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泣き虫珍道中

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両手を広げても窓枠に触れられないほど大きな窓に寄りかかりながら、俺は唸り声を上げ続けている。


「恨めしい!妬ましいッ!」


街の喧騒と花の香りを乗せて窓から吹き込む風を鬱陶しく感じるのは、きっと後にも先にも今回だけだ。


「はぁ~!街はこんなにお祭り騒ぎだってのに、俺は部屋に籠りっぱなしかよ……監視さえ付いてなければ、いくらでも脱走出来んのに」


ゴロリと寝具に身体を投げ打って天井を眺める。
王宮の天井はいつも通りの絢爛さで癪に触る。


(ここ数日はずっとこんな感じだもんなぁ……はぁ、ユウさんは無事かなぁ)


地下牢に誰かが投獄された日から、一層王宮の警備が厳重になった気がする。


(それって、もしかしてユウさんが関係してる?)


そんな事を考えていたはずなのだけど、身体は正直で、心配をよそに睡魔が襲って来た……のだが。


「肉の盾くぅん!」


バァン!と扉を壊しそうな勢いで入って来たのは、あの忌々しいヴィジュアル系勇者だ。


「うげっ、なんなんっすか」

「今から出発。ホラ、準備して」

「は?」


犬を追い立てるように手で払う仕草をしたかと思えば、何やら服のような物を俺に放り投げた。


「それ、パーティーメンバーの服」

「……ん?なんだって?パーティー?」

「だからぁ、勇者パーティーに肉の盾として入るの。アンダスタン?」

「はぁああ?!」


俺は動揺のあまり、手に取った服を地面に叩きつけた。


(へ、俺が勇者パーティーのメンバー?!)


もしかして、魔王に攻め入るとか?
そうであれば、絶体絶命のピンチだ。

俺は、コイツから"肉の盾"という最悪のあだ名で呼ばれている。
そんな状況で、パーティーメンバーに入れ……ってことは、どう考えてもそういう事だ。


(俺、遂に王宮から追放される……!?)


無意識に手が震えた。
どうにかして平静を保とうとして、自身の身体を抑えていると、ふと目の前に影が落ちる。

視線を上げると、髄まで冷え切らせるような、冷たい目がこちらを凝視していた。


「なぁ、その服。俺が持って来てやったのに……そんな扱いしていいの?」

「あ、ご、ごめんなさ……ッ!」

「早く支度しろよ、人を待つの嫌いなんだよね」


バタン

アイツはそう吐き捨てて、部屋を出て行った。
俺は律儀にも締められた扉を、ただ眺める事しかできなかった。


「こわ、異世界こわい……!」


あまりの体験に、目の前がじんわりと霞んできた。なんなら、鼻もグズグズする。

僅かに理性が残っていた俺は、如何にも高級品です!と主張してくるラグが俺の涙で濡れる前に、袖で拭った。


「本当に、ほんっとうに!行きたくないけど……行かなきゃ殺される気がする。アイツのことだし」


嫌々広げてみた服は、質素な仕立てで冒険者然としている。
この布がこれからの人生に重く陰湿に纏わり付くと思ったら、着替えるペースが一段と遅くなった。


(これからどこに連れて行かれるんだろう)


王様との謁見?魔王城に直行?
まさか街で行われている祭りっぽい物に連れて行ってもらえる訳はないだろう。
どう考えても、これから楽しみなんてありゃしない。

……元の世界に戻してもらえるなんて、希望はもう持っていなかった。


「ユウさん……ユウさんはどうなるんだろう。俺がお払い箱になったってことは、この前捕まった人が、黒髪の人って事だもんな」


そこまで考えて、ふと手が止まった。


「って、あれ?あの勇者……なんかノリが現代っぽくなかった?」


**********


慌てて着替えて1階の広間まで駆け抜けると、そこには異常なオーラを纏った集団が待っていた。

ヴィジュアル系勇者と、あのおっかない騎士団長と、ゆるい副団長と一般兵っぽい人と…黒い髪を持つ巨躯。

瞬間、あの人がユウさんが言ってた、他国で見つかった人かと理解した。


(うわぁ、なんか辛そうだけど……大丈夫なのかな)


今にも地面に蹲ってしまいそうなほど、頼りなさげに見えるその姿。

分かるはずもないのに、何故かその人が地下牢に繋がれていたのではないかと予想してしまった。

……また、背筋に一筋の汗が伝った。


「はい遅い~!」

「ひっ、すみません」

「ん~?聞こえないなぁ……ま、やる気ない人は1番後ろでも歩いてればいいんじゃない」

「……団長、アイツどうにかならないんですか」

「無理だ」

「諦めが早すぎますって……はぁ、ほら勇者パーティーの皆さん、出立ですよ」


俺と勇者以外は穏やかな雰囲気で、王宮の外へと一歩踏み出した。


ファーーーーーーーン!


「うるさ!何コレ鼓膜爆発する……ッ!」


驚きと共に視線を向けた先に、王宮に集う民と騎士団が隊列を組んで楽器らしき物を吹く様子が見えた。


「う、そ……」


その隊列を取り囲むように、広間に集まる群衆。
人々は着飾った姿で、俺たちに別れを告げるかのように、手を振ってにこやかに微笑む。


(……最悪だ。もう逃げ場なんて残っちゃないんだ)


この世界に来て色々あったけど、そんな日々が霞むほどの衝撃。
もうこの王宮には帰って来れないんだろうという痛いほどの予感。

心臓が、嫌な音を立てた。


……その時。


少し前を歩く巨躯の先に、嗅ぎ慣れた香りを感じた。


「いやまさかね……」


どこまでいっても、あの小柄な救世主に縋りたくなる自分が情けない。

ふと、先頭を行くバレス騎士団長が振り返る。


「黒の勇者……と呼ぶべきか。地下牢から出て早々ですまないが、今日出立する前に、ギルドでクエストを受ける必要がある。街を周回して、ギルドに向かうぞ」

「……」

(あ、ガン無視だ)

「テゼール、王は今回のクエストで全ての終結を望んでおられる。パーティーの長となる事の重要性は理解しているだろう?」

「うわ、そんな威圧しなくても分かってますよ」


先頭を歩く2人は、内輪揉めをしている様子で、後ろをゆっくりと歩く俺と黒い人には注意を払っていない様子だ。

意を決して、その大きな背中に向かって小声で話しかけた。


「あのぉ、もしかして……ユウさんのお知り合いですか」


「ッ!今、なんて……」


機敏にこちらを振り返った黒い人と視線が混ざって初めて、この人の瞳が赤く輝く事を知った。


「あの、前にユウさんに聞いたんです。黒髪の背の高い人と暮らしてるって」

「……君は」

「あ、俺ケンです。にしても、本当に今から魔王を倒しにいくんですかね。実感湧かないなぁ」

「……前も唐突だった」

「へ、前?前にも魔王を倒しにいったんすか?」

「……」

「あっ、無口な人だ」


俺は早々に心が折れてしまい、会話を中断する。

仲の良い奴らにはフランクに話しかけられても、目上の人に対するコミニュケーション能力が皆無なのだ。

気まずい空気が流れる寸前、本当に一秒前。

目の前の背中の歩みが止まった。
ん?と見上げてみたら、少しだけ見覚えがあるも建物が目に入った。


(……ギルドだ)

「目的のギルドに到着した。入るぞ」


先導する鬼の騎士団長の背中を視界にとらえながら、注意散漫気味に中へと入る。

実は、ギルドに入るのは初めてだ。外観した見たことがなかったから、何もかも新鮮で……


「なんか、むさ苦しいっすね」

「ギルドに華を求めるな」


ちぇ、ちょっとは繁華街的な空気を楽しめるかと思ったのに。

不貞腐れていると、副団長が何やら受付で手続きを始めた。

あぁ、少し気が抜けるな。

そう思ったのも束の間、袖をついっと引かれる感覚。


「なん……え?」


振り返った先にいたのは、美しいピンクの布を目深に被った……ユウさんの香りを漂わせた女性だった。


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