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森の民編
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しおりを挟む「アメリー団長、今朝の指令は本当ですか?」
「本当だ」
「そんなっ! 無茶です! 我々だけで終の森の調査など!」
朝早く、エカテリーナに呼び出されたアメリーは、極めて生還率の低い命令を下された。
行方不明のユーリ王子の為、と言えば聞こえは良いが、アメリーには解っていた。
先日の命令違反に対する報復にすぎない事を。
「これは私に対する嫌がらせだ。お前達まで巻き込むつもりはない。私1人で行く」
「犬死ですよ!? 降りましょう。俺達なら、傭兵でも冒険者でも生きていけます。城から出るべきです」
「それは出来ない」
「……団長だけを行かせられません。仕方ないですね、一緒に死んであげますよ」
「そうか。ーーありがとう」
女騎士であるアメリーが頑張ってこれたのも、彼の様な団員に恵まれたからだろう。
彼女は、志願する者だけ連れて行くと宣言した。
ーーーー
ーーー
「お前達、本当に良かったのか。まさか全員ついてくるとは……」
「団長ぉ~今更です。目的地は目の前っすよ」
「そうですよ」
「最期の悪足掻きくらいは、やってやりますよ」
わずか16名で臨んだ第7騎士団は、言葉通り死に物狂いで足掻いた。
数々の魔物との対戦で、仲間を1人、また1人と失っていく。
「はぁ、はぁっ。団長ーーっ人です! 人が居ます!」
「何っ!! 冒険者か?」
「……いえ、得物は持っていません。既に背後に獣型の魔物がっ」
信じられない程、軽装で終の森を歩く人物を発見し、団員は焦った。今から走っても間に合わない。
あの人は、魔物に殺られる。
全員がそう思った。しかし、悲鳴はおろか、魔物の鳴き声さえ聞こえない。
「どうなっている?」
「俺には、あの人に魔物がついてってる様に見えるんですが……」
「テイマーか?」
「たぶん」
アメリーは少し考えた後、人間の保護を優先すると指示した。
魔物1体だけで、森を切り抜けるのは危険と判断したからだ。
保護の為、近付こうとした時、ある違和感に気づく。
「おかしくないか? 何故、森の魔物が攻撃して来ない。あの人間の周囲には、何体も魔物の反応があるのに」
「確かに変ですね。ここは声をかけず、追いますか」
「そうだな。終の森を攻略するヒントになるかも知れない。尾行する」
そこで、彼等は驚愕の光景を目にする。
「村がある。終の森……に?」
「そんな事より、魔物があんな近くにっ!」
「まさか、テイマーの村か、何かなのか?」
「ーーーーまて、あれはカヴァリエーレ公子じゃないか?」
アメリーは困惑した。失踪説や療養説で今、社交界を騒がせている人物がいる。彼と面識がある彼女が、見間違えるはずもなかった。
「団長、接触しますか」
「いや……いくら何でも、村人全員がテイマーなど不自然だ。一度戻り、編成を組み直す。第3か第5の団長に協力を要請する」
「再調査ですか? そこまでしなくても」
「馬鹿か、お前は。高ランクの魔物が、ああも大人しいんだぞ。村人全員に従っている様にも見える。
味方なら良いが、もし敵ならーー恐ろしい脅威だ」
「「「!?」」」
「エカテリーナ様。第7騎士団団長が戻られました」
優雅に侍女達と庭を散歩していた王女は、気付かれない様、眉を顰めた。
1番死んで欲しかったアメリーが、生きて帰って来た事に、落胆する。
「まあっ、良かった! 全員無事なのかしら?」
「いえ。生存者は5名のみです」
「(5人もの間違えでしょ) そう……可哀想に」
本当は、アメリーに命令を下した時点で、ユーリの帰還を知っていた。
転移魔法で自室へ飛び、国王に報告を済ませた彼を見たからだ。
だが、直接会わなかった事を良いことに、王女は知らないフリをした。
だから、入れ違いで第7騎士団を調査に派遣しても、致し方なかったのだ。
しかし、アメリー達は全滅を逃れた。
王女は残念で仕方なかったが、アメリーの報告を聞いて、目の色を変える。
「アメリー団長。今、なんと?」
「はい。終の森に村が存在してーーー」
「そうじゃなくてっ! アレッシオ様を見たと言わなかった?」
王女の声色は、歓喜に震える。
アメリーからすれば、アレッシオよりも、あの村が国の脅威になり得るかの方が、重要だったのだが、王女は違ったらしい。
彼女は怪訝な顔をしつつも、見た情報を全て伝えた。
「ーーそう。アレッシオ様は、そんな危険な場所にいらっしゃるのね」
「危険な場所に違いはありませんが、村人達との関係は良好に見えました。少なくとも、不当な扱いは受けていらっしゃらないかと」
であれば、そこにアレッシオを誑かした女が居るはず。
「魔物が従っている様に見えたって言ったわね?」
「はい。テイマーかと思いましたが、数が異常過ぎます」
「……魔族」
「は?」
「魔物を従わせているのでしょう?
魔族なのかも知れないわ」
「え、いえ。その様には……異質なマナは感じませんでしたし」
「それほど、巧妙に隠しているんじゃないかしら」
「ですがっ……では、カヴァリエーレ公子については、どう説明なさるのですか。もし魔族と一緒にいるとなれば」
国を挙げて討伐すべき対照と、カヴァリエーレの英雄が一緒にいる。
それはつまり、謀反を企てているに等しい。
「貴方が言いたい事は、分かるわ。
でも、こうは考えられない?
魔族がアレッシオ様を洗脳したのよ」
それなら、私を選ばなかった事も理解出来る。
王女はパズルのピースがはまった様な気がした。
全部、全部。自分に都合の良い、解釈だけして。
その日の晩。魔族討伐の許可を得た王女は、第1~第3騎士団の精鋭を連れて、終の森へ向かった。
アメリーは、最後まで再考するよう訴えたが、聞き入れる者は居なかった。
ーーーー
ーーー
「陛下っ!!」
「なんだ、騒々しい」
「終の森に、討伐隊を出したと言うのは、真ですか!」
王太子から「エカテリーナが自ら指揮を取って、魔族を討伐するつもりらしい」と、聞いたユーリが、慌てて王の執務室に駆け込んだ。
「本当だ。愛らしいエカテリーナに、危険な真似はさせたくなかったが、自分が行くと聞かなくてな。
国民思いの、何と素晴らしい考えか。お前もそう思うだろう」
愛娘を心配しながらも、どこか誇らし気な国王に、ユーリは吐き気に襲われた。
「確か、迎えがどうとかも言っておったな。詳しくは、何度聞いても教えてくれなかったが」
それだ。エカテリーナの目的は、アレッシオだ!
ユーリは、直ぐに友人の危機を察知した。
何らかの原因で、アレッシオの居場所を知った王女の暴走だ、と。
「直ちに中止して下さい」
「なに?」
「彼等は魔族などではありません。善良な村人達です」
「……何故、お前が知っている」
「知っています! 盗賊に襲われた俺を助けたのは、彼等ですっ。魔族でない事は、明らかです!」
「……む。しかし、魔物を従えて」
「だったら、この国のテイマーは、全員魔族ですか!?
今直ぐ、止めて下さい。これは、討伐ではなく、虐殺です」
国王が慌てて指示を飛ばすのを確認し、ユーリも転移魔法で森に向かった。
「何だ。これは……」
言葉に出来ない悲鳴が飛び交う場所は、炎に包まれていた。
「あれっしお…アレッシオ! トニー! 何処だっ、何処にいる!」
ユーリは、炎に巻かれた村の中を、必死で走る。
叫ぶ度に、熱気や煙が喉や肺に入り込んだ。
「ガル゛ルルルル」
1体の魔獣が、ユーリを警戒し、威嚇する。
「すまない。アレッシオを知らないか? トニーと暮らしているはずなんだ」
「ガル?」
アレッシオとトニーの名を聞いた魔獣は、威嚇を止めた。
「まさか知っているのか? 連れて行ってくれ、彼等のところにっ!」
魔獣に連れられ、辿り着いたのは、いつかアレッシオが案内してくれた湖だった。
火を逃れる為だろう。たくさんの村人の遺体が、湖や畔に重なり合っている。
「ああっ」
ユーリは、込み上げる嗚咽を飲み込み、生存者を探す。
奥の方で剣がぶつかり合う音が聞こえた。
「アレッシオ、アレッシオかっ!」
その先には、ほぼ無傷の騎士団と、王女エカテリーナが、トニーと対峙していた。
「トニーっ!!」
ユーリは走った。
ーーだが、無情にも傷だらけのトニーの身体をーーーー剣が貫いた。
「っっ、トニ゛ーーーーっ!!!」
血を吐き、虫の息のトニーが地べたを這って、既に息絶えた男の元へ、手を必死で伸ばす。
その彼の背中を、騎士がトドメを刺しに剣を再び振り上げだ。
「やめろおぉーっ!!!」
ユーリと並走していた魔獣が走り抜け、騎士とトニーの間に入った。
「キャウンッ」
一瞬にして、剣の錆になったが、それでもユーリが間に合った。
「っ、ユーリ殿下っ?!」
「キサマ等、何をしているっ!」
「殿下、お退き下さい。そいつは魔族です。お下がり下さい」
「ふざけるなっ!! 彼は人間だ! 魔族がこんな簡単に殺される訳がないっ! お前達が傷も負わず、立っているのは、彼等が無力な人間だからだっ!! 何故気づかないっ!!」
ーーザワッ
騎士に背を向け、トニーに駆け寄る。
「トニーっ、しっかりしろ、トニーっ!」
「ゆ、り……アレッシオが、そこに……僕を、そこ、に」
トニーの視線の先には、死体になったアレッシオの姿があった。
「っぐ、あ、あ、わかった」
ユーリがトニーを抱き上げると、たくさんの血が下に落ちた。
流れ続ける血を見ない様にして、アレッシオの元へ運ぶ。
「あれっ……しお、アレッシオ。ずっ…と、一緒にっ」
「ーートニー? トニーっ?! っゔ、ああ……あああ゛」
時間にして、わずか半日。
その日、森の民は滅んだーー…
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