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森の民編

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 社交界に衝撃が走った。


ーーカヴァリエーレの英雄。アレッシオ・カヴァリエーレが貴族の身分を捨てたーー


 既に噂には、尾ひれ背びれがつけられ、様々な憶測が飛び交った。
 真実を知るのは、家族と親しい友人のみ。
 アレッシオが文をしたためた中でも、わずか3名しかいない。
その中の1人。ユーリ・デメテルは、アレッシオを思い浮かべ、ボヤいた。


「はあ。お前が自由になったせいで、王宮ウチは大変だ。エカテリーナの機嫌が最悪すぎる」


 ユーリは、国王と侍女の間に生まれた王子だった。
それ故、宮内での扱いはあまり良くない。
 王族や高位貴族出身の妃達からは疎まれ、その子供にも冷遇されていた。
 初代王妃と同じ、サーモンピンクベージュの髪も、一役買ってしまった。
下賤の血が流れながら、何故初代の遺伝子を継いだのか。他の王族達からすれば、プライドが刺激されたのだろう。

 そんな訳で、彼が王族に馴染めないのも無理はなかった。
 ユーリに転機が訪れたのは、アカデミーに通い始めてからだった。
相変わらず、目立たない様に過ごしていた彼に、親友と呼べる友人が出来たのだ。
 彼等は、互いに外では言えない本音を話すのが常となった。
 秘密の共有で、固く結ばれた絆は、今も続いている。


「まさかお前ほどの男が、愛の為に人生かこを捨てるとはねぇ……。良いなー。いっそ俺も愛に生きようかなー」



ーーガシャンッ パリ ガシャッ


「はあ。また物に当たってるのか。陛下や貴族の連中は何で気付かないんだろ。アイツは聖女じゃなくて、悪魔なのに」



 そう。アレッシオとトニーの幸せは、間もなく壊される。聖女の皮を被った、悪魔によって。






ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー




 朝日が昇り、強い陽射しがアレッシオの顔を照らした。


「ん……朝か」


 自分の腕の中で、すやすや寝息を立てる最愛の人を見つめる。
 アレッシオの毎朝の葛藤は、ここから始まる。
 先に起きて、朝食の準備をしてやりたいが、起こしてしまうのではないか。
もっと強く抱きしめて、二度寝したら怒られる。
 可愛い寝顔に悪戯をすれば、夕飯を抜かれるかも知れない。
 これらは全て、経験に基づいた葛藤である。
それでもアレッシオに、起こさない様に起きる、という選択肢はなかった。 


「うんん……」


 アレッシオの熱い視線に耐えかねたのか、トニーが身じろぎする。
その拍子にシャツから胸の突起が見えた。


「……トニーが悪い」
「ん……ふっ、んん? ぁ……ああ」


 誘惑に負け、アレッシオは眠るトニーに悪戯を始めた。尚、トニーが起きた後も、悪戯だけで済んだかは別の話。








「もうっ! 朝っぱらから信じられない」
「悪かったって。でもトニーだって2回もイッたじゃないか」
「なっ!?」
「それにちゃんと中に出さずに、外に出しただろ」
「当たり前だバカヤロウーーーーっ!」


 顔を真っ赤に染め、ワナワナと怒りに震えたトニーによって、その細腕からは想像も出来ない、重いゲンコツがアレッシオの脳天を直撃した。



「ガウガウッ」
「いててっ。
ーー今開けるから待ってろ」


 ジンジンと痛む頭をさすりながら、アレッシオはドアを開けた。
すると、チビとチビ兄が勢いよく家に突入して来る。


「《おはよう、トニー、アレッシオ~》」
「《トニー、ご飯ちょーだい……あれ、アレッシオ、頭どうしたの。何そのたんこぶ》」
「チビ、チビ兄。そんな奴、放っときなさい。挨拶だってしなくていいから」
「《なんだ、またトニーにちょっかい出したのか》」
「《アレッシオは懲りないなぁ。そっか。トニーからアレッシオの匂いが強いと思ったら、マーキングしたてだったんだ》」
「《あっ、こら、お前…》」
「ふ~ん? 今日は朝ごはん要らないんだね。チビ」
「《はっ! しまった。オイラついっ》」



 繰り返す日常は、ゆったりと進み、着実にアレッシオを村の一員へと押し上げる。
 


「そろそろ出ないとじゃない?」
「ああ、もうそんな時間か。チビ行くぞ」
「《おうよっ》」


 村に戻ってから2ヶ月。森の民の血を引いていない彼に対し、村人達は慎重だった。
 一族に迎えるのと、客人では全く違うからだ。
 現在はお試しとして、青年団に入り、団長に扱かれている。
 元々の頭の良さと、公爵家で学んだ経験により、アレッシオはメキメキと頭角を現した。
最近では青年団の仕事とは別に、幼い子供を持つ親に頼まれ、デメテル国の歴史や文化を教えたりもしている。
 村人の誤算だったのは、彼が貴族の中の貴族であった事だ。
 アレッシオから様々習った子供達は、一様に上品になって帰って来た。
はじめは喜んだものの、あまりに行儀の良すぎる姿に、次第に大人達は焦り始める。
「子供よりも先に、自分が教わった方が良くないか」
 さすがに、大の大人達は諦めたが、トニーの少し下ぐらいの若者達は、こっそり教わりに来たとか来ないとか。




「ガルッ!」
「どうした、チビ」


 集会所に行く道中、チビが突然辺りを警戒しだした。
しかし、アレッシオに森の民の力はない。
ーーが、直感力で、チビが異変を感知したが、危険性が低い事を察する。


「よし。私を案内してくれ」
「ガウ」


 森の境に近い所まで行くと、5頭のビッグボアが何かを取り囲んでいた。


「チビ、あのビッグボアは味方か」
「ガウッ」


 コクリと頷いた事を確認し、アレッシオは距離を縮めた。


「君達。どうかしたのか?」
「ブギっ? ブギブギ」
「ガル、ガルガル」


 どうやらチビと違い、普通の魔物には人間の言葉は解らない様だ。
 チビに翻訳をまかせ、ゆっくり近づくと、仮面を被った人間らしきものが倒れていた。
あまりにピンと身体を張った状態で硬直しているせいで、少しおかしい。


「変な格好」


「《おい、何があったんだ》」
「《お前、トニーのとこの奴だな。
聞いてくれよ。この人間が、森に迷い込んで来たから、追い返そうとしたんだ。
そしたら、俺達を見て気絶しちゃった。どうしよう》」
「《ずいぶん情けないな、外の人間は。
分かった。コイツはアレッシオが何とかする。お前達はもう行って良いぞ》」
「《助かるよ! 頼んだぞ》」
「《任せろ》」
「「「《じゃあねー、アレッシオもー》」」」


 ビッグボア達は、巨体に反して小さい尻尾を、円を描く様にブンブン振り回し、のそのそ去って行った。


「ん、もうどっか行くのか」
「ガウッ」


 チビはジェスチーでビッグボアが挨拶している事を伝える。


「ああ……もしかして、あの尻尾の動きは挨拶なのか?」
「ガウガウ」


 チビが「そうだ!」と、アレッシオの足に頭を擦り付けた。


「なるほど。
またなーー」


 少し声を張って呼び掛ければ、ビッグボアは足を止めて振り向き、尻尾を振るのを止めた。


「さて、仮面を外させてもらうか……っ!?」
「ガウ?」


 アレッシオの両目は驚愕で見開かれた。
何故なら、仮面の下によく見知った友人の顔があったのだからーーー…


「何で、ユーリが」


 彼は迷った。ユーリの事を信頼していない訳ではない。しかし、王族を村に連れて行くのは危険だ。
 何より、自分の居場所は父にさえ教えていない。
それなのに、どうして此処で倒れていたのか。

 アレッシオは、チビにユーリの素性と性格を伝え、団長の指示を仰ぐよう言いつけた。


「ガルルル!」


 ものすごいスピードで、チビはあっという間に森を駆けた。
 他に人間は居ないか警戒しつつ、一言謝ると、ユーリの服や手持ちの物を物色する。


「魔道具や信書の類は持っていない様だな」


 恐らく偶然で、自分とは無関係だろうと、アレッシオは一息いたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆


「あら、どうしたの。騒がしいわね」
「エカテリーナ様っ、大変です!
ユーリ王子が、盗賊に襲われ行方不明です!」
「そんなっ! ……ああっ、なんて事なのっ、お兄様っ、どうかご無事で!」


 宮内がバタバタと騒がしいから、王城に来てみれば、あの忌々しいピンク頭が消えたらしい。
 良い気味じゃない。
 笑いが溢れそうになって、仕方なく泣いている風に装った。
城の連中はあっさり騙されて、私の優しさに感銘を受けている。
 ふふ。なんて扱い易い者達なのかしら。


 そう言えば、今日だったわね。
留学の件で、帝国の大使と会う予定は。

 どうせ名ばかりの王族の男に、誰も本気で捜索隊なんか出さないわ。
そのままでも良いけど……そうね。私が騎士を貸してあげようかしら。
 見放された王子あににまで、力を尽くす私。
良いわ。私の評判を上げるには、ちょうどいい。
 生きてても、死んでても、見つかりさえすれば良いんだから。


「誰か」
「ハッ、こちらに」
「ユーリを見つけて来て」
「承知しました」



「はあ。アレッシオ様はどうされているのかしら。
公爵の話では、サザンの追っ手に負わされた傷が開いて、長期療養の為、家を移ったって言ってたけど……。
早くお会いしたいわ」


 そうだわ。いっそ公爵夫人はやめにして、女王になろうかしら。
 もしアレッシオ様の傷が、後遺症が残るほどのものだったら、恐らく継ぐのは、弟のホードン。
 だったら私が女王になって、アレッシオ様をもらってしまえば良いのよ!
 そうよ! お父様も貴族の令息達も、みーんな、私に甘い。国民なんて、馬鹿ばっかり。私を聖女だと祀って讃えてるらしいじゃない。
 ハッキリ言って、お堅い王太子あにより、私の方が人気も人望もある。
 悪くないわ。そうね、そうしましょう。

 ああ。早く迎えに参りますわ、アレッシオ様。
そして、貴方様を惑わす平民の泥棒猫は、私がしっかりとお仕置きして差し上げましてよ?


 
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