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証
しおりを挟む思わず口をぱくぱくと動かしてしまう。
今まで何人も知り合いに会って、一度もバレなかったのに……なんで。
「バレス、さん」
「君は人を助けるのに迷いがなく、そして謙虚だ。最初に出会った時も『大したことはしていない』と礼を断ったろう」
「あ……」
確かに、同じ断り方をした気もする。
でもまさか、そんな些細な事まで覚えているなんて。
この格好の事をどう言い訳しようと頭をフル回転させていると、頬に滑るような感触が伝い、顎を掬い上げられる。
「その衣装も良く似合っている……それが俺ではなく、誰かの為だとしても」
「へ?」
「リディア様と踊るのだろう、違うのか?」
「あ!そ、そうですぅ!」
とにかくこの場を誤魔化せればいいか!と安易に肯定してしまった。
……それをすぐ後悔することになるんだけど。
バレスさんは凛々しい眉をピクリと動かし、ただならぬオーラを纏い始めた。
「なら、リディア様には手を引いて頂かなければな。収穫祭の相手役がどんな意味を持つのか、説明もせず承諾させるとは許し難い」
(そ、そうだった~!そんな話になってたんだった!)
「……ユウ。今のひと時だけ、俺の行為に目を瞑ってくれ」
そう言って、バレスさんは俺の腰に手を回し、距離を詰める。
何が起こっているのか理解出来ていない俺を知ってか知らずか、俺の手を取り唇を寄せた。
「っ、どうしたんですか」
「親愛の口付けだ……これから、勇者パーティーを指揮する任を負う。いつ命を落とすとも限らない旅だから後悔しないようにな」
バレスさんの話は当初の計画からは大きく外れた、信じられない内容だった。
動揺して、思わず背伸びして顔を近寄せる。
「え、なんでバレスさんが?」
「今日の顛末はテゼールから聞いたか?欠けた戦力の補強をしなければならない。今日中に逃走した人員が見つからなければ、俺がそれを務める」
至近距離で見るバレスさんの瞳は赤く、燃え上がるようでいて、少し寂しげに揺れている。
「国内の守備を固めるよりも、魔王の討伐に全勢力を割くという判断だ」
だからこそ、君に最後に会っておきたかった。
そうポツリと言葉を溢し、頸を擽る様に指の腹で撫でられる。
気恥ずかしさで少しだけ身を捩った。
「……そこまでして、魔王と戦わなければいけませんか?」
「騎士団長としては、この国が守られるなら願ってもない話だ」
俺がそんな呆けた事を聞いても、バレスさんは至って真剣に頷く。
「件数自体は多くはないが、人的被害が年を追って増加している。騎士団長という役職を鑑みても、判断が遅すぎるくらいだ」
「でも、魔王の存在が確認されたことはないんですよね?」
「その話はどこから……いや、いい。その噂は正しい。過去の勇者や冒険者達は魔王と会敵する前に倒されている。帰り着いた者の話では、群れを成した魔族による損耗が多いようだ」
「やっぱり、おかしいですよ。失敗すると分かって、同じ策を繰り返すなんて!今も勇者は単独行動してるんですよね?そんな状態じゃ魔王討伐なんて無理です……」
「君には何でも筒抜けだな。正直に話すと、少し前から姿を消している」
「なら!」
「だからと言って、勇者の派遣は止められない。死力を尽くして国を守らない理由にはならないだろう」
強い光を灯した眼差しで言い切られる。
そこには迷いなんて存在せず、バレスさんの正義を曇りなく写している様に思えた。
答えあぐねていると、腕を後ろに強く引かれ、上体が温かな何かに包まれる。
甘くも威厳のある声が鼓膜を震わせた。
「バレス。勇敢と無謀は違うと、聞き飽きるほど忠告されたんじゃないか?」
「……リディア様」
「よう、ユウ。バレスに抱擁されてるなんて、脇が甘いんじゃないか」
後ろを見上げると、今まで見た事もないような煌びやかな服を身に纏い、素敵に微笑むリドさんが居た。
毛皮を襟に付けた、艶やかな光沢のある白いマントを羽織っている。
「リドさん!国王との交渉はどうでしたか?!」
「任せておけと言ったろ?今回の緊急クエストは破棄した上で、魔族への侵攻を勇者一行だけではなく各国に協力を仰ぎ実施することになった。交換条件は付いたが」
「交換条件……って、その服に関係ありますか?」
「もしかして、もう誰かから聞いちまったか?条件は第二王子として王宮に戻る事だ」
「え、え?」
(確かに、さっき第二王子だと副団長から聞いたけど……まさか本当だったなんて)
長閑な村の村長だと思っていたリドさんが、王家の一員?
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脳は既にキャパオーバーで、現実を受け入れられず処理落ち寸前だ。
「陛下もお喜びになるでしょう」
「あぁ、今までほっつき歩いて悪かったな」
「だ、誰か一から説明を……!」
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「……わ、リドさん?!」
掛かる吐息に、昨日の感覚を思い出して熱が上がる。
抵抗する腕っ節が無い俺は、リドさんの行為を受け入れざるを得ない。
そんな様子を見たからなのか、バレスさんは眉間に深い皺を刻み真正面からリドさんを見据えていた。
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