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王都編
王都観光のはずが……?
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆◇◆
ルーカスとディオンは、真っ直ぐ市場へと向かっていた。
存在感のある美丈夫の青年と、彼ほどではないが、それなりに整った顔立ちの少年。
彼等が人々の視線を惹くのは、当然であった。
「なあ、良かったのか?」
「何が?」
「さっきのお嬢様に決まってるだろっ」
「んー、気にするな。1~2回会っただけだし。そんな事より、デートの方が大事だろう」
「デート?」
「ああ。オレとルーカスの記念すべき1回目のデート」
「……あ、そう」
とろける様な笑顔で質問に答えるディオンに、ルーカスは冷めた顔で応えた。
「この辺って言ってたんだけど……あっ!」
「おいっ、走るな」
目当ての露店を見つけ、賑わう市場をルーカスは駆け出す。
「昨日ぶりですねっ」
「あれまっ! おじいさん、あの子だよっ」
「おや、もう来てくれたのかい」
「はい。あの後、無事辿り着けました。
本当にありがとうございます!
彼が今お世話になってる、ディオンでーーーあれ、ディオン?」
「…なんだい。まさかはぐれちまったのかい」
紹介しようとした男が横に居らず、ルーカスは固まった。
老女は心配そうに彼を見つつ、目の前に来た別の客にちゃっかり品物を売り付ける。
「ルーカスっ!」
「あっ、見つけた」
「それはコッチのセリフだ、バカ」
王都は、アルソン村の様に長閑ではなかった。
上京した若者を食い物にする輩も多い。
時間にして、わずか3分たらずの事ではあったが、ルーカスを見失った事にディオンは肝が冷える思いだった。
「都会が危ないという事を言い聞かせなくては」と、人知れずディオンは使命感を抱く。
ーーが、そんな心配を余所に、ルーカスは老夫婦に早速紹介を始めた。
「この人がディオン。俺の3つ上で、弟みたいに可愛がってくれるんです。
それに、ご家族もよくしてくれて」
「あらぁ、良かったわねぇ」
「そうかい、なら安心だな」
「はい。まだ仕事見つけてないんですけど、来月お二人が来るまでには見つけるんで、必ず買いますね」
「いつもより多めに持って来なきゃねえ」
「そうさな。期待しとるよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ディオン、このご夫妻だよ」
「どうも。ウチのルーカスがお世話になった様で。お帰りはいつ頃?」
出た。ディオンの外向きの顔。
母さんも、この物腰の柔さに騙されたんだよなー。蓋を開けたら結構ガラ悪いのに。
「明日の朝一で帰る予定だよ」
「そうですか。宜しければ、宿を変更されませんか」
「宿をかい?
今泊まってるのは、馴染みの宿なんだ。
安くしてもらっててね。
だから変えられる程、持ち合わはないのさ」
いきなり何言ってんだ。
宿に問題があるんだろうか。
「もちろん宿泊費は気になさらないで下さい。ルーカスがお世話になったお礼です。
宿を移るのがご面倒でしたら、夕食か何かを差し入れしましょう」
「あらま。そんなのいいんだよ。
この子に十分な額をもらってんだ。
それより、この子に美味しいもん食べさせてあげておくれ」
お婆さんっ。なんて素敵な人なんだ。
プラス、ディオンの溢れる保護者感。
この人を頼って良かった。貴族っつう、爆弾を抱えてはいるけど、こんな優しい人はなかなか出会えない。
「ハハ。たっぷり食べさせますから安心して下さい。これはルーカスのお礼とは別です」
「いいんかねぇ、そんな事してもらって」
「いいじゃないか、ばあさん。これもご縁だ。お世話になろう」
「うんん~。じゃあ、お願いしようかねぇ」
「お任せ下さい」
お婆さんもお爺さんも、ちょっと頬を染めているのは、見なかったことにしよう。
老人まで虜にするのか。イケメンという種族は。
手配は全てこちらでするからと、荷物だけ持って来る様に言って、その場をあとにし、俺達は観光を再会した。
「ありがとう」
「おいおい、まだデートは始まったばかりだぞ」
「違うよ。それもそうだけど、お礼の話」
「なんだ、そんな事か。ルーカスを無事にオレの元に届けてくれたんだ。お礼はちゃんとしないとな」
何気に荷物扱いされてる気がするけど……ま、いっか。
「そっかそっか。さては、俺の事大好きだな?」
「ああ、大好きだぞ」
「っ……そんな素直に言われると照れる」
それがどうした、みたいな顔で返されても反応に困る。
羞恥心ってもんが欠けてるぜ。
「このくらいで照れていたら、この先もたないぞ。
オレはストレートな方なんだ」
「? いや、ストレートなのは知ってるけど。好き嫌いズバズバ言うし。興味ない人には、冷めた態度とるし」
「おー。肝心な部分が見事に伝わってねーな」
「合ってるだろ?」
「あー、まあ、合ってる、な」
歯切れが悪いなぁ。わりと的確だと思うけど。
そのまま青空マルシェの様な通りを見て行くと、本当に様々な食品が集まっているのが分かった。
物価が村の2~3倍も高い所を除けば、興味を惹かれる物ばかりで飽きない。
「あれって……なあ、アソコ見たい」
「あの店か? かなり怪しそうだぞ。他にしよう」
「どうしても、ダメ?」
「う。ーー時々、分かってやってるんじゃないかと、疑いたくなるな」
「何が?」
「あーいや。こっちの話」
俺が見つけたのは、チョコレートの絵が描かれた看板。
市場を抜けて、少し進んだ突き当たりに異彩を放つ店が建っていた。
鮮やかな花々で囲まれた店構えは、少々メルヘンチックな雰囲気を醸し出している。
女子ウケは抜群そうなのに、何で誰も近寄らないんだ?
これで男2人で入ったら、目立つよな。
「俺、見てくるから待ってて」
「いやオレも行こう」
ーーカランカラン
ドアを開けて入ると、そこは無人だった。
外観と違って、中は至ってシンプルだ。
店員さんは居ないのかな。
雑貨や、魔道具の様な物が並べられているなか、看板の絵と同じ商品を発見した。
「やっぱり、チョコレートだ!」
「ちょこれぇと? ルーカス、これが何か知ってるのか?」
「いや、確かめてみないと分からないけど、俺の知ってる食べ物に似てるんだ」
以前は見慣れていた板チョコが目の前にある。この世界にもあったんだな。
こういうのは、たいてい転生なり転移なりした主人公がカカオから作って大儲けするわけだがーー。
助かった。俺作り方知らねーし。
これでチョコレートケーキが食べれる!
他の材料はモンフォール邸の厨房にありそうだ。
「食い物なのか?
それにしては、微妙な見た目だな」
だまらっしゃい。チョコレートは嗜好品だぞ。スーパーの板チョコと店の板チョコでは、値段が10倍ちげーんだぞ!
「俺が知ってるヤツならね」
「そうか。……店主、居ないのか!」
「は~い、どうされました」
居たんだ。お店の人。
それより、フード付きのローブって。
見るからに怪し過ぎる、この店員さん!
ん? そういや、この人どこから出てきた?
隠し扉でもあんのか?
「コレが欲しいんだが」
「へ~、久しぶりのお客だと思ったらモンフォール家の次男か」
「……オレを知っているのか」
知り合い? ディオンはピンときてない様だけど。
でも客である前に、ディオンの事を知ってるなら少なくとも貴族か?
伯爵家の人間にあんな口、きけるなんて。
「そりゃあね。この間の遠征ではずいぶんご活躍だった様で。
おかげで、ウチの部下に出番が回らなくてムカついてた所なんだよ」
「なんだと?」
遠征? つかディオン恨まれてね。
ヤベ。店のチョイス、完全にミスった。
早く出よう。せっかく案内してくれてるのに、嫌な思いさせてしまった。
「ディオン、やっぱりいいや。
それより喉渇いちゃった。
オススメの店に連れてってくんない」
「……ああ、そうだな。結構歩き回ったし、休憩するか。メシも食うか?」
「おう」
良かった。そんなに気にしてないみたいだ。
それじゃあ……
「それなら此処で飲んでいけば?」
「はい?」
「あの第3騎士団副団長が大事そうにエスコートしてる人間なんて初めて見た。
興味あるな~。ね、飲んでいくよね。君」
「お、俺?」
「貴様、誰だ。
いつまで顔を隠している気だ。名を名乗れ」
あっれぇ。雰囲気悪化してない?
これ俺のせい? 俺が口を挟んだから?
「あ。忘れてた。
どうも、直接話すのは初めてだよね。
僕はサシャ・ヴァロワ。魔塔のサシャって言えば分かるかな」
「! 魔塔のサシャだとっ。
ーーすまないが、今日は帰らせてもらう。
ルーカス行くぞ」
「あ、うん」
フードを脱いだ店員さんは、綺麗なお顔をお持ちだった。
くそっ。顔面偏差値を上げやがって。
どうやって、俺に可愛いお嫁さんを見つけろって言うんだ。
全体的に色素薄い系のミステリアスな容貌だ。
けど、その顔と名前を知った瞬間、ディオンの警戒心は跳ね上がった。
俺の手を掴んで店を出ようとするが、ドアが見当たらない。
「さっきまであったのに、何で?」
「ちっ。何のつもりだ」
俺が困惑する中、ディオンは初めて見る険しい顔で、サシャと言う店員さんを睨みつけている。
昨日フィン兄に向けた顔の何倍もコワイ。
「だ~か~らぁ。飲んでけばって言ってるじゃん。
まっ、副団長が嫌なら帰っても良いけどぉ。ーーその子は置いてってよ」
「ふざけるなっ」
「え~、ふざけてなんかないけど。
そんなに帰りたいなら、自力で破ってみせなよ。副団長殿がどこまでヤレるか実物だね」
……もしかして、転生して初めてのバトルものに巻き込まれた?
じゃあ、コレ魔法?
俺達、閉じ込められた感じ?
ええっ?!
応援ありがとうございます!
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