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収穫祭
しおりを挟む一大イベントを迎えたフィラの街は、道ゆく人々と目新しい商品の数々が並んだ出店で、一段と彩りに溢れかえっていた。
こちらの世界での花々や、果物のような収穫物、肉類が所狭しと並んでいる。
「いらっしゃい!そこのお姉さん、素敵な服ね。もしよければお花で飾っていかないかい!」
「あはは、ありがとうございます」
「いらっしゃい!」
「今日の朝収穫して、練ったばかりの香り薬だよ~!そこの方、どうかしら」
(すごい活気だ……いつものフィラも熱量があるけど、今日は輪をかけて賑やかだな)
いつもは買い物することを目当てに訪れる関係者も多く、活気がありつつも落ち着きのある街なのだが、今日は一転お祭りに浮かれた人々が集まっていた。
皆それぞれ美しく着飾っていて、いつもは質素な生成色の服を着ているお店の人たちも、ショーでもするのかというほど奇抜な色合いの布を纏っている。
一様に、観光客に対して明るく声掛けを行っていて、笑顔に溢れていた。
「……」
そんな様を目の当たりにして、俺は頭から垂らした布を、深く被り直した。
「リドさん、俺……不自然じゃないですか?」
「あぁ、どこからどう見ても、美しい女性だ」
「うぅ、作戦のためとはいえ、恥ずかしい」
ヒラヒラと優雅に他靡く薄ピンクの布を、股を抜けていく風に煽られないようにギュッと掴んだ。
「そうだな。俺としても安易に人前に出すのは避けたいんだけどな。ユウの発案だし、本人のやりたいようにやらせなきゃな?」
「なっ!別に、女装したくて提案したわけじゃないですから!」
小声で言い募ると、リドさんはニヤけた顔ではいはい、と俺をあしらった。
そう、今俺が身につけているこの衣装は、先日のバイト中に買ったあの女性物のドレスだ。
(贈り物ですって顔して選んだから、まさか俺自身が着るとは思われなかったろうな)
今日のギルドでの奪還作戦は、とにかく俺がイアンさんに接触出来るかが肝だ。
なるべく警戒されない、身元が割れない変装をしていこう、という話で纏まったのだが。
「恥ずかしさを忍んで……精一杯頑張ります」
「俺が先にバレス達に話かけて気を引くから、少し間を開けてイアンに接触し連れ出して裏でセファと落ち合う。服を着替えて、人混みに紛れて街の外へと脱出……そしてイアンの家で集合でいいな?」
「……はい!その手筈でお願いします」
「万が一、工程が崩れそうだったら、この魔道具で知らせる」
俺は服のポケットらしき穴に手を入れ、この作戦のために購入した魔道具の存在を手で確かめる。
これは現代で言うところのスマホ。
簡単な通信を出来る魔道具だ。
存在を知った時には、そんなものまであるのかと驚いた。
だが、この世界の人達はあまり活用していないのか、特に高値というわけでもなく普通に手に入った。
(生活圏が狭ければ、直接話したほうがいいし、確かに必要性が薄いかもしれないのかも?)
「さて、そろそろ中央広場で催しが始まるな」
「中央広場、ですか?」
「……まさか、行ったことないのか。王宮の眼下にある広場のことだ」
「そもそも王宮の周辺には近寄ったことすらないですね!」
「その徹底ぶり、恐れ入るな。ほら案内するから、逸れないように……手を」
どこか初めて街に来た時と似たシチュエーションだな……と思いながらも、今度は服の裾ではなく、その手を取った。
差し出された手を控えめに握ると、リドさんは俺の手に緩く力を込め、大通りを歩き始めた。
太く逞しい腕を頼りに、人混みを進んでいく。
リドさんに先導されることでようやく緊張が解れてきたのか、次は周囲の様子が気になった。
『あれ、リドさん……』
『きゃ!もしかして……』
『女性を連れているぞ』
「……リドさん、なんかすごく注目されてますけど」
「あぁ、まぁそうだろうな。気にするな」
「いや、気にするなってのは無理がありますよ!モーセの十戒のように人垣が出来ていくんですけど!」
「モーセ?なんだそれは」
「あ、なんでもないです……」
こんなにも混雑しているのに、リドさんを見かけた人たちが揃いも揃ってこちらに注目する。
そして、手を引かれる俺の存在を認識した瞬間にサッと横へ避けていくのだ。
(気を遣われている…ってことかな)
「リドさん、村長だから注目度が高いのか……!」
「これで、俺には意中の相手が居ると周囲に知らしめた訳だ。しかも、相手役を受けて貰える程には親しい奴がな」
目線だけこちらへ流して笑みを作ったリドさんに、誰が勝てるだろう。
昨日の熱の籠った唇の感触を思い出し、一人赤面した。
「ほら、あれが中央広場だ」
リドさんが指し示した先には、RPGで良く見るような大それた城と、煌びやかな城門。
そして、広場と呼ばれる庭園らしき空間に、目が眩むほど大きな像が大小3体横並びに飾られていた。
「なんですか、あの像」
「そうなるよな。あれは国王と勇者、騎士団を模している……あの1番大きな像が王だ」
「うわぁ、権力の象徴だ……」
薄いベール越しに、目を凝らして像を観察する。
ハッキリとは見えないが、剣を携えている像が2体と、真ん中で偉そうに立ち尽くしているものがある。
「なんか、力関係が分かっちゃいますね……勇者と王の」
「傲慢だろ、大したこともしてないのにな」
「え、いやリドさん。そんな大層なことを言っちゃダメですよ!」
リドさんの突然の暴言にビックリして手を強く握る。
「大丈夫だ、こんな程度でどうもならない……見てみろ、勇者御一行だ」
周囲の騒めきが一層強くなったと思った途端、ファンファーレのような音が鳴り響いた。
1人で派手に驚いて肩を揺らしてしまう。
多分、リドさんにも振動が伝わってしまっただろう。
「ひゃっ?!なんですか今の」
「あぁ、ユウは馴染みがないのか。よく王家が祭事を行う時にやるんだ……分かるぞ、五月蝿いよな」
「耳がキーーン!となりました」
爆音で調子が可笑しくなった耳をサワサワとマッサージしていると、目の前の人垣が少し割れて、チラリと目当ての人物達を見ることが出来た。
意気揚々と先頭を歩くあの勇者と、俯いたまま一向に顔を上げない黒の巨躯。
そして、皆よりも一歩後ろを怯えながら着いていく人影。
「あ!リドさん。あそこに勇者とイアンさんとケンが……えっ!?ケン?!」
金色のプリン頭がひょこひょこと最後尾を歩いていた。
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