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王都編
騎士団長
しおりを挟むディオンの事前連絡により、ルーカスのペットであるユキは、すんなりと騎士達に迎え入れられた。
「団長に会うのは初めてだろう。
少し面倒だが、悪い人ではないんだ」
「分かった」
「ワフン」
ルーカスが官舎に出入りするようになって、既に1ヶ月以上が経過している。
しかし、彼はまだ、第3騎士団を統べる者に会った事がなかった。
あまりに気配を感じない為、ディオンが団長ではないかと思うほどに。
「あの人は、たいてい部屋に籠ってる。
まあ……話してる事の4割は無視していい」
「お、おう (団長って、この中で1番偉いんだよな?)」
ーーコンコン
「モンフォールです。団長、失礼します」
ディオンがドアをノックするが、中から返事はない。
許可を待たずに勝手に入るディオンに、ルーカスは慌てた。
だが、次の瞬間。彼は別の意味で更に慌てる事になる。
「ちょ、ディオン。勝手に入ってーーあれ、誰も居ない」
「いや居るぞ、ほら」
「え?」
指で示された場所を見ると、床に書類の山があった。
とても整頓されたとは言い難く、文字通り山の様にぐちゃぐちゃに積まれた紙の塊だ。
「団長、隠れてないで出てきて下さい。
だいたい、その書類整理するの誰だと思ってるんです」
ーーバサバサバサバサッ
「ひっ (山が動いたっ)」
「ごっごめんね、モンフォール卿。
で、でもさ。ドア越しに知らない人の気配がするし。魔物まで居るし。
ぼっ僕、どうしたらいいか、分かんなくなっちゃって」
大量の紙が舞う中、団長ことメルベン伯爵は謝った。
ただし、伯爵の視線は床を彷徨っており、決してディオンを見ようとはしない。
「(何この挙動不審なオジサン。まさか、こんな気の弱そうな人が騎士団長なのかっ)」
「紹介します。彼が当家で預かっているルーカスです」
「初めてましてっ。ルーカスと申します!
官舎の出入りを許可して下さって、ありがとうございます」
彼は半信半疑ながらも、伯爵に頭を下げてお礼を言った。
それに何の反応も示さない伯爵を、ディオンはジロリと見る。
「あっ、えっと。頭をあげて。モンフォール卿が怖い…じゃなくて、気にしなくていいからっ」
「は、はあ。ありがとうございます」
「お、お礼も要らないよっ。きっ卿に脅されただけだからっ」
「……脅され?」
「ぎゃっ、間違えた! お、お願いされただけだよー。あは、あはははは」
口を開く度、伯爵はますます萎縮していった。
その様子をディオンは感情のない目で眺め、ルーカスは「わけが分からない」といった表情で、小さくなった大人をガン見している。
「ワフッ (何だ、この弱そうな男は。そのくせ、隙がない)」
「ひょえっ! ま、魔物が僕を睨んでる!
モンフォール卿、助けて!」
ユキの視線を威嚇と勘違いした伯爵は、目にも止まらぬ速さで部下の後ろに隠れた。
「団長…このホワイトウルフは、ルーカスのペットです。危害を加えたりはしません。
仮にも騎士団長なんですから、いちいち怯えないで下さい」
「だ、だってぇ。ウルフだよ? 怖いじゃないか。というか、テイムもしてないのに魔物を従えてる、この子って何なのー」
ルーカスとユキは、大柄の男2人のやりとりを冷めた目で見始めた。
「(俺、何しに来たんだっけ)」
「ワフウ (隙がないと感じたのは気のせいか。少なくとも、ルゥ様にマーキングした男より、格下の人間だ)」
故に彼等は気付かない。
若手No,1の呼び声高い、ディオンが副団長で、見るからに弱そうな男が団長の理由も。
一度も、きちんと見る事なく、テイムされているか否かを断定した事についても。
「あまり怖い怖い言わないで下さい。
団員の前では、威厳を保ってもらわないと」
「そそんなあ。もう僕、団長辞める。君が団長になれば良いじゃないか。そうだよ。その方が皆んな喜ぶ」
「いい加減にして下さい。ルーカスが引いてます」
「うぅっ。初対面の子に引かれるなんてっ。
僕はもうダメだぁ」
3人の中で最も年長であるはずの伯爵が、ついに本格的にベソをかき始めた。
こうなれば、何を言っても駄目だと、ディオンは諦める。
「ルーカス、とりあえず出直そう」
「でも団長さん泣いてるよ。ほっといていいのか」
「放っとくも何も、会話が出来ないんだ。
ユキの方がよっぽど優秀だな」
「ワフッ」
当然とばかりに鳴くと、すっと頭を差し出した。
「あー。これが噂のアニマルセラピーか。
兄貴も見る目があるな」
「ユキ、お前って奴は……。浮気だ。ディオンばっかりずるい!」
「《ルゥ様、違いますっ! 本能と言いますか、褒められたのでつい》」
「まるっきり犬じゃねーか、その反応」
「《ルゥ様ぁ》」
「出直す」と言ったディオンに、伯爵はホッと息を吐いた。安心したせいで、また違う涙を流し始めている。
しかし、その涙は直ぐに引っ込んだ。
伯爵にとってルーカスが、自分のテリトリーを脅かす存在から、興味深い対象に変化した瞬間だった。
「……キミ、魔物と会話出来るの?」
「ぅへっ?」
「今、そのホワイトウルフと喋ってたよね」
「え、あ、はい (急に雰囲気が変わった…?)」
変化に戸惑うルーカスを余所に、伯爵はブツブツと呟き出した。
一方でディオンは、やっと話を聞く気になったかと満足気だ。
恐らくルーカスがそれを聞けば、全くそうは見えないと言うだろう。
「ーー他の魔物に会ってみないかい。
え~っと、ルーカス君だったっけ」
「他の魔物にですか?」
「《ルゥ様! ワタシという者がありながら!
それこそ浮気ですっ》」
「ハァ、キャンキャンうるさいな。
少し黙ってくれないか」
茶色だった伯爵の瞳が、鈍い金色の光を滲ませた。
それと同時に、部屋一体にドシッとした重力にも似た異質の圧がかかる。
「クゥ~ン」
ユキは床に押しつぶされ、ルーカスは膝から崩れ落ちる所を、ディオンに支えられた。
「団長、ルーカスに何するんですか」
「(ルゥ様のペットであるワタシは眼中にないのか、人間。ルゥ様が無事なら、まあ良しとするが)」
「何って、そのホワイトウルフがうるさいから。
僕がルーカス君に質問してるのに…」
「団長」
「ゔっ。ーー怖いよ、モンフォール卿。
ぼ僕はっ、ただっ、だ、黙って欲しかったからぁ」
「(あれ、空気が軽くなった?
ユキは無事かっ) ユキっ」
「《ルゥ様!》」
スッと目を細め、ディオンは伯爵を睨んだ。
睨まれた伯爵は、自分勝手な理由を述べながらも、再び萎縮していく。
「魔物の研究をしているアカデミーの教授に、知り合いがいますよね」
「は、はひ」
「ルーカスとユキを会わせたいんですが、一席設けて頂けますか」
「わ分かったよ」
「ルーカスに謝って、急ぎ今日の書類を処理して下さい。出来ますね」
「ううっ、こ、怖いよぉ。
そんなに怒らなくてもいいじゃないかっ」
「団長?」
「あうう。分かったから、出てって」
すっかり元通りになった騎士団長を、ルーカスは目を白黒させながら認識した。
コイツは相当ヤバイタイプの人間だ、と。
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