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あれで付き合ってないの?(本編)
14. 担当医の話によると
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「じゃあ……。順を追って、ゆっくり説明をしていくよ。具合が悪くなったりしたら、我慢せずにすぐ言うんだよ?」
約束通り、次の日の朝病室へやってきた先生は、ゆっくりと話し始めた。
なぜそんなに慎重になっているんだろう? ……と、少し気にはなったけど、春岡先生はいつも丁寧だからそう感じただけだろう、って思っていた。
でも、先生の口から説明されたのは、そんなに簡単な話ではなかった。
「麻琴くん、喫茶店にいる時、突然身体の異変が起きたでしょう?」
先生の言葉を聞いて、喫茶店での出来事を思い返す。そして、ゆっくりと首を縦に振った。
春岡先生は、おれの反応を確かめるように、ゆっくりと話を進めてくれた。
「あれね、ヒートを起こしていたということで、間違いないと思うんだ」
「ヒート……?」
「そう。麻琴くんは、初めてのヒートがまだだったよね。だから分からずに戸惑ったかもしれないけど、大丈夫。ヒートは病気じゃないからね」
先生の言葉をゆっくりと噛み砕きながら聞いていたけど、あれ? っと気付いて首を傾げた。
そんなおれをちゃんと見ていてくれた先生は、どんどん話を進めることはせず、おれからの言葉を待ってくれた。
「でもおれ、ちゃんと薬飲んでたのに……」
オメガと診断された時から、ヒートが来ていなくても定期的な受診と、発情抑制剤を飲むことが義務付けられている。
おれは定期検診も抑制剤の服用も欠かしたことはなかった。
いつも側にいた蒼人が、きっかりと管理してくれていたからっていうのもあるけど。
「そうだよね。麻琴くんは検診にちゃんと来ていたし、薬の服用もしっかりしていた。蒼人くんからも話を聞いているよ」
「じゃあ、なんで……」
抑制剤を飲んでいれば、たとえ外出先でヒートになってしまったとしても、記憶を飛ばすほど重くはならないはずだ。
ただ例外もあって、遺伝子的に最高に相性の良い『運命の番』と呼ばれる二人が出会った時は、抑制剤などは全く効かないという話を聞く。
じゃあ、あの場に運命の番がいた可能性も……?
「いや、あの場に麻琴くんの運命の番はいなかったと思うよ」
先生はまるで、おれの頭の中をそのまま覗き込んでいるかのように、考えていることへの答えを出してくれた。
その後、うーんとね……。と、少し躊躇するように言葉を濁しながらも、深呼吸してから再び口を開いた。
「今回の事例はね。……厄介なことに、発情誘発剤によるものみたいなんだ」
「……えっ?」
発情誘発剤? 誰が? なんでおれに?
先生からの予想外の言葉に、心臓がバクバクと音を立てる。
「一緒にいたお友達が、オメガタクシーを呼んでヒート対応ホテルで休ませてくれて、その時にホテルで特効薬を打ったけど効かなかったそうなんだ。……薬によって強制的に引き出されたヒートには特効薬が効かない上に、副作用も出てしまうんだよ」
「そう、なんですか……」
だから、蒼人も先生も、あんなに気持ち悪いところは無いかと聞いてきたのか……。
「今は、警察が介入して調べているところだよ。麻琴くんも体調が落ち着いたら、少し話を聞きたいと言っていたよ。……もちろん、まだ無理はしなくていいからね」
「はい……」
まさか警察沙汰にまでなっているとは思わず、愕然とした。
たまたま外出先で、体調を崩してしまっただけだと思っていたのに。
「まだ分かっていないことのほうが多いし、あれこれ考えすぎないようにね」
そこまで話した後、さてと……と言って、ちらりと蒼人の方を見る。
「蒼人くん。……ちょっと席を外していてくれるかな? 麻琴くんだけに話したいことがあるんだ」
そう言われた蒼人は、「30分くらいしたら戻ってくるから」と言いながらおれの頭をぽんぽんと撫で、静かに病室を出ていった。
先生は念の為にと部屋の扉を開き外を確認する。蒼人が変なことをするわけないのにと思うけど、わざわざ蒼人を外に出したのには理由があるはずだ。
部屋を出ていったのを確認すると、改めておれのそばに来て、そこにあった椅子へと腰掛けた。
おれの担当医の春岡先生は、男オメガだ。基本的にはオメガにはオメガの担当医が付くことになっている。たまにベータの医師になる場合もあるが、アルファは絶対にない。
小学校入学時検診で初めての第二次性検査があり、その後中学、高校、大学と、進学する度の検査が義務付けられている。
オメガと判定が出たら専門病院で検査、そこでもオメガと出た場合には、即日担当となる医師が決定される。
けどおれは産まれてすぐから春岡先生のお世話になっている。正確に言うと、蒼人の母親(男オメガ)の担当医なのでまとめて面倒を見てもらっている感じだ。
「これから話すことはね、僕の長年の経験から言うとほぼ確定だと思っているんだけど、臨床データとしてはまだ不十分でね。……だから、あくまでも仮定ということになってしまうけど、医者からというよりも、オメガの先輩からの話として聞いてほしい」
先生は、産まれたときから知っているおれだからこそ、こうやって親身になって話をしてくれる。第二の父親? 母親? ……とにかくそんな感じなんだ。
「本来は、成長して初めての発情期を迎え、そこで初めてオメガとして身体の準備が整うことになる。そこから相手を探すためにそれぞれ皆違う香りのフェロモンを放つようになって、相性の良い相手に出会えたら番契約を結ぶ人達が多い。そうすれば、オメガを守ることが出来るからね」
先生の話を遮らないように、うんうんと頷いてちゃんと聞いてますよとアピールする。
「でも麻琴くんの場合、産まれたときから上位アルファの蒼人くんが側にいた。ずっと麻琴くんを守っていたんだと思うよ。そして麻琴くん自身も、蒼人くんを自分のアルファだと認識していた。……本人たちも無意識に、ね。……けれど産まれて初めて、こんなに長い期間側に自分のアルファがいなかった。そんな不安定になっているタイミングで薬での強制発情。無意識に自分のアルファを求めるかのように、重いヒートになってしまったと推測されるんだ」
無意識に、蒼人はおれのアルファだって認識していたってこと!?
先生の説明と、無意識の行動と、今のおれの気持ちと、なんだかいっぺんに押し寄せてきた波のようで、次から次へと襲い来るからもう整理することなんて出来なかった。
約束通り、次の日の朝病室へやってきた先生は、ゆっくりと話し始めた。
なぜそんなに慎重になっているんだろう? ……と、少し気にはなったけど、春岡先生はいつも丁寧だからそう感じただけだろう、って思っていた。
でも、先生の口から説明されたのは、そんなに簡単な話ではなかった。
「麻琴くん、喫茶店にいる時、突然身体の異変が起きたでしょう?」
先生の言葉を聞いて、喫茶店での出来事を思い返す。そして、ゆっくりと首を縦に振った。
春岡先生は、おれの反応を確かめるように、ゆっくりと話を進めてくれた。
「あれね、ヒートを起こしていたということで、間違いないと思うんだ」
「ヒート……?」
「そう。麻琴くんは、初めてのヒートがまだだったよね。だから分からずに戸惑ったかもしれないけど、大丈夫。ヒートは病気じゃないからね」
先生の言葉をゆっくりと噛み砕きながら聞いていたけど、あれ? っと気付いて首を傾げた。
そんなおれをちゃんと見ていてくれた先生は、どんどん話を進めることはせず、おれからの言葉を待ってくれた。
「でもおれ、ちゃんと薬飲んでたのに……」
オメガと診断された時から、ヒートが来ていなくても定期的な受診と、発情抑制剤を飲むことが義務付けられている。
おれは定期検診も抑制剤の服用も欠かしたことはなかった。
いつも側にいた蒼人が、きっかりと管理してくれていたからっていうのもあるけど。
「そうだよね。麻琴くんは検診にちゃんと来ていたし、薬の服用もしっかりしていた。蒼人くんからも話を聞いているよ」
「じゃあ、なんで……」
抑制剤を飲んでいれば、たとえ外出先でヒートになってしまったとしても、記憶を飛ばすほど重くはならないはずだ。
ただ例外もあって、遺伝子的に最高に相性の良い『運命の番』と呼ばれる二人が出会った時は、抑制剤などは全く効かないという話を聞く。
じゃあ、あの場に運命の番がいた可能性も……?
「いや、あの場に麻琴くんの運命の番はいなかったと思うよ」
先生はまるで、おれの頭の中をそのまま覗き込んでいるかのように、考えていることへの答えを出してくれた。
その後、うーんとね……。と、少し躊躇するように言葉を濁しながらも、深呼吸してから再び口を開いた。
「今回の事例はね。……厄介なことに、発情誘発剤によるものみたいなんだ」
「……えっ?」
発情誘発剤? 誰が? なんでおれに?
先生からの予想外の言葉に、心臓がバクバクと音を立てる。
「一緒にいたお友達が、オメガタクシーを呼んでヒート対応ホテルで休ませてくれて、その時にホテルで特効薬を打ったけど効かなかったそうなんだ。……薬によって強制的に引き出されたヒートには特効薬が効かない上に、副作用も出てしまうんだよ」
「そう、なんですか……」
だから、蒼人も先生も、あんなに気持ち悪いところは無いかと聞いてきたのか……。
「今は、警察が介入して調べているところだよ。麻琴くんも体調が落ち着いたら、少し話を聞きたいと言っていたよ。……もちろん、まだ無理はしなくていいからね」
「はい……」
まさか警察沙汰にまでなっているとは思わず、愕然とした。
たまたま外出先で、体調を崩してしまっただけだと思っていたのに。
「まだ分かっていないことのほうが多いし、あれこれ考えすぎないようにね」
そこまで話した後、さてと……と言って、ちらりと蒼人の方を見る。
「蒼人くん。……ちょっと席を外していてくれるかな? 麻琴くんだけに話したいことがあるんだ」
そう言われた蒼人は、「30分くらいしたら戻ってくるから」と言いながらおれの頭をぽんぽんと撫で、静かに病室を出ていった。
先生は念の為にと部屋の扉を開き外を確認する。蒼人が変なことをするわけないのにと思うけど、わざわざ蒼人を外に出したのには理由があるはずだ。
部屋を出ていったのを確認すると、改めておれのそばに来て、そこにあった椅子へと腰掛けた。
おれの担当医の春岡先生は、男オメガだ。基本的にはオメガにはオメガの担当医が付くことになっている。たまにベータの医師になる場合もあるが、アルファは絶対にない。
小学校入学時検診で初めての第二次性検査があり、その後中学、高校、大学と、進学する度の検査が義務付けられている。
オメガと判定が出たら専門病院で検査、そこでもオメガと出た場合には、即日担当となる医師が決定される。
けどおれは産まれてすぐから春岡先生のお世話になっている。正確に言うと、蒼人の母親(男オメガ)の担当医なのでまとめて面倒を見てもらっている感じだ。
「これから話すことはね、僕の長年の経験から言うとほぼ確定だと思っているんだけど、臨床データとしてはまだ不十分でね。……だから、あくまでも仮定ということになってしまうけど、医者からというよりも、オメガの先輩からの話として聞いてほしい」
先生は、産まれたときから知っているおれだからこそ、こうやって親身になって話をしてくれる。第二の父親? 母親? ……とにかくそんな感じなんだ。
「本来は、成長して初めての発情期を迎え、そこで初めてオメガとして身体の準備が整うことになる。そこから相手を探すためにそれぞれ皆違う香りのフェロモンを放つようになって、相性の良い相手に出会えたら番契約を結ぶ人達が多い。そうすれば、オメガを守ることが出来るからね」
先生の話を遮らないように、うんうんと頷いてちゃんと聞いてますよとアピールする。
「でも麻琴くんの場合、産まれたときから上位アルファの蒼人くんが側にいた。ずっと麻琴くんを守っていたんだと思うよ。そして麻琴くん自身も、蒼人くんを自分のアルファだと認識していた。……本人たちも無意識に、ね。……けれど産まれて初めて、こんなに長い期間側に自分のアルファがいなかった。そんな不安定になっているタイミングで薬での強制発情。無意識に自分のアルファを求めるかのように、重いヒートになってしまったと推測されるんだ」
無意識に、蒼人はおれのアルファだって認識していたってこと!?
先生の説明と、無意識の行動と、今のおれの気持ちと、なんだかいっぺんに押し寄せてきた波のようで、次から次へと襲い来るからもう整理することなんて出来なかった。
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