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王都編

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 ディオンに充てがわれた仕事部屋で、書類をめくる音をBGMに、お茶を飲んでいる。
 暇だ。ビックリするほどやる事がない。


「なあ、なんか手伝おうか」
「いや大丈夫だ。
それに見せられる書類ではないしな」


 そりゃそうか。
 だけど、暇すぎる。


「なあ、ちょっと散歩にーー」
「ダメだ」
「ちぇっ。まだ言い終わってねーのに。
……あっじゃあ、厨房連れてってよ。野菜の皮剥きくらいなら出来るから」
「それぐらいなら、いいか。
待ってろ、今1人つける」


 場所を教えるか、案内してくれれば大丈夫だって言ったのに、監視役をつけられてしまった。
 そこまでしなくても安全だと思う。
だって、騎士団の官舎だぜ?
侵入しに来ると思うか、普通。


「クリスさん、何かすみません」


 そう。心配性なディオンに呼び出されたのは、今朝の彼だった。


「命令だから気にするな。
それより、菓子を焼くのか?」


 うっ、がキラキラしている。
眩しい。


「とりあえず、お手伝いをしようかと思ってます」
「そう、か」


 ああっ。明らかにしょんぼりしてる。
垂れ下がった犬の耳と尻尾が見えるっ。
心なしか「クゥゥ~ン」という鳴き声まで。
 幻覚、幻聴、ヤバイじゃないか。
 恐ろしい人間だっ。クリスさん!


「その、作れたら作りますね。お菓子」
「っ、本当か! ぜひ頼むっ」
「作れたらですからね」
「ああ!」


 ダメだっ。尻尾がぶんぶんと揺れているだとっ。
 くっ。作ってあげなきゃイケナイ気がしてきた。どうなってんだ、この人。


「ここが厨房だ。
エリー婆居るかー」
「は~い! あれま、クリス卿じゃないかい。おや、その子は?」


 大学の学食を思わせる様な、広い食堂と、隣接された調理場。
 懐かしいなぁ。まあ、レンガ造りな時点で別もんなんだけど。
 

「副団長付きのルーカスだ。
と言っても、騎士じゃないから扱いには気を付けてくれ」
「なんだい、てっきりウチに回してくれるのかと思ったよ。いつになったら雇ってくれるんだい?」
「やー、そこは、ちょっと」
「ハァ。で、紹介だけかい」


 肝っ玉母ちゃんみたいな女性だな。
豪快そうな人だ。


「いや、彼に厨房を使わせてやって欲しい。副団長の許可は出てるから」
「ふ~ん? あんまり邪魔されたら困るんだがね」


 ジロリとガンを飛ばされた。
 出来る限りのお手伝いはさせて頂く所存であります。エリー様。


「あのっ、野菜の皮剥きとか、皿洗いなら出来ます。
忙しくない時だけ、厨房を貸して頂きたいです。邪魔はしません(たぶん)」


 ビシッと姿勢を正して声を出せば、より怪訝そうな顔をされた。


「……アンタ、貴族じゃないのかい?
副団長様付きなんだろう」
「平民ですけど」
「「え」」


 何でクリスさんまで驚くんだよ。
待てよ。「クリス卿」って呼ばれてなかったか。
 ヤベ、貴族だ。貴族っぽさがなかったから平民かと思っちまった。


「あらま、平民なの、アンタ。
そんな身なりして」
「どこから見ても平民だと思うんですけど」
「「ないない」」


 服のおかげかな。坊ちゃん感出てるデザインだし。
 貴族に間違われるとはなー。嬉しいかもしれない。


「ルーカス君。副団長とはどういう関係なんだ?」
「居候です」
「いそっ?! そうなのか、知らなかった」
「というか、すみません。俺、クリス卿の事をクリスさんって…」
「別に構わないさ。堅苦しいのは苦手なんだ。どうせ、爵位を継ぐわけでもないしな」
「そうなんですか?
えっと、じゃあクリスさんとお呼びしますね」
「ああ、そうしてくれ」


 平民と分かったからなのか、手伝うと言ったからなのか。
エリー様は上機嫌で、俺の背中をバシバシ叩いてくる。


「やー良かった! じゃあ早速、芋の皮剥いてくれるかい」
「はいっ」
「ーーちょっと、クリス卿はいつまで居るのさ」
「副団長に目を離すなと言われてるんだ。
隅の方で座っとくから」
「変な指示だねぇ。
見てるだけなら手伝えってんだ。そう思うだろ、アンタも」
「んん~、俺には何とも」


 エリー様、つえぇ。
 相手、貴族の騎士っすよ。心が広いだけで、怒らせたら不敬罪なんですよ。
 ハッ! まさかエリー様も貴族!
あれ、でも食堂で働くか?
 
 とりあえず、触らぬ神に祟りなしと言う。
 言われるままに芋を剥き続けた。
ちなみに、俺の隣で死んだ目のお兄さんが玉葱をみじん切りしている。
ものすごいスピードで。
 奥では、同じ様に死んだ目の少年やオジサンが一心不乱に鍋を振るってるし。
 絶対ブラックだろ、この職場。


「いい手際じゃないかい。
気に入った! 毎日手伝って欲しいもんだ。
これが終わったら、米を炊いとくれ。
それが済んだら、好きにしな。使いたい材料はアタシに聞きな」
「はいっ」


 コワイ、でも優しい。でもやっぱりコワイ!
 俺ならやれる。やるしかない!
 あとザッと70個くらいあるけど死ぬ気でやらないと、米が間に合わねぇっ。
 団員の昼飯を守らねば。




「ーーーー終わった~」
「キミ、すごいね! 入ったばっかなのに、大したもんだよっ。
キミなら半年もすれば、立派な戦力になれる!」


 あ、玉葱のお兄さん。
 やり切って放心状態の俺を、どうやら褒めてくれるらしい。
貴方の方がクタクタだろうに。あざっす。


「ありがとうございます。
でも俺、手伝っただけで、調理スタッフじゃないんです」
「そんな゛っ。僕の休みがっ、救世主がっ!」


 だいぶ、錯乱状態でいらっしゃる。
一度、心療内科を受診してみたらどうだろう。


「すみません」
「いや、勝手に勘違いした僕が悪いんだ。
でもさあっ! そう思うなら入団してよ! 
一緒にはたらいてよおぉぉっ」
「…す、すみません」
「うああぁぁ゛っっ!!」


 ディオンに言って、なるべく手伝う様にしよう。早急に人を雇えって言うのも忘れずに。
 南無阿弥陀。


「何を騒いでるんだ。ルーカス君は拝んでるし、どうした?」
「大変そうだなーっと思って」
「ああ、それか」


 いや分かってるなら、何とかしたげてっ。
玉葱のお兄さん、病んでるよコレ。


「そんで、菓子は作るのか」
「作りますけど……」


 思いっきりジト目でクリスさんを見て、俺はエリー様から材料をもらった。
 

「何を作るんだ?」
「直ぐ出来るやつが良いんで、シフォンケーキにします」
「しふぉん?」


 とはいえ、型がないからマフィン型で代用しよう。
 卵黄、砂糖、煮出した紅茶、オイルを卵黄が白っぽくなるまで混ぜ、エリー様にお願いしたメレンゲを加えてオーブンへ。
 

「もう出来たのか」
「今焼いてるんで、あと20~30分ぐらいです」
「そうか。お、3つあるんだな」


 オーブンの前で座って待つ中、クリスさんはしゃがんで覗き込んでいる。
 そんなに齧り付いて見ても、焼き上がりは変わんないぞ~っ。
 本当に犬にしか見えなくなってきた。
頭撫でたら、怒られるかな。


「全部同じ味ですけどね」
「そうかっ」
「……大丈夫ですよ。ちゃんとクリスさんの分、ありますから」
「そうかっ!」


 もふもふの尻尾がぁっ。
 全然可愛くないのに、可愛い。
今度はもっとたくさん作ろう。


ーーーー
ーーー


「ん、いい感じ」
「出来たのかっ?」
「はい。あとは冷ますだけなんですけど。
クリスさん氷魔法使えますか」
「任せろ! どれくらいの強さだ」


 出来るんだ。剣も使えて魔法も使えるなんて、羨ましい。


「ほんのりでお願いします。
常温になればいいので、冷やしすぎに注意して下さい」
「難しいな。分かった。
ーーーーこれでどうだ?」


 ふわっとヒンヤリした冷気が流れると、粗熱がとれてちょうど良い温度になっている。
 

「バッチリです。ありがとうございます」
「これぐらいなら、いつでも言ってくれ」
「ハハ、ありがとうございます」
「それで……」


 そんな目で見なくても大丈夫だから。


「切るから、待って下さいね。
ーーどうぞ」
「ああっ! あ、でも、副団長より先に食べて良いんだろか」


 別によくね。量は確保するし。


「良いんですよ。手伝った人の特権です」
「そっそうか。……なんだ、この食感は!
ふわふわで溶けていく様だ」


 可愛い。頬張ってるのも可愛いし、大の男が「ふわふわで溶ける」って言うのも可愛い。
 俺、クリスさんのファンになったわ。



ーーザワザワ


 お、一気に人が入って来た。
もう昼食の時間か。


「ほれ、アンタ達。
副団長の所に持ってっといておくれ」
「あ、はい」


 ディオンはいつも部屋で食べてるのか。
 ワゴンに昼食とケーキをのせて、運ぼうとした時。


ーーザワっ


「え、何」


「おい、副団長だ」
「副団長だぞ」
「何で食堂ここにっ」


 トレー片手に、団員達がめっちゃ騒いでいる。
 誰か有名人が来たのか?
見たい。誰だろ。


「副団長がいらした様だな」
「え。ディオンが来ただけ?」
「こら。副団長は凄い慕われてるんだぞ。
あんまり、他の団員の前で言うなよ」


 クリスさんに注意され、バッと両手で口を塞いだ。


「ーー何のポーズだ、それは」
「副団長っ、お疲れ様です!」
「ああ。ご苦労だったな、クリス。
で、何してるんだ、ルーカス」
「いえ何も」


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