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婚約者騒動編
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しおりを挟む「《なんだ、おぬし村人か。貴族でもないのに、都心で捕われるとは、運のない男よ。で、何処から出稼ぎに来たんだ》」
人間に興味なさそうなくせに、ずいぶん詳しい。
今更だけど、まさか魔物とかじゃないよな?
姿が見えない魔物なんて、聞いたことないぞ。
「アルソン村だけど」
「誰と話しているんだ。口を閉じてくれ。僕だって手荒な真似はしたくない」
ザッと探し終えて、何も見つけられなかったポールさんが、苛立った様子でそう言った。
応援を呼ばれたらマズイ。他の2人まで視えないとは、限らないからな。
「独り言です。放っといて下さい」
「そんな変な独り言が、ある訳ないだろう」
「~~っ」
「《アルソン村とな。おい、その村にタンザナイトの指輪はなかったか》」
タンザナイトの指輪? タンザナイトって宝石の名前だっけか。そんな事急に言われても、どんな指輪か分かんねえよ。
「《深い青の石が留められている指輪だ。夜空を思わせる色で、眠った獅子の紋章が透けて見える》」
眠った獅子の紋章で青い宝石の指輪。
それって、似た様な奴を母さんが持ってるぞ?
父さんの先祖の家宝で、代々結婚指輪として受け継がれてるって、母さんが。
稀少なもんなのか? いや、偽物かも知れない。
本物の宝石なら、あんなに雑に扱って無事なわけがない。
……母さん、大雑把だから。
「《その顔、心当たりがあるな。ふむ、いいだろう。情けで助けてやる。我の名を称えろ。我が名はーーランパスーー黒の王なり!》」
「ら、ランパスっ」
「っおい、いい加減にーー…」
ーーピカッ
何だ、この閃光。目が潰れるっ。
ドサッと鈍い音がして、身体を捻って振り返ると、ポールさんが倒れていた。
「ちょっ、ポールさん?」
「《気を失っているだけだ》」
気を失っているだけって、そんな簡単に。
「だ、れ」
声がする方を辿れば、男が立っていた。
そこに在るのは、圧倒的なまでの畏れ。身体が、動かねえ。目を逸らしてはイケナイ。その先に訪れるのは、死だ。
「《誰だと。愚かな。もう忘れたか、人間。我が名はランパスだ》」
俺はとんでもないものを、喚び出してしまったじゃないか。
こんなのアリかよ。存在するだけで“死”を感じさせるなんて。いったい何なんだ。どういう生物なんだよっ。
「《立て。出るぞ》」
言われてハッとする。拘束が解けてる!
一瞬、ポールさんをどうするか迷ったが、先ずは自分の安全を優先させてもらおう。
あとで、ちゃんと保護するよう、ディオンに言うからっ。ごめん! 放置します。
「鍵がかかってない」
監禁された部屋?を出る。
予想通り廊下だ。狭いし、天井も低い。やっぱり地下なのかも知れない。
ーーユラ
「えっ、床が揺れた? 地震か?」
でもデメテル国で地震なんて、聞いた事がない。
日本みたいに、活火山もなければ、断層帯だってないのに。何でっ。
「《地鳴りなど起きておらん》」
「わっ、ビックリした。
じゃあコレは?」
「《波だ》」
波って、何の。比喩か何かか。俺、国語苦手だったんだけど。
「《なんせ、海の上だからな》」
「はっ?」
「《案ずるな。まだ出航はしていない。今の揺れは、燃料を燃やし始めて、動力が水面に伝わったんだろう》」
という事は、どっかの使われてない屋敷とか、倉庫じゃなくて、船?!
現役バリバリの?
あっ、だから行き先考えとけって言ったのか、お嬢様。
わー親切。直ぐ行けるじゃん。行動力ハンパねぇ!
「それより。王都に港なんか、あったっけ……」
「《ない。此処は王都から最も近い、港街だ。よく威張った人間共が、この地から船旅を楽しんでいるぞ》」
威張った人間ーー貴族か、大商人か。
なら、この船は豪華客船の可能性が高い。
つまり、王都から10km先の貿易と観光の街、トラートだ!
おいおい、めっちゃ遠いじゃん。官舎からどうやって運ばれて来たんだ。30kmは、あるよな。
荷馬車で3時間、いや良い馬なら2時間強で着くかも知れない。
どっちにしろ、そんなに飛ばせば目立っただろうに。
王都の門兵仕事しろよ! 積荷チェックしたのか!?
ヤバイ。こんなの、直ぐ捕まるじゃん。
「どうしよう。王都じゃなきゃ、助けが呼べない」
「《何故だ。問題ない。おぬしが助けを求める者を、思い浮かべよ》」
「助けを。助け、警備隊、いや、やっぱりここは……(ディオンっ)」
ぎゅっと、両手を祈る様に合わせ、ディオンに届く様に念じた。
「《……見つけた。よし、もう良い》」
「こんなんで助かるのか?」
「《あとは我に任せよ。おぬしは、この船から出る道を探すんだな。ーーむ、ノームと契約しているか?》」
つーちゃんか。
「ああ、つーちゃんって言う、精霊と最近」
「《そうか。其奴にも教えてやるとしよう》」
そんな事が出来るのか。ランパスって何者なんだよ。
人型っぽいけど、輪郭が覚束ない。目の前に居るはずなのに、認識しきれないっていうか……。
「な、なあ。ランパスって何者なんだ?
人間ではないんだろ」
「《当然だ。我は黒の王ぞ》」
だから、黒の王って何の王。
「《分からんのか。ふむーー嗚呼、そうか。人の子の中には、我を闇の精霊王と呼ぶ者も居るな》」
「せいれいおうぅっ?!」
あっ、今直ぐ気を失ってしまいたい。
精霊って、二頭身じゃないのかよ。つーちゃんと、全然違え。チビリそう。
「《本当に気付いておらなんだか。ポンコツめ。
ーーおい、何故目を合わさない》」
「や、だって (恐すぎんだよ!)」
「《……怯えておるのか? 軟弱な。これなら、どうだ》」
「わぁ」
言うや否や、えらく神々しいイケメンが現れた。
また違う意味で、目が潰れそうだ。
「《ほら、出口を探せ。おぬしのノームが心配しておる》」
「つーちゃんが。えっと、とにかくデッキに。あ、乗組員に聞いた方がいいのか」
「《やめておけ。逆戻りする羽目になるぞ》」
真っ直ぐ続く廊下を走ってるのに、一向に階段が見つからない。
どんだけ広いんだよ。くそっ。
「ーーーーあった、階段だ」
上の階に上がるも、景色は変わらなかった。もっと上に行かなきゃ。
「この階は、さっきと違う。廊下が広くなってるし、照明も落ち着いてる。客室フロアかも知れない」
「《ほう。では、そろそろ出られそうだな》」
「おうっ!」
まだ外が見える様な、吹きさらしの場所はない。
きっと次の階あたりが、地上と繋がるデッキだ。
もし捕まりそうになったら、最悪、屋上デッキまで逃げよう。そうしたら、ランパスが、さっきのポールさんみたいに、どうにかしてくれるかも。
階段の先に陽の光が見え始めた。
外だ! そにしても、3階分は上ったぞ。誰にも会わないなんて、おかしくないか?
「ランパス、人の気配とかある?」
「《うじゃうじゃ居る。尤も、動けんだろうがな》」
「まさか、それも?」
「《我ではない。下位精霊達の仕業だ》」
どういう事だ?
ーーキャアッ、何よコレ!
ーー助けてくれ
ーー幽霊? ママ、どこぉっ
ーー精霊だっ。精霊の大群がどうして!
ーーうわああっ
いったい、何が起こってる。
「《どうした。もう直ぐ外なのだろう》」
「いや。上のフロアが、どうにも騒がしすぎる。物騒な叫び声が聞こえるんだけど」
「《今言ったではないか。下位精霊が動きを封じていると》」
嫌な予感がしながらも、残りの階段を上り切り、デッキへ飛び出す。
「…………おー、うん、あー。いや……」
可愛いはずの二頭身マスコット達が、片っ端から乗客に引っ付いている。かなり凶悪な顔をして。
見たくなかった。
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