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森の民編
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しおりを挟む(アレッシオ視点)
「アレック。今日連絡を取ってくるから、5時くらいに集会所に来い」
「分かった。頼む」
きっとミーニャは、直ぐにでも迎えに来るだろう。
あまり時間をかけたくないはずだ。
ーー今日が、トニーと繋がれる最初で最後の夜かも知れないな。
付き合い始めた日から、幾度となく“トニーが普通であれば”と、考えた。
森の民は、国も把握していない可能性が高い。隠し続ける為には、文通も叶わないだろう。
連れて行きたい。側にいて欲しい。自分を選んで欲しい。
私は、いつからこんなに陳腐な欲を抱く様になったんだ。
生まれてから21年間。次期当主になるべく学んできた。カヴァリエーレの為なら、自分の望みなど捨てて生きてきた。
それなのに。初めて恋い焦がれた者を、自分で手放さなきゃならないとは……。
今まで馬鹿げた事と、見下していた報いだろうな。
どうか、トニーの傷が浅く済む様にしたい。
幸せになって欲しい。だが、幸せにするのは、私でありたい。
「ただいまーっ。卵いっぱいもらっちゃった。お昼は卵料理にしよっか」
「おかえり。すごい量だな。じゃあ、キノコのオムレツがいい」
「ふわふわのやつね、任してよ」
「ああ」
トニーは面倒見が良い。村の子供達の遊び相手になったり、字を教えたり。たまに、忙しい家庭の料理も作ってやってる。
だから、村人からの信頼も厚く、よくお裾分けをもらって、両手が塞がった状態で帰って来る。
誰からも愛されるトニー。お前を連れて行ったら、殺されそうだ。
この笑顔を、あと何回見られる。村に画家が居れば、たくさん描かせたものを。
「トニー、今日はもう仕事終わったんだろ?」
「うん」
「天気も良いし、チビと一緒に湖に行かないか」
「良いねっ。ついでに晩用に魚釣ろう」
「そうだな」
慣れた手つきで根野菜を切り、湯気が立ち上る鍋に入れていく。
今度はキノコを空焼きし始めた。こちらまで、香ばしい良い香りが漂ってくる。熱された鉄鍋にバターがジュッと溶ける音。リズム良く卵をかき混ぜる音。
穏やかで、平凡な毎日が続けばいい。
カヴァリエーレを復興し、同胞の安全が確保出来たら。まだトニーが私を待ってくれていたら。
全てを捨てて、必ずお前のもとへ行くと誓おう。
だからどうかーー私を忘れないでくれ。
「出来た。はい、召し上がれ」
「美味そうだ」
トニーが作る料理は、屋敷の料理人が作るものに比べて、味が控えめだ。
初めは薄いと思ったが、今では屋敷の味が濃く感じてしまいそうだ。
味覚までトニーに影響されてしまった事に、笑いが漏れた。
突然笑い出した私を、彼は気味悪そうに見るが、その視線でさえも幸福感で満たしてくれる。
「何。美味しくないの?」
「まさか。美味いよ。笑っちゃうぐらいに」
「はぁ? アレックってば、時々変だよね」
「そうか?」
「そうだよ」
自分がついた嘘のせいで、トニーは私の部下の名前を呼ぶ。
いつか、アレッシオと呼んでくれるだろうか。
「「ごちそうさま」」
「トニー、皿洗いはやる」
「そう? じゃーお願い。僕は納屋から釣竿取ってくるね」
公爵家の人間が皿洗いをしていると知ったら、貴族達はどう反応をするだろう。見てみたいな。
アレックは倒れそうだ。使用人達は腰を抜かすかも知れない。今度やって見せるか。
「なあにぃ~? 洗い物しながら、ニヤついちゃって。いやらし~」
「ん? ああ、本当だ」
「自分で気付いてなかったの?」
そうらしい。ずいぶん丸くなったものだ。
「…まさか、今日の夜のこと、その、想像してた……とか?」
頬を紅く染めて、もじもじと恥じらうトニーは、とても可愛かった。今すぐ抱きしめて、口づけたい衝動に駆られるが、我慢だ。我慢しろ。
「そうくるか。トニーは私を試しているのか?」
「ちがっ! なっ、何でもないから忘れて!」
あ゛~~~、早く抱きてえ。
ーーーー
ーーー
「チビ、湖行くぞー」
「ガウッ (行くーっ)」
「ふふ。チビったら、すっかりアレックに懐いちゃって」
「《アレックは強いからな。強い奴には従う》」
「単純だなー、お前は」
「チビは何て言ってるんだ」
「アレックが強いから好きだって」
「そうか。良い子だ、チビ」
ワシワシと頭を撫でてやると、気持ちよかったのか、腹を見せてくる。撫でろってか。
「《ふぅ~。トニーに負けず劣らず、撫でるのが上手い。もうちょっと右も、お願い~》」
「あはは。アレック、チビがもう少し右を撫でろって」
「……はいはい」
「グルグルルウ」
村から10分。さらに森を奥に進んだ所に湖はある。
底までくっきり見える程、水は透き通っているが、実は水深がかなり深い。
それ故、子供は立ち入れない決まりになっているらしい。
「静かだな」
「そうだね。ありゃ、眠くなっちゃった?」
「《ちょっと休憩。トニーも寝たらぁ》」
「うん、それも悪くないね。
アレック、せっかくだから僕らもお昼寝しようよ。魚も獲れたし」
「ああ (5時まで時間もあるしな)
おいで」
上着を草の上に敷いて、寝転ぶ。
腕を広げて、反対の手でたたけば、トニーは素直に腕に収まった。
「腕、痺れても知らないよ」
「大丈夫。軽いから」
「むぅっ。僕の頭にはずっしり脳みそが詰まってるんだからね」
「ハハ。そうだな、重い」
「そうやってバカにしてぇ~」
生い茂った木の枝から漏れる、暖かい光とトニーの体温が、私を眠りへ誘う。
心地良い微睡みの中で、夢を見た。
私は、不思議な場所に立っている。
見た事がない冷たい硬質な壁で出来た高い建築物と、目がチカチカ霞む光源体。人を乗せて自動で走る、四角い物体。私じゃない、誰かを呼ぶ声。
「カケルー、塾終わったらコンビニ行こうぜ」
「おう。アイス食いてえ」
「それは寒くね?」
「うっせ。ほら授業始まるぞ。後でな」
アカデミーなのだろうか。狭い部屋に20人くらいの生徒が肩を並べ、私は文字の様な記号を写している。
指導者がしめると、生徒達は次々に部屋を出た。
あの光る板は何だ。魔道具か?
「なあ。コンビニの前、騒ついてね」
「みたいだな。何かあったのか」
「キャーっ」
「人殺しー!」
「逃げろ!」
「助けてっ」
逃げ惑う人々。何故、私は呑気に立っているんだ。
まさか、足がすくんで動けないのか。
「逃げろっ! カケル!」
「あっーー…」
「起きて! 起きて、アレック」
「んっ……トニー? 傷はっ! 何も、ない……」
「大丈夫? うなされてたよ」
「……夢か。大丈夫だ。そろそろ戻ろう」
「うん…」
帰る途中、集会所に寄ると言って、トニーには先に行ってもらった。
「邪魔する」
「おお、ちょうど良かった。今、外の部隊が戻って来たところだ」
「そうか」
「ほらよ」
団長から渡された手紙は、ミーニャによって書かれた物だ。
良かった、ミーニャ。無事なんだな。
手紙には、私を気遣う言葉と王都の状況、貴族の動きなどが記されていた。
「何だって?」
「アジロ村は、ここからどのぐらいだ」
「アジロか。そこなら馬で半日だな」
「半日か。ーー2日後、そこで落ち合う事になった」
あと1日もないな。
本当に、最初で最後になったか。
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