俺TUEEEに憧れた凡人は、強者に愛される

豆もち。

文字の大きさ
上 下
33 / 58
森の民編

しおりを挟む



 無事釈放されたマール公爵と弟のホードンは、家族の再会を噛み締めていた。


「お父様っ、ホードン!」
「嗚呼っ……ミーニャ」
「姉様、兄様ー!」


 父に駆け寄り、人目を憚らずボロボロと泣き縋るミーニャの姿は、周囲の同情を誘った。
 抱き合う公爵と公女の隣で、アレッシオとホードンは、熱い抱擁を交わす。


「ホードン、痩せたな。身体は大丈夫か」
「兄様こそ痩せられましたね。ずっと信じていました。本当にっ、この日をっ」


 兄の鍛え上げられた胸の中で、ついに我慢していた涙が溢れた。言葉に詰まり、ぎゅっと背中に回した手でアレッシオの服を掴む。
 

「よく頑張った。お前は自慢の弟だ」
「ううっ……兄様、兄様あぁっ!!」


 宥める手はそのままに、アレッシオは父と妹を見た。
すると、同じ様にマールもミーニャを宥めながら、此方を見ていた。
 弟よりも、数倍痩せこけた父の姿に、アレッシオは胸を痛めた。
 偉大で大きかった父が、小さな老人の様に見えたからだ。
 動揺を隠せないアレッシオに、マールは力強く頷く。
たったそれだけの動作が、アレッシオの心を軽くさせた。



 事件の結末を話しながら、彼等は激動の1年を埋める様に、たくさんの出来事を話した。
 残ってくれた仲間達の話。潜伏中の話。はたまた獄中の囚人達の話まで。


「お兄様はね、アジロ村の近くの集落でお世話になったのよ。私、ビックリしちゃった。だってお兄様ったら、自分で食器を洗ったのよ?」
「え゛……兄様が?」
「ほう、それは興味深いな。しかし、アジロ村の近くに集落など在っただろうか」


 アレッシオはギクリとした。当然、森の民についても、終の森についても話していない。
 青年団が連絡を取り合ったのも、その集落で一時的に世話になっている旅人、という設定だったはずだ。
 このまま話を続ければ、公爵として、絶大な権威を誇った父にはバレてしまうだろう。
そう思ったアレッシオは、直ぐに別の話にすり替えた。




 食事も忘れ、家族は話し続けた。
やがて心配になった使用人達に、食堂に連行されるまで、話は尽きなかったという。





 一夜明け、マールはアレッシオを呼んだ。


ーーコンコン


「失礼します、父上」
「……本当に立派になったな、アレッシオ」
「父上?」


 しみじみと目を細め、息子の姿を映す。
 信頼したサザンに裏切られ、罪を負わされた自分を、息子と娘が晴らしてくれた。
自分は塀の中で、何もしてやれなかったと言うのに。
 アレッシオの顔の、何と眩しいことか。
 マールは潮時だと感じた。今のアレッシオなら、十分公爵の器に相応しい。
 恐らく、今まで以上にカヴァリエーレを発展させて行くだろう。
 息子が巣立つ寂しさと、誇らしさで、マールの瞳は潤んだ。


「アレッシオ。私は老いた。サザンの奴の裏切りにも気付かず、まんまと嵌められてしまった。
お前達や皆をこの様な目に遭わせた。ーー私は隠居しようと思う。カヴァリエーレを、お前に託したい」
「何を。貴方が老いたなどと……。カヴァリエーレには父上が必要です。今回力を貸してくれた者達も、父上を信じての事です! そんな事仰らないで下さい」


 マールは思う。本当にそうであろうか。
いくら冤罪と知っても、勝ち目のない戦いに、貴族の当主が身を投じたりなどしない。
 必ずこの者なら勝つ。今、恩を売らずして何処で作るのか。そう思わせる事が出来たからこその、今回の結果だ。
 それ程までに、アレッシオの求心力と、かけられた期待が大きいに違いない。
 これは私の過去の功績による信頼ではない。アレッシオに対する期待が生んだ、勝利なのだ。


「既に陛下にも、近々爵位を譲ると話した」
「陛下にですか」
「ああ。釈放される前日にいらっしゃってな。自ら牢を開け、王城の部屋へ案内して下さったのだ」
「そんな事が……」
「その時に話した。迷っていると。
だが陛下は直ぐにこう返された。
『その心配は、全く不要なものだ』と。そして昨日、確信した。お前は私より優れた当主になる。カヴァリエーレの歴史に名を残す男だ」


 父に認められた。父を超えたと言ってもらえた。
大貴族の嫡男として、これほど嬉しい言葉はない。
 アレッシオはその言葉を噛み締めた。
そして、もう何も執着するものは此処にはない。そう思った。


「父上、ありがとうございます。
ですが、私は家を出ようと思います」 
「何だと?」
「私が今こうして、再び父上とホードンに会えたのも、ある人のおかげです。これからの人生、私はその人と共に在りたい」
「何という事だ…そんな事が許されると思っているのか!」


 ダンと机を叩きつけ、マールは激昂した。
しかし、アレッシオの顔は晴れやかだ。


「父上、私は誰に反対されようと出ます。
ですから、誰の許可も必要としません」
「私には、お前の選択が理解出来ん。その者を呼び寄せては駄目なのか?
我が息子ながら、愚かな事を」
「申し訳ありません」
「…………気が変わったら、いつでも戻って来い。それまで、この椅子は私が守ってやろう」


 アレッシオは何も応えなかった。
 友人や世話になった者達に文をしたため、ミーニャとホードン、屋敷の者に軽い挨拶を済ませ、家を出た。



 愛するトニーの元へ。







ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー



「ガルガルルルゥ」
「どうしたの、チビ」
「《アレックだ! アレックの匂いがする!》」
「えっ」



 青年は、持っていた薪を驚きのあまり、全て落としてしまった。
 だが、彼には薪など、どうでも良かった。


「どっち!」
「《西の入口の方。こっちに向かってるよ!》」
「っアレック!」


 青年は駆け出した。1日だって忘れた事はなかった、大切な者の所へ。




「はあ。まいったな。森に着いたはいいが、村の場所が分からない。探知魔法にもヒットが出ないな……地道に探すしかーーー」


 声が聞こえた。
 毎日夢に見た、愛しい者の声が。


「……とにー? トニー! 居るのか!」
「ーーック、アレック!」
「《居たっ! アレックだ。アレックが帰って来た》」


 アレッシオは馬から降り、声が聞こえる方へ目を凝らす。

 それは、約2年ぶりの再会であった。
アレッシオとトニーは、喜びの涙を流す。


「嗚呼、トニー。会いたかった! 何も言わず出て行った私を許してくれ」
「僕も。僕も会いたかったよ、アレック。怒ってるけど、許すよ。だって絶対また会えるって、信じてたから」


 お互いの存在を確かめる様に、2人は抱きしめ会った。
トニーの手には、シワだらけの紙切れが握られている。
それは、あの日、アレッシオがトニーに宛てて書いた物だった。


『トニー 必ず幸せにする』


 たったそれだけの、諦めの悪い、情けない男のメッセージを。



「本当にすまないっ。でもこれからは、ずっと一緒だ。片時も離れたりはしない」
「それはちょっと……重いかな」
「トニーっ?」
「ふふっ。嘘だよ。ずーうっと一緒に居ようね!」
「ああ。………それと、トニー。実は私の名前は、アレックではなく、アレッシオと言うんだ」
「何ソレ。ありえない。今まで音沙汰もなく放置された事よりも、ずっとありえない!」
「わ、悪い。トニーを巻き込みたくなかったんだ」
「はあ? 信じらんないっ。ーーでももういいや。

おかえり、アレッシオ」


「ただいま、トニー」




 彼等は互いに幸せにする事を誓った。
 2人は幸せだった。幸せな日々が、続くはずだった。



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...