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魔塔の狂人編
第3騎士団 VS 魔塔
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「へえ~」
平民達が読むゴシップ紙を机に広げ、青年はコーヒーをちびちびと飲んだ。
「何か、面白い記事でもあったんすか」
「んーまあねぇ」
「……あっ、もしかして、精霊の大行進っすか?」
顔が隠れる高さまで積み上げられた本を、軽々運びながら、草臥れた格好の若者が、青年に問うた。
若者が言ったのは、一昨日トラートで起こった騒ぎの事である。
昨日の時点で、王都はその話題で持ちきりだった。
「それも、そうなんだけどー。コッチの方が気になるかなぁ」
彼は、コツコツと人差し指で新聞の記事を叩く。
「よっと。どれどれ……実は、攫われたのは精霊ではなく、人間だったあ?」
「そっ」
「何すか、このデタラメな記事は。まあ、ゴシップ紙は、そういうもんすけど。コレはないっすよ」
「どうして~」
「だって、正式に発表されてるんすよ? シトール侯爵家のレイラ嬢が、騎士の精霊を連れ去ったせいで、精霊達が怒ったって」
「う~ん。ただの下位精霊だよぉ? あの侯爵令嬢がそんなマネするかなぁ。割りに合わないと思わない?」
青年の疑問は、侯爵令嬢を知る人物であれば、至極当然なものだった。
しかし、国から正式に発表された以上、ゴシップ紙を信じろと言う方が、難しいだろう。
「それはそうっすけど。気でも触れてたんでしょ。ありもしない、ディオン卿との婚約話を言いふらしてたんすよね。失恋の腹いせとか」
「失恋、ねー。それだったら、相手が違うんじゃないかなぁ」
「はい?」
「ねぇ。どっちにしろ、その契約者気にならない?
だって、そんなに精霊に好かれてるんでしょうー」
「確かに、興味深いっす」
「だよねー。よし、会いに行こっか」
「え゛」
「これも研究の為だよぉ~、ねっ (誰だったっけ、あの子。ルーなんちゃら。あの薬の材料持ってってあーげよっ)」
早速上着を羽織り、外出しようとする彼を、若者はギョッとして止めた。
だが、青年には関係なかった。
何故なら、サシャ・ヴァロアはデメテル国随一のマナ量を誇る、魔法使いだからだ。
「あっ、マズイっすよー!」
「あれ。ヴァロア室長、何処行きました? 緊急の要請があるんですが」
何もない天井に向かって、若者が叫んでいると、白衣を纏った男性が訪ねて来た。
「居ないっす」
「は」
「今さっき消えました」
「君、何で止めなかったの。どれだけ仕事が溜まってると!」
白衣の男は、声を荒げて詰め寄るが、若者は慣れた様子だ。
「だって、転移魔法使われちゃ無理っすよ。一応止めたんですから」
「毎回、毎回使えない! もっと工夫したらどうなんだ」
「だったら、ゴジさんがやって下さいよ。嗚呼、田舎に帰りたい」
「ぐちぐち言ってないで、とっとと探せ!」
「……あ、場所なら分かるっす。第3騎士団のとこです」
「あ゛?」
「だーかーらー、会いに行ったんすよ。精霊の契約者に」
「~~~っ馬鹿者! 早く連れ戻せー!!」
ーーーー
ーーー
ルーカスの誘拐事件以降、第3騎士団の官舎は様々な機関からの問い合わせで、出入りが激しくなっていた。
そこで、起こった問題の1つが、ダリオの配属についてだ。
公表はされていないものの、国や一部の機関には、ダリオの契約精霊が事件の発端になったと報告されている。
ルーカスを隠す為の苦肉の策ではあったが、その嘘がダリオの生活を一変させる事態に発展しようとしていた。
「副団長、これで5件目の抗議文です」
第3騎士団官舎の一室。
ディオンは、休む事なくペンを走らせていた。
そして、そんなディオンに、大きなクマをこさえたクリスが、届いたばかりの書簡を持って来た。
「またか」
「はい。今回はアカデミーからです」
「予想はつくが、何と?」
「えー『此度の現象を引き起こしたノームは、特殊個体である可能性が極めて高い。精霊という種族の解明の為にも、ぜひ我が研究機関で調べたい。ついては、契約者の検査も望むものとする。此れを退けるは、アカデミーの設立意義を否定するに等しい』だそうです」
「……どいつもこいつも、精霊を調べさせろ、ダリオを差し出せばかり。暇人しか居ないのか、この国は!
この件に関しては、全権第3で預かる事になっただろうっ」
一昨日の発表以来、騎士団の元にはこの様な問い合わせが殺到していた。
ただの問い合わせならまだしも、アカデミーの様に、引き渡しや、ダリオの配属替えを希望する内容が、既に4件届いている。
中でも、ディオンを特に困らせているのは、2つ。
1つは、第2王子殿下からの引き抜き提案。
もう1つは、魔塔からの人体実験の協力依頼だ。
「はあ。ダリオには、すまない事をしたな」
「ええ。ですが、本人も解って引き受けた事です。些か、大事になり過ぎた気はしますが」
「……シトール嬢はどうなった」
「はい。確定ではありませんが、投獄刑10年。恐らく東の監獄です。その後は、侯爵家預かりとなりますが、除籍されるでしょうから、修道院行きになるかと」
出来心で誘拐したレイラにとって、これほどの罰を受けるとは、思いもよらなかっただろう。
侯爵令嬢という身分から、本来は裁判が開かれた後、判決が下るのが慣例である。
しかし、他国で起きた厄災を、自国に招こうとした罪は重罪だ。
彼女の言い訳や、本来の罪の証言は一切、尊重されず、来週にも実刑が下る予定だ。
当然、シトール侯爵が裁判を開くよう、王に直訴したが、聞き入れられなかったとの噂もある。
「東の監獄か。あそこは1年中冬だからな。シトール嬢には厳しいだろう。西の方が良くないか?」
「副団長、彼女は重罪人です。誘拐を隠蔽した事を気に病んでいらっしゃる様ですが、実際『精霊の大行進』は、起こったんですよ。もし、ルーカス君に何かあれば、デメテルは精霊を失っていました。原因より、結果が全てです」
クリスの言う通り、ディオンはレイラに対し、負い目を感じていた。
勿論、ルーカスを誘拐した事の怒りの方が強い。だが、事実を捻じ曲げて、彼女に重い罪を与えてしまったという思いが、少なからずあった。
とは言え、クリスの考えも尤もだった。
ルーカスが原因であれ、ノームが原因であれ、彼女の軽はずみな行為によって、厄災の一歩手前まで行ってしまったのは、事実である。
「……そうだな。普通に考えれば、そうだ」
「副団長?」
普通に考えれば、理由に関係なく、重罪だ。
その一方で、普通に考えれば、今回の精霊の行動は有り得ないのだ。
ディオンは、言い知れない不安を感じていた。
精霊の気まぐれなどではない。
あれは、ルーカスだから起こったのだ、と。
「黒の王」
「? 何ですか、呼び名ですか」
「なあ。精霊が王様と呼ぶ存在は何だ」
「はい? そうですね……まあ、王様は、王様しかいませんから、精霊王でしょうか」
「……」
「副団長?」
「いや、悪い。とりあえず、返事を書こう。貸してくれ」
書簡を受け取り、ディオンは深い溜め息を吐いた。
クリスは、それを煩わしさから来るものだと解釈したが、実際は違う。
自分が予想した答えを、クリスに言われ、疑念が確信に変わってしまったのだ。
「ルーカスに会いたい」
「今日から、第1騎士団の所でしたっけ」
「ああ。兄貴がウチでは危ないとゴネてな」
「確かに、今はドタバタしてますからね。お帰りになったら、会えるんですから。今は切り替えて下さい」
「分かってる。はあ、ルーカスが足りない」
「くしゅんっ (あれ、風邪かな)」
「ルゥ、行くぞ」
「はいっ」
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