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王都編
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ルーカスの顔を懐かし気に見つめ、ユリウスはポロポロと涙する。
頬も痩け、痩せ細った彼の姿は、痛々しささえ感じさせた。
明らかに自身に起因するものだと理解したルーカスは、困惑の中に居た。
ディオンもまた、そうだった。
しかし、困惑した理由は、ルーカスとは異なる。
ディオンは、王弟殿下の視線に愛情に似た何かを感じていた。
交わる事のない、初対面であるはずの王族と愛しいルーカスの間に何があるのか。
ルーカスが攫われてしまう。そんな根拠のない予感が、ディオンの頭の中で警鐘を鳴らすのだ。
「もしや、ご気分が優れないのですかな?」
やけに意味あり気な空気を物ともせず、アダムはユリウスに声をかけた。
だが、アダムの言葉には、これっぽっちの心配も含まれていない。それを隠しもしない図太さが、アダムを最高峰の学者へと押し上げたのだろう。
「いや、気分はとても良い。
すまないね、急に大の男が泣き出して困らせただろう。さっ、君達もお座り」
ユリウスに促され、ルーカスとディオンは着席した。
「っ!(何コレっ。めっちゃ、ふかふかぁ~っ)」
包み込む様に沈んだソファーに、ルーカスは瞳を輝かせる。
声に出さぬよう、必死で興奮を抑えている様だが、バレバレだった。
ディオンはその様子を見て、少し平静を取り戻し、ユリウスは愛おしい者を見るかの如く、目を細める。
「さて、揃った事ですし、招待して下さった理由をお教え頂きたい」
「アダム卿はせっかちだね。せっかく天気も良いんだから、もう少し楽しんでからでも良いんじゃないか?」
「いいえ、殿下。そうはいかないのですよ。
私が王太子殿下にお聞きした件。当然、信憑性のない噂だと跳ね返されると思っておりました」
「あの子に何を聞いたんだい?」
アダムは探る様な目をユリウスに向けた。
しかし彼は、気にする素振りもなく惚けてみせる。
「ご冗談を。予想通り、陛下は突っぱねました。
しかし、貴方だけは違った。こうして我々を招いて下さった。
王弟殿下、貴方様は心当たりがお有りなんですね」
「ふふ。質問じゃなくて、断定なんだね。
私の答えは、こうだよ。ーー根も葉もない噂で、王太子を混乱させた者達に会いたかった。それだけだ」
ユリウスはあくまで、笑顔を崩さなかった。
物騒な物言いとは裏腹に、彼はあまりにも無害に見えた。
「(アダム卿の揺さぶりに、全く反応しない。
生まれつき病弱で、政に関心を示さないと聞いていたが、やはり王族と言うべきか。駆け引きに慣れている)」
アダムもディオンも、見事に呑まれていた。
この場の誰よりも弱く見え、企み事など一切した事がない様な出立ちの彼に。ただ、1人を除いて。
「(ヤベー、牽制されてんじゃん。教授め。本当に余計な事してくれたな!
……あっ、このお茶うま)」
「おかわり要る?」
「へ? あっ、申し訳ありません。美味しかったもので」
ユリウスに指摘され、ルーカスは空のティーカップに気付いた。
一気に飲むのは、マナー的にいかがなものかと思うが、ユリウスは気にしなかった。
むしろ、慌てる姿に愛嬌を感じたぐらいだ。
「ザード、君の淹れ方が良かった様だ」
「恐縮でございます。ルーカス様、おかわりをどうぞ。そちらの焼き菓子も、お召し上がり下さい」
「あ、はい。いただきます」
ふわっと口に広がる芳醇なバターの香りと甘さ。濃い目に淹れられた紅茶が、菓子のくどさを和らげ、絶妙なバランスを保っている。
日頃モンフォール邸の豪華な食事に、舌鼓を打っていたルーカスだが、それを凌駕する味わいに夢中になった。
パクパクと食べ進め、アダムとザードを驚かせている。
「ルーカスはよく食べるな。
屋敷でもそうなのか、モンフォールの」
「甘いものは好んで食べていますが、今日は特に気に入った様です」
半ば呆れながら言うアダムに、ディオンは苦笑しながら答えた。
「若者がたくさん食べるのは、良い事だ。土産に違う種類の菓子も持たせてやろう」
「王弟殿下、その様なお気遣いは……」
「なに、私がしたいんだ。
ルーカス君も食べたいだろう?」
「(あわわっ、俺1人でほとんど食っちゃってる!) えと、たくさん頂いたので十分です」
「そう言うな。君が大好きなアップルパイもあるよ」
大好物の名前を出され、ルーカスはつい頷いてしまった。
ユリウスは満足そうに頷き、ザードに指示を出す。
その後も、特に当たり障りのない会話が続き、ルーカスはすっかり緊張を解いていた。
一方で、年の離れた兄弟の様に、和やかに会話を楽しむユリウスとルーカスを、ディオンは険しい顔で観察した。
アダムはと言うと、全く実りのない無関係な話ばかりに、飽きた様だ。背もたれに身体を預け、つまらなそうにしている。
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
日も暮れ、木々から漏れる光は、オレンジ色に染まる。
今日の為だけに用意された、テーブルセットに1人座り、ユリウスは目を閉じた。
「ユリウス様。そろそろお戻りにならないと、お身体に障ります」
「もう少し、こうしていたいんだ」
心配するザードの声を制し、ユリウスは先程まで一緒に居たルーカスを思い出していた。
「あの少年が、ユリウス様が待ち望まれていたお方なのですか」
「……そうだけど、そうじゃない」
次第にユリウスは、記憶に浸っていく。
彼と同じサーモンピンクベージュの髪を持つ男は、兄と慕う黒髪の男と、その恋人でアンバーの髪を靡かせる男と一緒に居た。楽しい映像は、やがて悲劇へと変化する。
「ーー会いたかったよ、トニー。
本当に、戻って来てしまったんだね……」
再び涙を流す彼を、ザードは何も言わず、静かに見守った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
はー、どうなる事かと思ったけど、杞憂だったな。
すんげー気さくな人だった。親戚の叔父さんって感じ?
「何だよ、ディオン。そんな難しい顔して」
お土産までもらって大満足の俺は、馬車の中でダラケている。
ディオンも咎める事なく、好きにさせてくれている。
ーーと言うか、考え事をしているらしい。
「ルーカス。本当に、王弟殿下とお会いした事はないのか?」
「だーかーらっ、何回も言ってるだろ!
今日初めて会ったってば!」
「だったら何故、ルーカスの顔を見て泣いたんだ。
それに好物がアップルパイと、どうして知っている?
……オレはそんな事、知らなかった」
まあ、言ってないからな。
だって、この国ってクリーム系のケーキが主流で、パイあんまねぇんだもん。
村に居る時に焼こうとしたけど、パイ生地の作り方が分からないくて、結局タルトになったし。
それにーーーー…
「あの人は、俺を見て泣いたわけじゃないと思う」
「ああ?」
「ガラわりーな。たぶん、俺を通して他の誰かを懐かしんでたんだ」
「誰かって誰だ」
「んなの知るわけないだろ。
ただ、その人には……もう会えないんじゃないかな。
アップルパイも、その人の好物な気がする」
俺と良く似た、他の誰か。だけど、その人物はきっと亡くなっている。
俺が王弟殿下に妙な懐かしさを覚えたのも、殿下のあの眼差しのせいに違いない。
その日の夜。俺は夢を見た。俺にそっくりな若者と、その彼を大事そうに見つめる誰か。
そんな彼等を呼びに来た友人の男は、王弟殿下だった。
「ーーあれ、俺…何で泣いてるんだろ」
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