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森の民編
森の民が滅んだ日
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森の奥深く、彼等は静かに暮らしていた。
そんなある日、1匹の魔獣が青年に異変を伝える。
全ては、そこから始まった。
「わっ。どうしたの、チビ」
「《血まみれの人間が居る。食べて良いか聞いて来いって》」
「まだ生きてるなら、ダメだよ。そこに連れてって」
「《こっち》」
子ライオンの様な見た目の獣に連れられ、青年は1人の騎士を発見する。
身体のいたる所から血を流し、大木にもたれる様に座っている。
とうに意識はないはずの騎士は、それでも剣を地面に突き刺し、周りを威嚇していた。
「あの、生きてますか?」
チビと呼ばれた子ライオンを抱き抱え、少し遠くから声をかける。
だが、返事はない。
「もうちょっと、近付いても大丈夫かな」
「《襲い掛かって来たら、オイラが噛み殺してやる!》」
「あはは。頼りにしてるよ、チビ」
「《おうっ》」
ゆっくりと近付き、完全に意識がない事を認めると、青年は騎士の胸に耳を当て、心音を確認した。
「良かった。生きてる…」
「《えー。じゃあ食べられないの?
こんなにボロボロなのに》」
「とにかく村に運ぼう。おーい、出ておいで~」
ーーガサガサ
青年が声を張ると、茂みの中から2mはある巨体のライオンが3匹、姿を現す。
「誰かこの人間を背に乗せてくれないかな?
僕じゃ重くて運べないから」
「《食って良いのか?》」
「ダメ。治療する為に、村に連れて行くの。お礼にお肉をあげるよ」
「《……我の背を貸してやろう。お前達、その人間を乗せろ》」
「ありがとう、皆んな。助かる」
1匹が身体を伏せ、乗せやすい様にすると、他の2匹は牙で傷付けない様、慎重に上に乗せた。
「《よし、乗ったな。よくやった、お前達。
我が落とさぬよう、ついて来い》」
「「《は~い》」」
「ふふっ、お利口さんだね。
ありがとう、君達の分もお肉用意しなきゃね」
「「《やったぁ!》」」
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
騎士は見慣れぬ天井で目を覚ました。
「ここ……は (森じゃない。敵に捕まったのか?)」
「あっ! 目が覚めた? お兄さん、森で傷だらけになってたんだよ」
「(……眩しい、天使? よもや死の間際に、そんな迷信じみた存在に出会うとは)」
「あれ、お兄さん聞こえてる? もしもーし。ひょっとして耳聞こえないのかな」
「(ずいぶんイメージと違うな。騒がしいし、子供っぽい) 聞こえている」
「なぁんだ。だったら返事してよ。ねっ、身体はどう」
青年に問われ、騎士はゆったりと上半身を起こした。
そして、手やら腹を確認し、歪に巻かれた包帯を見た。
「……お前が巻いたのか」
「うんっ。母さんにお願いしたんだけどね、拾った人がちゃんと世話しなさいって、言われちゃった」
「(拾った…此処は、まだ天国ではないのか。ならば何処だ。あの森を抜けたのか?) そうか、感謝する」
礼を言われ、青年は嬉しそうに「えへへ」と、笑う。
騎士は、その笑顔に毒気を抜かれた。自分は何に警戒していたんだろう。少なくとも、目の前の青年は自分を傷付けない。そう、安心出来た。
「とりあえず、お水飲んで。あ、ゆっくりだよ?
ご飯は食べれるかな。煮込んでどろどろにしたスープとかなら作れるけど」
「ああ、すまない。ところで、君は誰だ」
「“お前”じゃなくて良いの? さっきまで動物みたいにピリピリしてたのに。
ーー僕は、トニーだよ」
「すまない。気が立っていたんだ。
トニーと呼んでいいか。私は、アレッ……アレックだ」
騎士は逡巡し、本名を隠した。名を明かす事で、この優しい青年が巻き込まれる事を恐れたからだ。
「? そっか、じゃあ僕もアレックって呼ぶね。
今スープ作るから、お水飲んだら横になってて」
アレックはトニーの言葉に従い、ゆっくりと喉を潤した後、横になった。
そこでようやく息をつき、何故こうなったかを思い出す。
「(ーーあの古狸。先代からの恩を仇で返すとはっ!
他の連中は無事だろうか。ミーニャやアレックは生きているのか)」
ーーカランカラン
ドアが開く音に、アレックは息を止めた。
とっさに剣を探すが、辺りにそれらしき物はない。
「(くそっ、まさか追っ手が……っ?!
魔物! 森から餌を求めて下りて来たのかっ。マズイ、せめて彼だけでも逃さなくてはっ) おいっ! 逃げーーー」
「チビ~来たのか。あれ、チビ兄は?」
「ーーは?」
トニーに名前を呼ばれ、魔物は嬉しそうに駆け寄った。
彼は調理の手を止める事なく、野菜をすりおろしてる。
魔物は気になるのか、トニーの脹脛のあたりを尻尾でスルンと撫でた。
「ごめんね。コレはチビのじゃないんだよ。
あとで違うの作るから、騎士さんの様子見てて」
「《やっと目覚めたのかっ。分かったー》」
アレックは、トニーと魔物の様子を見て、トニーがテイマーだと確信する。
理由は簡単だ。魔物の中でも、魔獣は知能が低いとされ、テイムしない限り、言語が理解出来ないとされているからだ。
「がうっ、がうがう (寝坊助、起きたかー)」
「(本当に来た。ウルフとは違うな。耳が丸い。これは成体なのか? いや、トニーはチビと呼んでいたな。では子供か)」
「がうぅ」
「挨拶してくれているのか? おはよう」
「がう (違う)」
アレックは勘違いしたまま、チビの頭を撫でた。
トニーよりも大きな手は、繊細というより荒々しい手つきだった。しかし、チビはお気に召したらしい。
掛け布団の上によじ登ると、ペタリとアレックにくっついて丸まった。
「(認めてくれたのか? 柔らかい毛並みだ。きっとトニーが手入れしているんだろう)」
「ごろごろごろ」
「お前、猫みたいだな」
「がうっ(なにっ)」
出来上がった野菜スープをペロリと平げ、トニーに包帯を直してもらう。チビと一緒に寝る。
そんな毎日を2週間程続けた結果、アレックはほとんど回復した。
「うん、傷も綺麗に塞がったね。ババ様の薬、すごいでしょ」
「ああ、本当に。それにトニーがつきっきりで看病してくれたからな」
「っもう! 揶揄わないでってばぁ」
「がう (オイラも看病したぞっ)」
その間、2人の関係は大きく変化していた。
アレックはトニーを好ましく感じる様になり、猛アプローチを始めたのだ。
トニーも満更でもないらしく、今アレックがやった、髪を掬ってキスを落とす仕草に、心拍数が爆上がりしている。
「トニー、眠い。一緒に寝よう」
「ええっ。今、朝ごはん食べたばっかりじゃん」
「ダメか?」
「ううっ、1時間だけだからね!
まったく。僕は抱き枕じゃないのにっ」
文句を言いながらも、ベッドに入りアレックに身体を密着させる。
アレックは、トニーを優しく抱きしめると、再び眠りに落ちた。
「《トニー。甘やかしすぎじゃないか?
オイラも一緒に寝たいっ》」
「そっ、そんな事ないよ。怪我人だから優しくしてるだけ」
「《でも最近、毎日そうやってくっついて寝てる。
アレックはトニーに毛づくろいしてるし》」
穏やかな寝息を立てるアレックにつられ、トニーの目蓋も次第に重くなる。
一定のリズムで刻まれる心音もまた、トニーの眠気を促した。
「くすっ。毛づくろいって何。人間はそんな事しないよっ」
「《本当だぞ。明け方になると、トニーの髪を手でとかしたり、頭を唇で啄んでる。
それって毛づくろいだろ?》」
「えっ、この人そんな事してたの?!
……別に起きてる時にすれば良いのに」
アレックの行動に、トニーは本気で気付いていなかったらしい。
明け方、こっそりと髪を弄りながらキスを落とす姿を想像して、トニーは少し残念に思った。
「《ね、毛づくろいでしょ?》」
「あはは。ちょっと違うかな。それはねーー」
「《それは何だ。トニー? 寝たのか?
オイラも寝よっ》」
気持ち良さそうに眠る2人を邪魔しない様、静かに近付いて、顔の近くに身体を寄せ、丸まった。
始まったばかりの、彼等のささやかな生活は、やがて国を巻き込んだ事件へと発展する。
森の民が滅びるまで、あとーーーー…
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