35 / 58
森の民編
8
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆◇◆
団長の判断で一先ずユーリは、族長の家に運ばれた。
「ふぅん、しかし弱った。アレッシオ殿が言うなら、彼が王子である事は、間違いないだろう」
「族長、どうしますか。それが本当なら、速やかにお帰り頂くべきです」
「分かっとる。だが、意識がないまま森の外には、放れない。かと言って今目覚められても困る。
何と面倒な」
「いっそ森の東に放置しますか。度胸試しに来た冒険者が、たまに入って来ますし」
族長、団長、アレッシオの3人は、気絶したままのユーリを見た。
ただの冒険者や近隣の村人であれば、最悪見捨てる事も出来た。だが、王族となれば話は別だ。
必ず調査隊が派遣されるだろう。いや、既に直ぐそこまで来ている可能性まである。
となれば、残された道はただ1つ。ユーリを抱き込むしかない。
幸い、ユーリが王家の繁栄や誇りに興味がない事。アレッシオの友人である事が、救いと言えよう。
「すまないが、アレッシオ殿。我々のこれからは貴方にかかっていると言っても過言ではない。
そろそろ目を覚ます頃だろう。儂の忘却魔法の使用許可を何としてもっ!」
「善処します」
「善処じゃダメだ。必ず説得しろ、アレッシオ。トニーの為だぞ」
族長と団長の期待と圧が、アレッシオを襲う。
正直、断られる確率の方が高いと彼は予想した。
族長の忘却魔法の精度が分からないアレッシオには、嘘でも絶対大丈夫だ、とは言えないのだ。
少しでも手元が狂い、他の記憶まで消してしまう可能性は排除出来ない。
1つの記憶が消えれば、必ず疑念が生まれる。
ユーリ・デメテルがそれを見逃したりはしない。自力で答えに辿り着くだろう。そういう男だ。
ーーゴソ
「「「!?」」」
「ーーあれ、此処は…確か賊に襲われて……ん? アレッシオじゃないか。という事は、まだ夢の中か」
「「「……」」」
あまりにも気の抜けた推測をかますユーリに、3人は「イケるんじゃないか?」と、内心思ってしまった。
「あー、久しぶりだな。ユーリ。元気にしてたか」
「わあ~話し方までアレッシオだ。会いたかったんだよ、アレッシオ! 君のせいで俺がどれだけーー…え、誰この人達」
ようやく目が覚めたらしい。
アレッシオは、なるべく森の民について伏せて説明した。
「なるほど。俺の記憶を操作したい訳だね」
「まあ、平たく言えば」
「あっはっは、やだなぁアレッシオ。君は俺を馬鹿にしてるのかい? 何やら隠したい事がたくさんある様だね。納得出来る要素がまるでない。そこの彼等に口止めされているんだろう?」
説得を試みた結果、撃沈した。
団長の目がかなり際どい角度になっているが、親友の目も厳しい。
「穴だらけだとは、理解している。
だが頼む」
「無理だね。アレッシオは信用出来ても、その2人は別だ。初対面の術者に身を委ねる気はない」
「どうしても無理か」
「当たり前だろ。それより此処は何処なんだい。まさか“終の森”の中じゃないよね」
暫しの沈黙が流れ、族長がゲロった。
精霊の血や能力については暈したものの、この状態では悪手でしかない。
「(今までよく見つからなかったな。この村)」
アレッシオの感想は尤もと言えよう。
「終の森で暮らすだなんて、正気の沙汰じゃないね。でもまあ、道理で誰も存在を知らなかった訳だ」
「ですから、どうか儂の魔法を……」
「それは無理なんだって、族長さん。
希望に添えず申し訳ないが、助けられた事実は変わらない。この森での事は誰にも口外しないと約束する」
「どうしても、受け入れて下さらないのでしょうか」
「ああ、すまないね。本当に感謝しているんだが…」
ーーーー
ーーー
話し合いの末、族長達が折れざるを得なかった。
加えて、ユーリのお願いまで聞かされる羽目になる。
「そんな目で見ないでよ、アレッシオ」
「見たくもなる。図々しいんじゃないか?」
「彼等には悪いと思ってる。けど自分の安全が第一だからね」
アレッシオが図々しいと言ったのは、そこにあった。
直ぐにでも森から出て欲しい森の民に対し、ユーリは滞在を希望した。
近くの村に助けを求めるよりも、転移魔法で城まで飛んだ方が安全だからだ。
「1週間もあればマナも回復する。それ以上は居座らないから怒らないでよ」
「3日で回復しろ」
「無茶だ。終の森だぞ? どんだけ距離があると思ってるんだ」
アレッシオの機嫌が悪い理由は、それだけではない。
団長に「お前が面倒みろ」と、押し付けられてしまったのだ。
他人には言えないが、秘かに新婚気分を味わっているアレッシオにとって、ユーリの登場は邪魔以外の何者でもない。
毎日の様に愛でているトニーに、1週間も触れられないのだ。
「無能め」
「ええっ。酷くないか、親友だよね。俺達」
「今日から他人だ」
「えええ」
1週間は瞬く間に過ぎた。
不貞腐れるアレッシオとは対照的に、トニーの機嫌は良い。
ユーリから、アカデミー時代のアレッシオの話を仕入れ、ホクホクなのだ。
ユーリもまた、尊い時間を過ごしていた。
最も信頼する友人と、心優しい友人の恋人。
ユーリにとって、一瞬も悪意に晒されない日々が、どれだけ大切な記憶になったか、想像に容易い。
「ユーリ君、もう行っちゃうの?」
「早く行け。バカ王子」
「黙れバカッシオ。
ごめんね、トニー。お礼も出来ずに」
「ううん。……元気でね」
「ありがとう。そこのバカを宜しくね。本当は結婚式を開いてあげたいんだけど……きっと会う事はないから」
「けっ、結婚式?! 何言ってんの、ユーリ君!
僕達はそんなんじゃっ」
真っ赤になって慌てるトニーは、誰の目から見ても可愛らしかった。顔は平凡なのに、不思議である。
アレッシオはトニーの頭を撫でながら、ユーリを見る。彼には、これが最後だと分かっていたからだ。
「死ぬなよ」
「もちろん。アレッシオも幸せに」
「ああ」
王族である自分が、アレッシオを訪ねれば、森の民の存在が漏れてしまう。
二度と会う事はないだろう。
それでも、ユーリの心は晴れやかだった。
たった1人の親友が、心から安らげる場所を見つけたのだから。
「じゃあね。族長さん達にも、迷惑かけたって謝っといて」
「ああ」
ーーシュルン
◇◆◇◆◇◆◇◆
「エカテリーナ王女!
北東に大魔法を行使した形跡があります!」
「まあ、何処なの?」
「これは……終の森。終の森ですっ!」
ーーザワッ
終の森ですって? 魔物達ゴロゴロ居る所じゃない。
マナ探査機に引っかかる程の魔法を使える人は、限られてる。ピンク頭の可能性が高いわ。
「もし殿下であれば、恐らく転移魔法を使われたのでしょう。森は危険ですので、調査は不要かと」
そうね。転移魔法を使ったなら、もう終の森には居ないでしょうし。
………いいえ? ちょうど良い子達がいるじゃない。
私に従わない、生意気な部隊があったわね。
そこに調査させればいい。上手くいけば全滅してくれる。
私には、ピンク頭を捜索するという、大義名分があるんだもの。
「まって。念のため調べましょう。ただ、あまり人数を割く必要はないわ。第7騎士団を向かわせて」
「しかしっ。必要性が低い調査で、危険区域に騎士を派遣する訳には……」
「酷いわ! これは私のお兄様の捜索なのよ? 少しでも調べるのは当然じゃないっ」
「王女様ーーーー直ちに通達致します」
森の民が滅ぶまで、あとーー3日。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「トニー、本当に結婚式を挙げてみないか?」
「アレッシオまでバカな事言って。僕達は男同士なんだから、要らないでしょ?」
「私は結婚したい。村の人だって、私達の関係を受け入れてくれている。反対はされないと思うが」
「うーん。まあ反対はしないと思うよ?
でも必要なくない。このままで良いじゃん」
ユーリを見送った後、アレッシオは真剣に考えていた。トニーが自分のものだと見せつけたい。そんな願望も見え隠れさせて。
「しよう」
「……母さんに言ってみなよ。たぶん、僕と同じ事言うから」
だが、トニーの予想は外れた。
まさかの大歓迎である。治癒所に勤める母によって、アレッシオとトニーの結婚話は、あっという間に広まった。
「アレッシオ! 良かったな!」
「団長? 何がだ」
「ばっか、お前。結婚すんだろ? 式はどうする。手伝うぞ」
「え」
「トニー、おめでとう! 幼かったお前が立派になって……」
「おばさん、どうしたの?」
「嫌だよ、アンタ結婚するんでしょ? 式の料理は任せなっ」
「え゛」
娯楽の少ない村で、祝い事は大歓迎であった。
反対するどころか協力を申し出る者ばかり。
族長に至っては、儂が取り仕切る!と、息巻いている始末。
「……アレッシオ」
「なんだ」
「もうしよっか。結婚」
「っああ! 式はいつにする」
「さあ。たぶん族長達が勝手に進めてる」
「有難いな。だが、トニーの希望を無視されては困る。私達も準備に参加するぞ」
いつもの凛々しい顔は見る影もなく、アレッシオは破顔した。
嬉しそうにトニーの手を取って、2人は族長の家へ向かった。
0
お気に入りに追加
328
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる