俺TUEEEに憧れた凡人は、強者に愛される

豆もち。

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魔塔の狂人編

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◇◆◇◆◇◆◇◆



「失礼。ご用件をお伺いしても宜しいでしょうか」


 フードを目深に被ったサシャは、第3騎士団の官舎から少し離れた所に転移した。いきなり、敷地内に現れては、警戒されるだろうと考えたからだ。
 本人は、騎士団にも気を遣ったつもりでいる。
だから、名前さえ明かせば、あっさり入れると思っていた。


「君んとこの、副団長に用があるんだってば~」
「申し訳ありませんが、只今関係者以外の立ち入りを禁止しております。代わりに私がお伝え致します」
「えー、僕がわざわざ来たのにぃ? 僕、これでも魔塔の偉い人だよ~?」


 まさか門前で断られるとは思わず、サシャの気分は下がった。
 しかし、断られて「はい、そうですか」で帰る様な人間ではない。そもそも、狂人の二つ名を持つ彼が、常識人な訳がないのだ。


「申し訳ありません。規則ですので」
「はあ~、そっか。せっかく、気を遣って訪ねて来てあげたのに。じゃあ、仕方ないよねー」
「え」
 

ーーシュルン


 サシャは再び転移魔法を展開し、勝手に門の中に入った。

 突然目の前から消えたサシャを騎士が探すが、直ぐに気づく。サシャ・ヴァロアは、馬鹿みたいにマナを消費する転移魔法を、1日に何度も使える化け物だ。
つまり、彼はとっくに塀を越えている。


「まずいっ、知らせないと!」


ーーピューンッ


 騎士はその場で笛を吹き、侵入者の合図を仲間へ送った。


「何、この音。あれぇ、急に騒がしいな。足音がどんどん集まって来てる。げー」


 騎士団が侵入者を見逃すはずもなく、凄まじいスピードでサシャを捕捉するや否や、取り囲む。
 だが、彼等は笛に反応しただけで、サシャには気づいていなかった。


「何者だ」
「わー、こわ。酷いなぁ。ほんと、何様のつもり~」
「おい。動くな」
「うるさいなぁーーーー格下が」


ーーズウゥン


「「「なっ?!」」」


 次の瞬間、騎士達は一瞬で床に膝をつかされた。
 剣を構えた状態の騎士達を、サシャは身動き1つせず、沈めたのだ。


「……かはっ」
「おやぉ? ずいぶん弱いのが混じってるねー」


 まるで重力に逆らっているかの様な、息苦しさに、騎士の1人が血を吐く。


「ぐっ、キサマ……何、をっ」
「何ってぇ、君達のマナを弄っただけだよぉ~。お仲間さん、血ぃ吐いちゃってるけど、大丈夫そ?」


 唯一、片膝を立てて抗う騎士が、サシャを睨み付けた。


「う~ん、こりゃ、内臓やられちゃったかな。まっ、仕方ないよねぇ。僕に剣を向けるなんてさ。する君達が悪いんだよ~」
「キサマァッ」


 少し機嫌が直ったのか、サシャはにこやかに言葉を発していく。
 その間も、彼等の身体はどんどん悲鳴を上げていった。
 もはや精神力で力を振り絞り、騎士が剣を振り上げるが、軽やかに避けられ、ついに最後の1人も無力化されてしまう。

 避けた拍子にフードが外れ、サシャの顔が露わになった。


「おっ、凄いじゃん。うん、いいね~。君は有望だ」
「な゛に、を…………っ!? その髪色、まさかっ」
「そろそろ、副団長来るかなぁ。それとも、ルーなんちゃらが来たりしてっ」


 戦闘不能な状態なのは、明白だったが、彼は弄ったマナを正常には戻さなかった。
そしてあろう事か、放置してサクサクと建物の方へ歩き始める。



 入口まであと3mという所で、何かを察知したサシャが後ろに飛び退いた。
 同時に、爆音と共に地面が深く抉れ、石畳の破片が辺りに飛び散っていく。


「へえ、意外。まさか、団長自ら出迎えてくれるなんて~。でも用があるのは、副団長の方なんだぁ。だから、呼んでもらえます~?」


 抉れた部分に大剣を突き立てて、仁王立ちする相手に、サシャは臆する事なく注文する。
 それは、相手も同じであった。


「これはこれは、魔塔の有名人じゃないか。僕、緊張しちゃうな。恥ずかしいから、あんまり見ないでくれ」
「……いつ見ても、アンタのキャラ変っぷりには、驚かされるよぉ。てか、どいて欲しいな~」
「ええっ。困るよ。僕がモンフォール卿に怒られる。
ーーそれに、ウチの団員を可愛がってもらった様だし」


 メルベンの鈍い金色の光を滲んだ瞳が、スッと細められ、あっという間に間合いを詰めた。
 サシャは、繰り出される剣戟をサクサクと防御魔法で躱していくが、先程までの余裕は消えている。


「え~、先に剣を向けてきたのは、団長の部下の方だよ? それなのに、酷いなぁ」
「当たり前だ。不法侵入の現行犯で捕縛する」
「捕縛ぅ? この僕を~? やだな、団長。勝てると思ってんの。、国に言われて制御してるんでしょ。勝てっこないよ」


 不敵に笑ったサシャが、官舎全体を覆う様な特大の光魔法を展開させた。


「しまった。この為に、手を抜いていたのか!」


 メルベンが気づいた時には、魔法の発動は終わっており、辺り一面が光の粒子で包まれた。
 すると、瞳の色が鈍い金色から茶色に戻った。


「あはは。そんな半端に力を引き出すぐらいじゃダメだよ~。でもぉ、団長は出せないもんねぇ。属性に呑まれちゃうから」
「……サシャ・ヴァロアっ」
「おっと~。口には気をつてねー。でないと、魔道具の納品やめちゃうよ」
「いったい、モンフォール卿に何の用だい。魔塔からの注文は断ったはずだけど」
「ああ、魔塔とは別。個人の用件だよー。
たぶん魔塔としても、また来るだろうけどぉ」


 魔塔の目的は、精霊魔法の研究であり、ダリオの研究である。
 サシャの目的も、ある意味同じではあるが、対象は違っていた。
彼は、確信しているのだ。だから、確かめに来た。
 副団長ディオンの宝物が、特別であるかどうかを。


「正式な手順を踏まずに、来られても迷惑だ。早く帰ってくれる」
「ん~、いいよっ」


 少し考えた後、サシャはあっさり承諾した。
 メルベンは、騎士に対する罪悪感かと、一瞬思ったが、直ぐに改めた。


「何を企んでるの」
「企むだなんて、失礼だなぁ~。本当は副団長に会いたかったけど、また今度にするよぉ。あの子は居ないみたいだから」
「あの子?」
「そっ。ルーなんちゃら。それにお土産、砕けちゃったし」
「はあ?」


 ローブの内ポケットから、形が崩れた板チョコを出し、残念そうにラッピングを解いて床に捨てた。


「あげる」
「えっ、ちょと、何、ああ、もう。


も、モンフォール卿~っ! 怖いよ、助けてー!」



 転移魔法でサシャが消えたのを確認すると、メルベンは泣きべそをかきながら、逃げる様に官舎に駆け込んで行った。
 






 余談。


「団長。重症の部下を忘れるって正気ですか」
「ごっ、ごめんなさいいっ! こ怖かったんだよ」
「怖かったじゃない。部下を殺す気ですか!」


 すっかり、いつも通りに戻ってしまったメルベンにより、サシャにやられた騎士達は忘れられ、生死を彷徨った。
 幸い、他の団員が直ぐ治療を施したものの、団長に対する団員達の冷たい視線は、しばらく続いた。
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