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婚約者騒動編
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第3騎士団官舎の一室。
「副団長、何と書いてあるんですか」
ーーグシャ
「ひっ」
早馬で屋敷から届けられた手紙を、ディオンは握り潰した。
本当は破り捨てたい衝動に駆られたが、そうも言っていられない。
「悪いが、早退させてもらう。急ぎの仕事は家に届けてくれ」
「は? や、でもこれから定例会議が」
「欠席する。団長を引っ張り出して行かせろ」
「いやいやいや! 何を言ってるんですかっ。もう他所の団の代表者は集まってるんですよ。無茶です」
「知るか。こっちは急用なんだ」
「会議も急用です! 馬鹿な事言わないで下さいっ」
引き止めようとする部下を無視し、ディオンは急いで自宅へ向かった。
ーーーー
ーーー
「ディオン様っ、おかえりなさいませ」
「ああ、彼女はまだ居るのか」
「はい。ドビーさんがずっと対応されてます」
「ルーカスはどうしてる。まさか会ってないだろうな」
「は、はい。ルーカス様は大丈夫です」
少し安堵し、行き着く間もなくディオンは応接室へ向かった。
ドアの中からは、家令のドビーとシトールの押し問答が聞こえる。
「はあ、ったく何を考えてるんだ」
ーーガチャ
「シトール嬢。来るなら、先触れをよこして欲しかったな」
「ディオン様っ!」
ディオンの登場に、パッと嬉しそうにシトールは顔を綻ばせた。
ドビーはディオンの目配せに頷き、そっと後ろに下がる。
「いったいどういう用件だ。屋敷に誰も居ない時に来るなんて」
「あら、どなたもいらっしゃらないのは、知りませんでしたの。本当ですのよ。
でも、出直すのも面倒でしょう? ですから、待たせて頂いたの」
「あまり褒められた行動ではないな」
対面に座り、煩わしそうな態度を隠しもせず、ディオンはシトールを責める。
しかし、彼女には全く効いていない様だ。
「いやですわ、私とディオン様の仲じゃありませんの」
「シトール嬢と仲良くなった覚えはないが。
それより、本題に入ってくれるか」
「まあ、せっかちですこと。
勿論、ディオン様との婚約の件ですわ。皆さんったら、本当に噂がお好きですのね。私、困ってしまいましたわ」
シトールはそう言うと、何度も淹れ直させたにも関わらず、すっかり冷めた紅茶を口にし、眉を顰めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
相変わらず、人の神経を逆撫でるのが上手いな。この令嬢は。
結ばれてもいない婚約を、事実だと言いふらしていると聞くがーー目的は何だ。
シトール家であれば、わざわざ伯爵家を選ぶ必要はない。何よりモンフォールは、騎士ばかりを輩出する家だ。
侯爵家が狙うような、めぼしい領地も、貴族との繋がりも持っていない。
彼女は長女のはずだ。わざわざ格下の家の次男に嫁ぐか?
最近では、ルーカスを嗅ぎ回る連中が居ると、報告も受けている。
もし、シトール家が探っているとしたら、何の為にルーカスを。くそっ。
「あらあら、怖い顔。酷いですわ。せっかく会いに来ましたのに」
「頼んだ覚えはない」
「ふふ。まあいいですわ。私達の将来の話をしましょう」
不愉快だ。将来も何も初めからない。
オレが添い遂げるのは、ルーカスだけだ。
家族も屋敷の人間も、職場も。受け入れる体制は出来上がっている。
今はオレに流されているだけだが、身体を重ねる事だって、ルーカスは嫌がっていない。
あとは、心を手に入れるだけなんだ。
それを、こんな所で邪魔されてたまるかっ!
「その必要はない。オレと貴女には何の繋がりもない。今も、これからも」
「……お父様が正式にモンフォール家に、縁談を申し込んだとしても?」
「何?」
「皆さんも私達の婚約に好意的です。そして、私もディオン様との婚約を望んでいる。お父様も認めて下さってますの。悪い話ではないでしょう?」
頭がおかしいのか、この女は。
これだけあからさまに邪険にされて、何故オレが自分のモノになると思えるんだ。
いくら格下といえど、王立騎士団に入ったオレの預かりは、王家のモノだ。
簡単に手を出せるわけがない。
「申し訳ないが、既に心に決めた人がいる。
それに、貴女にはもっと良い条件の男がいるはずだ」
「……っ私を拒むと?」
「ああ」
「そんなに、あの鼠がお好きですの?
ずいぶんとご執心のようですわね」
やはり、嗅ぎ回っていたのはコイツか。
偶然、広場で見られてしまったからな。あの時から、目をつけられていたんだろう。
「オレの周りに、鼠と揶揄される人物はいないが」
「あら、お気を悪くされないで下さいませ。
だって何処で生まれたかも分からない、穢らわしい平民なんですもの。私、怖いですわ。嫉妬されて、何をされるか。ああ、恐ろしい」
「シトール嬢、そこまでだ。このまま侮辱を続けるのであれば、侯爵家でも抗議させてもらう」
冷静さを失ってはならない。付け入る隙を与えるな。
ルーカスの安全が第一だ。
こんな安い挑発に乗る事はない。
頭では理解しているはずなのに、血が上る。
「侮辱? 私がいつそんな事を?
卑しい平民が、何をするか分からないと考えるのは、当然ですわ。ディオン様もお気をつけ下さいませ。
ーー鼠は、早く処分なさった方が宜しいですわよ」
「っ、これ以上、話す事はなさそうだ。帰ってくれ」
「ふふ、そうですね。日も暮れましたし、帰りますわ。ごきげんよう、ディオン様。また、お会いしましょう」
あの勝ち誇った笑みは何だ。どこから、あの自信がきている。
オレは何か、見落としているんじゃないか?
何か大切な事を。
「ディオン様、シトール嬢がお帰りになられました」
「ドビー……そうか。ルーカスは部屋か?」
令嬢が部屋を出てからも、しばらく座ったまま考え込んでしまった。
慌てていたから、制服のままだったな。
とにかくルーカスに会いたい。最近は、寝顔しか見れていない。笑った顔が見たい。オレを安心させてくれ。
「ルーカス殿は、メイド達と休憩室でお茶を飲まれています」
「そう、か。邪魔をしたら悪いな」
「いいえ、きっと喜ばれますよ。まずはお部屋で、着替えられては如何ですか」
「ああ、そうだな」
この言い知れない不安は、何だ。
誰にも邪魔はさせない。ルーカスは必ずオレが守る。必ず。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ーーコンコン
「誰だ」
「俺だよ、ディオン。入っていい?」
侯爵家のお嬢様は、帰ったらしい。
いやー、良かった。見つからなくて。
何でも、ディオンがすっ飛んで帰って来たんだとか。
アイツ仕事はキッチリやるタイプのくせに、婚約者候補が来たら、早退までするんだな。
あんだけ俺を避けておいて、お嬢様には直ぐ会うなんて! ムカつくっ。
1人だけ、可愛い子ちゃんと結ばれようったって、そうはいかないぜ。まずは俺にも、相手を用意してくれ。
大人しくて、控えめな子が良いです!
いや、活発なお姉様でもアリですっ!
「ルーカスか。ああ、おいで」
きゅん。
え。きゅんって何だ。これは、アレだ。久々に「おいで」って、言われたからで。
まてまて、それじゃお預けを食らった犬みてーじゃねぇか。
「はっ、入るぞ」
あれ、なんか草臥れてる?
「ディオン、おかえり」
「ああ、ただいま。こっち来い」
「おう」
そんな優しい顔で、両手を広げられると、拒めねぇじゃん。
大人しく抱きしめられていると、一気に眠気が襲って来た。
昼間もあんなに、ユキとぐだぐだしてたのに。変だな。
「眠いのか?」
「う、ん。なんか、落ち着く」
「フッ。夕食には起こしてやるから、寝てろ」
「あんがと。ディオンも一緒?」
「……そうだな、寝るか」
「おうっ」
ああ、よく眠れそう。
「(まいったな。着替えそびれた。制服がシワになりそうだが、気持ち良さそうなルーカスを起こすのも)」
結局、俺達はメイドさんに呼ばれるまで、ぐうすか寝てしまったらしい。
ディオンの奴、起こすって言ったのに。
ーーーー
ーーー
「あら、ディオン様の羽織り、また洗うの?」
「帰ってらした格好で、寝てしまったらしくて、シワがついちゃったのよ」
「ディオン様もお疲れなのねー。って、やだ。これ、寝たからって言うより、誰かに握られたって感じじゃない?」
「うふふ。そりゃそうよ。アンが起こしに行くまで、2人で仲良く寝てたらしいわ」
「えっ、じゃあこのシワって、ルーカス様が掴んだ跡って事?」
「それはもう、ぎゅう~っと、ね!」
「うそーっ! 見たかったぁ」
「私もよ。あー、アンが羨ましい」
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