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第23話
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薫は剛を乗せ、天斗とよく特訓した思い出の河川敷に着いた。そして、薫はゆっくりとバイクから降りて川岸に腰を下ろした。後ろから剛が薫の側まで寄って
「薫…ごめん…お前を危険な目に会わせてしまって…」
薫は少しの間黙ってから、静かに口を開いた。
「剛…怖い思いさせてごめん…私のせいで…剛の言うこと聞いておけば…」
「薫…お前のせいじゃねぇよ…俺がお前をしっかり抑えてやれば良かったんだよ…」
そう言って剛が薫の背中を抱きかかえたその時、少し遠くから爆音で近づいてくるバイクの音が聞こえた来た。薫も剛も聞きなれたバイクのエンジン音に天斗だとすぐにわかっていた。天斗と薫は付き合いが長いだけに、不思議と行動の思考が近いのか、それともどこか通じ合う何かがあるのか、お互いコンタクトを取らずともこの河川敷目指してバイクを走らせていた。すぐに天斗が薫の停めてあるバイクの横に到着し、エンジンを切ってバイクを降りずにしばらく薫と剛の方を見ている。
「薫…黒崎が…」
剛は薫の危機に対してなすすべも無かった不甲斐ない自分とは反対に、二人の窮地を見事に救った天斗に対して後ろめたさを感じていた。
天斗がバイクから降りてゆっくりと二人に近づいてくる。そして、剛の方へ無言で近づくといきなり拳を振り上げ剛を力一杯に殴り飛ばした。
「天斗!止めて!私が悪かったの!」
薫の制止を振り切り天斗は倒れている剛に向かって
「おい!お前男だろが!!!何で死ぬ気で薫を守ってやらなかったんだよ!男ならどんな状況であっても絶対に女を守れよ!薫を守れないんだったら薫の横に居る資格なんてねぇんだよ!!!」
あまりの天斗の凄みに薫も制しきれずにいた。そして、その天斗の言葉は剛にとっては殴られた痛みの数倍も効いていた。
「天斗…ごめん…私が悪かったの…」
「薫、お前が無鉄砲なことぐらいみんなわかってるよ!だからこそ、お前のことを守れる男じゃなきゃお前と一緒に居る資格なんてねぇんだよ!!!」
剛は倒れたまま天斗を真っ直ぐ見つめている。
「立てよ!立てよ!!!武田!俺にこんなことまで言われて悔しくねえのかよ!薫の隣に居る男なら、立ってその悔しさバネに俺にかかってこいよ!そのくらいの根性が無いんなら薫の男って顔すんなよ!」
ここまで蔑(さげす)まされた剛だったが、天斗に挑む気持ちになれなかった。何故なら今でも天斗が本気で薫に想いを寄せていることが痛いほど伝わって来たからだ。同じ女を愛した者同士の何とも言い表せない不思議な感情がお互いに芽生え始めた瞬間だった。
天斗は何も言い返して来ない剛に背を向け、薫にボソッと一言…
「薫…怪我は無いか?」
「天斗…うん…私は大丈夫…それより天斗は?」
天斗は無言のまま薫にも背を向け、静かに歩きだした。そして後ろを振り返らずに軽く手を上げ、自分の乗ってきたバイクに跨がり爆音を轟かせながら去っていった。
天斗…ありがとう…今でもそんな強い想いで私のことを見てくれてるんだね…
薫は天斗の強い感情に揺さぶられながらも、剛の方を振り返り抱き起こす。
「剛…大丈夫?」
「こんなの…別に…それよりアイツの言葉の方がよっぽどいてぇよ…アイツ…」
剛はそれ以上先は口に出さなかった。どこか自分以上に強い想いで薫に惚れている男がいるという事実を認めたく無かったのだ。薫もそれを察して
「天斗はね…長い付き合いだから色々と私に世話やきたがるの…最初出会った頃は、凄く弱くていじめられっ子で…兄ちゃんが見るに見かねて私の所へ連れてきたのがきっかけ…それからは私が毎日毎日天斗を特訓して、お互いが知らない内に鍛えられてたんだよね…どんなに厳しい特訓でも必死に食らいついて来て、強くならなきゃ私に見放されるって思ってたみたい…私もたいがいは自分の身は自分で守れるって思ってたけど、思い返して見ればけっこう天斗には助けられて来たんだと思う。色んな意味でね…中学に上がる頃には天斗もすっかり強くなってて、今じゃ私なんかとても敵わなくなった。でも…天斗とは縁が無かったのかもね…剛が現れて、一度だけ天斗の気持ち探ったことがあるんだ…わかってはいたんだけど、その時は天斗の口からちゃんと言って欲しくてさ…だけど、結局私が感情的になっちゃって…それっきりお互いよそよそしくなっちゃったの…天斗は剛に対して厳しいけど、誤解しないでね!アイツは…剛が嫌いとかそんなんじゃないと思う。もっと違う感情…何て言うか…歪んだ友情みたいな所だと思うよ…多分ね」
「そう…なのかなぁ…俺は薫を奪い取った恋敵なんだろ?」
「うーん…どうかなぁ…私が思うに、自分の代わりに薫を守れる男になってくれ!的な檄(げき)を飛ばしてるように見えるけどね…」
「そっか…だけどよ、何故あの時あそこにアイツが現れたんだ?」
「そりゃ山縣追って行動探りに来たんでしょ!天斗は総長中田さんの側近みたいな立ち位置で、常に偵察とかは天斗に託してるみたいだから」
「あぁ…あれだけバイク乗りこなせりゃ、いざというとき逃げ切れる確率も高いしな…」
そのあと二人は薫の家に戻った。
一方天斗は落ち着かない自分の感情をコントロール出来ず、猛スピードで市街地を爆走していた。そしてパトカーが爆走する天斗を発見しサイレンと赤色灯を回しながら追跡を開始した。時間帯も遅く交通量も少ない為、天斗は赤信号も全て無視して逃走を繰り返す。パトカーも危険な運転を見過ごせず、応援要請を出して数台で天斗を必死に追った。しかし、どれ程追い詰めても寸でのところで捕り逃し、ついには完全に見失ってしまった。
振り切った天斗は自宅に戻りすぐに中田に連絡した。
「もしもし…中田さん、やっぱり山縣は鷲尾って奴と密会してましたよ…一人で…蔵田さんをあんな目に合わせた奴等を俺は絶対に許せません!」
「わかった!ありがとう!俺もお前と同じ気持ちだ!だが相手が相手だけに計画的に攻め込まないとこっちもヤバい!臼井達とはまた違う危険度だからな!ウチのメンバーも今は手負いだ。少しタイミングを見計らおう」
「はい。それと…偵察に行った時にバレてしまいました…」
「何?大丈夫なのか?」
「はい。俺は大丈夫ですけど、先に薫が首を突っ込んでたらしく、ちょっと危ないところでした」
「なるほど、それを救ってってことか。薫も怪我はないのか?」
「はい。しかしあと少し遅れていたら…どうなってたかわからないぐらい危ないところでした…」
「そうか、天斗ご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ!それと、透には言うな!アイツに知れたら事がややこしくなる。あくまでこの件は俺達で片付けよう!」
「はい…わかりました。では…」
薫のやつ…好奇心旺盛なのもほどほどにして欲しいもんだぜ…もしそんなことがあったなんて透に知れたら、薫を巻き込んだ俺達までとばっちりが来てもおかしくねぇ…透の逆鱗にだけは触れたくねぇからな…
中田がそこまで透を恐れるには、過去に理由があった。
それは、昨年まだ透が高校一年生の時、若者達が賑わうライヴハウスの中で事件は起きた。もともと透と薫、そして天斗とは兄妹の絆、兄弟の絆が強く結束していた。その日は薫と天斗がライヴハウスに人気のロックバンドを観に来ていた。そこへ、酒に酔った組の若い衆三人がヤジを飛ばしながら暴れだした。この店では喧嘩は絶対タブーとされていたため、薫が若い衆に
「暴れるなら外でやりな!他の客の迷惑じゃないか!」
と、凄いけんまくで喰ってかかった。中学生の女の子にそんなことを言われて大人しく帰るヤクザ者など居はしない。一気に殺伐とした空気に包まれた会場に、辺りは騒然となる。若い衆が薫に千鳥足で殴りかかった。それを天斗が合気道の技でぶっ飛ばしたのを発端に一気に乱闘騒ぎに発展した。まだ中学生の天斗と薫が組の若い衆とやり合うには少し分が悪い。周りの客達も相手が相手だけに応戦しようという者も居なかった。そこへ居合わせていたのが中田達だった。その当時はまだ透や天斗、そして薫の顔を知らなかったのだが、意を決して中田が応戦しようと覚悟を決めたその時、この騒ぎを聞き付けた透がもの凄い勢いで会場に入ってきて三人の若い衆の襟元を掴んで数メートル投げ飛ばした!
そして間髪入れずに倒れている男達の顔面を蹴り飛ばしてそのまま店の外へと引きずり出した。騒然となった通りに、若い衆の組のヤクザが駆けつけてきて透を抑え込もうとするが、理性を失った透には誰も太刀打ち出来ない。ヤクザ達を殴り飛ばし、踏みつけ馬乗りになって殴り続けた。ヤクザ達数人が顔面血まみれの状態で倒れている所へ今度は警察が通報を受けて駆け付けてきた。警察も透を抑え込もうと必死になるが、その全てを投げ飛ばして転倒させていた。そこへ薫が透の腕を引っ張って逃走したのだ。そのあり得ない程の光景を目の当たりにした中田が、これが噂の矢崎兄妹だと確信した。そして、この男の逆鱗にだけは絶対に触れてはならないと痛感した。その後族のチームに勧誘しようとしたのだが、枠に収まるのが苦手だと言って断った経緯があったのだ。
一方天斗だが、剛に対して言いすぎてしまったことに少し後悔していた。薫の気性は十分にわかっている。こうした行動に出ることも十分予測出来ていた。そして剛が薫を止めることが出来ないことも…わかっていながら剛を責めてしまった自分に対して苛立っていた。
薫はもう…俺の側には居ない…俺が守ってやることは出来ない…アイツを守ってやれるのは…お前しか居ないんだ…だから、今度はお前がアイツを守れるぐらい強くなってくれよ…
天斗は自分の席を空け渡すかのように、薫に対する想いを剛に託そうと複雑な想いで葛藤していた。
「薫…ごめん…お前を危険な目に会わせてしまって…」
薫は少しの間黙ってから、静かに口を開いた。
「剛…怖い思いさせてごめん…私のせいで…剛の言うこと聞いておけば…」
「薫…お前のせいじゃねぇよ…俺がお前をしっかり抑えてやれば良かったんだよ…」
そう言って剛が薫の背中を抱きかかえたその時、少し遠くから爆音で近づいてくるバイクの音が聞こえた来た。薫も剛も聞きなれたバイクのエンジン音に天斗だとすぐにわかっていた。天斗と薫は付き合いが長いだけに、不思議と行動の思考が近いのか、それともどこか通じ合う何かがあるのか、お互いコンタクトを取らずともこの河川敷目指してバイクを走らせていた。すぐに天斗が薫の停めてあるバイクの横に到着し、エンジンを切ってバイクを降りずにしばらく薫と剛の方を見ている。
「薫…黒崎が…」
剛は薫の危機に対してなすすべも無かった不甲斐ない自分とは反対に、二人の窮地を見事に救った天斗に対して後ろめたさを感じていた。
天斗がバイクから降りてゆっくりと二人に近づいてくる。そして、剛の方へ無言で近づくといきなり拳を振り上げ剛を力一杯に殴り飛ばした。
「天斗!止めて!私が悪かったの!」
薫の制止を振り切り天斗は倒れている剛に向かって
「おい!お前男だろが!!!何で死ぬ気で薫を守ってやらなかったんだよ!男ならどんな状況であっても絶対に女を守れよ!薫を守れないんだったら薫の横に居る資格なんてねぇんだよ!!!」
あまりの天斗の凄みに薫も制しきれずにいた。そして、その天斗の言葉は剛にとっては殴られた痛みの数倍も効いていた。
「天斗…ごめん…私が悪かったの…」
「薫、お前が無鉄砲なことぐらいみんなわかってるよ!だからこそ、お前のことを守れる男じゃなきゃお前と一緒に居る資格なんてねぇんだよ!!!」
剛は倒れたまま天斗を真っ直ぐ見つめている。
「立てよ!立てよ!!!武田!俺にこんなことまで言われて悔しくねえのかよ!薫の隣に居る男なら、立ってその悔しさバネに俺にかかってこいよ!そのくらいの根性が無いんなら薫の男って顔すんなよ!」
ここまで蔑(さげす)まされた剛だったが、天斗に挑む気持ちになれなかった。何故なら今でも天斗が本気で薫に想いを寄せていることが痛いほど伝わって来たからだ。同じ女を愛した者同士の何とも言い表せない不思議な感情がお互いに芽生え始めた瞬間だった。
天斗は何も言い返して来ない剛に背を向け、薫にボソッと一言…
「薫…怪我は無いか?」
「天斗…うん…私は大丈夫…それより天斗は?」
天斗は無言のまま薫にも背を向け、静かに歩きだした。そして後ろを振り返らずに軽く手を上げ、自分の乗ってきたバイクに跨がり爆音を轟かせながら去っていった。
天斗…ありがとう…今でもそんな強い想いで私のことを見てくれてるんだね…
薫は天斗の強い感情に揺さぶられながらも、剛の方を振り返り抱き起こす。
「剛…大丈夫?」
「こんなの…別に…それよりアイツの言葉の方がよっぽどいてぇよ…アイツ…」
剛はそれ以上先は口に出さなかった。どこか自分以上に強い想いで薫に惚れている男がいるという事実を認めたく無かったのだ。薫もそれを察して
「天斗はね…長い付き合いだから色々と私に世話やきたがるの…最初出会った頃は、凄く弱くていじめられっ子で…兄ちゃんが見るに見かねて私の所へ連れてきたのがきっかけ…それからは私が毎日毎日天斗を特訓して、お互いが知らない内に鍛えられてたんだよね…どんなに厳しい特訓でも必死に食らいついて来て、強くならなきゃ私に見放されるって思ってたみたい…私もたいがいは自分の身は自分で守れるって思ってたけど、思い返して見ればけっこう天斗には助けられて来たんだと思う。色んな意味でね…中学に上がる頃には天斗もすっかり強くなってて、今じゃ私なんかとても敵わなくなった。でも…天斗とは縁が無かったのかもね…剛が現れて、一度だけ天斗の気持ち探ったことがあるんだ…わかってはいたんだけど、その時は天斗の口からちゃんと言って欲しくてさ…だけど、結局私が感情的になっちゃって…それっきりお互いよそよそしくなっちゃったの…天斗は剛に対して厳しいけど、誤解しないでね!アイツは…剛が嫌いとかそんなんじゃないと思う。もっと違う感情…何て言うか…歪んだ友情みたいな所だと思うよ…多分ね」
「そう…なのかなぁ…俺は薫を奪い取った恋敵なんだろ?」
「うーん…どうかなぁ…私が思うに、自分の代わりに薫を守れる男になってくれ!的な檄(げき)を飛ばしてるように見えるけどね…」
「そっか…だけどよ、何故あの時あそこにアイツが現れたんだ?」
「そりゃ山縣追って行動探りに来たんでしょ!天斗は総長中田さんの側近みたいな立ち位置で、常に偵察とかは天斗に託してるみたいだから」
「あぁ…あれだけバイク乗りこなせりゃ、いざというとき逃げ切れる確率も高いしな…」
そのあと二人は薫の家に戻った。
一方天斗は落ち着かない自分の感情をコントロール出来ず、猛スピードで市街地を爆走していた。そしてパトカーが爆走する天斗を発見しサイレンと赤色灯を回しながら追跡を開始した。時間帯も遅く交通量も少ない為、天斗は赤信号も全て無視して逃走を繰り返す。パトカーも危険な運転を見過ごせず、応援要請を出して数台で天斗を必死に追った。しかし、どれ程追い詰めても寸でのところで捕り逃し、ついには完全に見失ってしまった。
振り切った天斗は自宅に戻りすぐに中田に連絡した。
「もしもし…中田さん、やっぱり山縣は鷲尾って奴と密会してましたよ…一人で…蔵田さんをあんな目に合わせた奴等を俺は絶対に許せません!」
「わかった!ありがとう!俺もお前と同じ気持ちだ!だが相手が相手だけに計画的に攻め込まないとこっちもヤバい!臼井達とはまた違う危険度だからな!ウチのメンバーも今は手負いだ。少しタイミングを見計らおう」
「はい。それと…偵察に行った時にバレてしまいました…」
「何?大丈夫なのか?」
「はい。俺は大丈夫ですけど、先に薫が首を突っ込んでたらしく、ちょっと危ないところでした」
「なるほど、それを救ってってことか。薫も怪我はないのか?」
「はい。しかしあと少し遅れていたら…どうなってたかわからないぐらい危ないところでした…」
「そうか、天斗ご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ!それと、透には言うな!アイツに知れたら事がややこしくなる。あくまでこの件は俺達で片付けよう!」
「はい…わかりました。では…」
薫のやつ…好奇心旺盛なのもほどほどにして欲しいもんだぜ…もしそんなことがあったなんて透に知れたら、薫を巻き込んだ俺達までとばっちりが来てもおかしくねぇ…透の逆鱗にだけは触れたくねぇからな…
中田がそこまで透を恐れるには、過去に理由があった。
それは、昨年まだ透が高校一年生の時、若者達が賑わうライヴハウスの中で事件は起きた。もともと透と薫、そして天斗とは兄妹の絆、兄弟の絆が強く結束していた。その日は薫と天斗がライヴハウスに人気のロックバンドを観に来ていた。そこへ、酒に酔った組の若い衆三人がヤジを飛ばしながら暴れだした。この店では喧嘩は絶対タブーとされていたため、薫が若い衆に
「暴れるなら外でやりな!他の客の迷惑じゃないか!」
と、凄いけんまくで喰ってかかった。中学生の女の子にそんなことを言われて大人しく帰るヤクザ者など居はしない。一気に殺伐とした空気に包まれた会場に、辺りは騒然となる。若い衆が薫に千鳥足で殴りかかった。それを天斗が合気道の技でぶっ飛ばしたのを発端に一気に乱闘騒ぎに発展した。まだ中学生の天斗と薫が組の若い衆とやり合うには少し分が悪い。周りの客達も相手が相手だけに応戦しようという者も居なかった。そこへ居合わせていたのが中田達だった。その当時はまだ透や天斗、そして薫の顔を知らなかったのだが、意を決して中田が応戦しようと覚悟を決めたその時、この騒ぎを聞き付けた透がもの凄い勢いで会場に入ってきて三人の若い衆の襟元を掴んで数メートル投げ飛ばした!
そして間髪入れずに倒れている男達の顔面を蹴り飛ばしてそのまま店の外へと引きずり出した。騒然となった通りに、若い衆の組のヤクザが駆けつけてきて透を抑え込もうとするが、理性を失った透には誰も太刀打ち出来ない。ヤクザ達を殴り飛ばし、踏みつけ馬乗りになって殴り続けた。ヤクザ達数人が顔面血まみれの状態で倒れている所へ今度は警察が通報を受けて駆け付けてきた。警察も透を抑え込もうと必死になるが、その全てを投げ飛ばして転倒させていた。そこへ薫が透の腕を引っ張って逃走したのだ。そのあり得ない程の光景を目の当たりにした中田が、これが噂の矢崎兄妹だと確信した。そして、この男の逆鱗にだけは絶対に触れてはならないと痛感した。その後族のチームに勧誘しようとしたのだが、枠に収まるのが苦手だと言って断った経緯があったのだ。
一方天斗だが、剛に対して言いすぎてしまったことに少し後悔していた。薫の気性は十分にわかっている。こうした行動に出ることも十分予測出来ていた。そして剛が薫を止めることが出来ないことも…わかっていながら剛を責めてしまった自分に対して苛立っていた。
薫はもう…俺の側には居ない…俺が守ってやることは出来ない…アイツを守ってやれるのは…お前しか居ないんだ…だから、今度はお前がアイツを守れるぐらい強くなってくれよ…
天斗は自分の席を空け渡すかのように、薫に対する想いを剛に託そうと複雑な想いで葛藤していた。
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