぶ頭もスッキリしている気がする。
声の主はおれの返事を確認すると、静かにドアを開けて部屋の中へ入ってきた。
「蒼人から連絡をもらってね。疲れてるかなと思ったんだけど、荷物だけでもと思って持ってきたんだ」
遠慮がちにそう言いながら側に来たのは、森島紅音さん。蒼人の母親で、おれにとっても母親と同じ存在の人だ。
「わざわざすみません。ありがとうございます」
「いいんだよ。気にしないで。荷物だけ置いたらすぐ帰るから」
「でも、せっかく来てもらったのに……」
「もう少し入院するんだろ? 落ち着いた頃にまた来るよ」
やっぱり親子だよなぁ。蒼人と同じように、おれの頭をぽんぽんっとすると、手にしていたバッグを空いてる棚へとしまった。
「寂しくなったら、この中の物を使うといい。そのために持ってきたんだから、遠慮しないで」
中身は何かと尋ねたら、蒼人の私物だと言った。えっ? と驚くおれに、大丈夫だから、困ったら先輩に相談しなさいって、笑いながらもう一度頭をなでてくれた。
蒼人の母親は男オメガだし、おれの気持ちもきっとバレているのだと思う。
少し恥ずかしいけど、ありがとうございますと素直にお礼をいうと、うんうんと満足そうに微笑んでから部屋を出て行った。
ずっと気になっていたけど、自分のことで精一杯で、すっかり聞くタイミングを逃していた。
佐久くんはおれをホテルまで届けた後に太陽へ連絡を入れて、その場を離れたらしい。佐久くんもアルファなので、なにか間違いが起きてしまったら傷つけてしまうと考えたそうだ。
やっぱり、佐久くんって紳士だよなぁ……なんて考えていたら、なぜか隣から感じる視線が痛い。あれ? 心の声が口に出ちゃってたのかな。
「あの日の麻琴くんのフェロモンは異常値を示していたのに、蒼人くんはよく耐え抜いたと思うよ。連絡をしたあとその場を離れたそのお友達の選択も、正解だったね」
春岡先生は、アルファ達へねぎらいの言葉をかけた。
一般的には、フェロモンを放出してしまったオメガが悪いとされることが多く、アルファはそれを免罪符とする者も多い。それを利用して、オメガを襲う卑劣な輩もいるのだ。
あの日おれのフェロモンに理性を失いそうになった蒼人は、自分の腕を噛んで耐え続けたと聞いた。
おれが目を覚ました時、腕の包帯に気付いて問い質したら、火傷をしたなんて嘘を付いた。きっと包帯の下は噛み跡で痛々しいことになっているのだろう。
おれを守ろうとしてくれたその行動に、胸が熱くなった。
あんな場所でヒートを起こしてしまったから、名も知らないやつに襲われたかもしれないし、理性を失った友達と……なんて可能性もあったかもしれない。
そんな最悪の状態も考えられた中で、蒼人も佐久くんも最善の行動を取ってくれた。……感謝しかない。
でも……。ここでやっと、大事なことを思い出した。
佐久くんは喫茶店で『森島くんが内密に婚約をしたという噂を聞いたんだ』そう言っていた。
確定ではないけれど、蒼人の『婚約者』が存在するかもしれないのだ。……いや、おそらく本当なんだと思う。そうじゃなければ、急に理由も言わずに休学するなんてありえない。
──家族、兄弟同然のおれにさえ、言えないこと……。
そこまで考えて、思考がピタリと止まる。
自分で散々兄弟みたいな存在だって言っておきながら、その言葉が今はずしりと心にのしかかって来た。
無自覚だったにもほどがある。
蒼人も何も言わず、物心ついた時から当たり前のようにそう接してきた。
おれの日常であり、蒼人の日常であり、『おれ達の変わることのない関係』だったはず。
それが今、変わってしまった。
『好き』と自覚したあと、今までの自分たちの行動を思い起こすと、明らかに幼馴染の域を超えていたように思う。
周りから、お前らそれで付き合ってないの? って言われても仕方がないなと思う。
でもこれからは、周りが勘違いしてしまうような態度も取れないし、婚約者のいる相手とゼロ距離でいるのは不自然だ。
せめて、幼馴染として仲良くするくらいは、大丈夫なのだろうか。自覚した本当の気持ちに蓋をして、バレないように振る舞えば、側にいられるのだろうか。
おれはこの先ずっと、蒼人への気持ちを誤魔化し続けられるのだろうか……?
「麻琴……?」
何も言葉を発さずにいるおれに、蒼人が心配そうに声をかけてきた。気付かぬうちに、どんどん頭を垂れてしまっていたらしい。おれの視線は、気付くと自分の膝へと下りていた。
「あ……ごめん。あの日のことを思い出してた……」
嘘ではない。確かに思い出していたのは、あの日のことだった。
けど多分蒼人は、外出先で初めてのヒートを迎えてしまった、怖かった経験を思い起こしていると思ってるのだろう。
半分正解で、半分は不正解。
不安しかなかった初めてのヒートの経験よりも、蒼人とのこれからの事を考えている割合のほうが、きっと多い。
「大丈夫か? まだ本調子じゃないのに、負担のかかる話をしてしまったから……」
そう言いながらベッドの上に座っていたおれの背中を支えると、ゆっくりと横たわらせた。
「疲れただろ? 夕飯が運ばれてくるまで、少し休むと良いよ」
おれの頭をゆっくりと撫でると、心配そうに、でもとても優しい笑顔で微笑んだ。
太陽がよく言っていた『慈愛に満ちた表情』というのはこのことなのかもしれない。
「相変わらず、過保護だなぁ」
おれは少し呆れたように言いながらも、心の真ん中がぽっと暖かくなるのを感じていた。
部屋を出る蒼人を見送ると、ふぅ……と小さくため息が出てきた。蒼人の言う通り、色々な情報がいっぺんに入ってきて、疲れてしまっているのかもしれない。
目を閉じると、枕に吸い込まれるかのように、あっという間に眠りへと落ちていった。
しばらくして意識が浮上してくると、遠くの方で僅かに話し声が聞こえてきた。そして小さなノックの音がする。
「麻琴くん、起きてる?」
返事がないのなら、そのまま帰ろうとしていたのか、控えめに声がかけられた。この声の主には心当たりがある。
「はい、起きてます」
おれはしっかりと目を開け、ベッドの上へと身体を起こした。少し寝たせいか、だいぶ頭もスッキリしている気がする。
声の主はおれの返事を確認すると、静かにドアを開けて部屋の中へ入ってきた。
「蒼人から連絡をもらってね。疲れてるかなと思ったんだけど、荷物だけでもと思って持ってきたんだ」
遠慮がちにそう言いながら側に来たのは、森島紅音さん。蒼人の母親で、おれにとっても母親と同じ存在の人だ。
「わざわざすみません。ありがとうございます」
「いいんだよ。気にしないで。荷物だけ置いたらすぐ帰るから」
「でも、せっかく来てもらったのに……」
「もう少し入院するんだろ? 落ち着いた頃にまた来るよ」
やっぱり親子だよなぁ。蒼人と同じように、おれの頭をぽんぽんっとすると、手にしていたバッグを空いてる棚へとしまった。
「寂しくなったら、この中の物を使うといい。そのために持ってきたんだから、遠慮しないで」
中身は何かと尋ねたら、蒼人の私物だと言った。えっ? と驚くおれに、大丈夫だから、困ったら先輩に相談しなさいって、笑いながらもう一度頭をなでてくれた。
蒼人の母親は男オメガだし、おれの気持ちもきっとバレているのだと思う。
少し恥ずかしいけど、ありがとうございますと素直にお礼をいうと、うんうんと満足そうに微笑んでから部屋を出て行った。
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