上 下
62 / 82

収穫祭

しおりを挟む

一大イベントを迎えたフィラの街は、道ゆく人々と目新しい商品の数々が並んだ出店で、一段と彩りに溢れかえっていた。
こちらの世界での花々や、果物のような収穫物、肉類が所狭しと並んでいる。


「いらっしゃい!そこのお姉さん、素敵な服ね。もしよければお花で飾っていかないかい!」

「あはは、ありがとうございます」

「いらっしゃい!」

「今日の朝収穫して、練ったばかりの香り薬だよ~!そこの方、どうかしら」

(すごい活気だ……いつものフィラも熱量があるけど、今日は輪をかけて賑やかだな)


いつもは買い物することを目当てに訪れる関係者も多く、活気がありつつも落ち着きのある街なのだが、今日は一転お祭りに浮かれた人々が集まっていた。

皆それぞれ美しく着飾っていて、いつもは質素な生成色の服を着ているお店の人たちも、ショーでもするのかというほど奇抜な色合いの布を纏っている。

一様に、観光客に対して明るく声掛けを行っていて、笑顔に溢れていた。


「……」


そんな様を目の当たりにして、俺は頭から垂らした布を、深く被り直した。


「リドさん、俺……不自然じゃないですか?」

「あぁ、どこからどう見ても、美しい女性だ」

「うぅ、作戦のためとはいえ、恥ずかしい」


ヒラヒラと優雅に他靡く薄ピンクの布を、股を抜けていく風に煽られないようにギュッと掴んだ。


「そうだな。俺としても安易に人前に出すのは避けたいんだけどな。ユウの発案だし、本人のやりたいようにやらせなきゃな?」

「なっ!別に、女装したくて提案したわけじゃないですから!」


小声で言い募ると、リドさんはニヤけた顔ではいはい、と俺をあしらった。

そう、今俺が身につけているこの衣装は、先日のバイト中に買ったあの女性物のドレスだ。


(贈り物ですって顔して選んだから、まさか俺自身が着るとは思われなかったろうな)


今日のギルドでの奪還作戦は、とにかく俺がイアンさんに接触出来るかが肝だ。
なるべく警戒されない、身元が割れない変装をしていこう、という話で纏まったのだが。


「恥ずかしさを忍んで……精一杯頑張ります」

「俺が先にバレス達に話かけて気を引くから、少し間を開けてイアンに接触し連れ出して裏でセファと落ち合う。服を着替えて、人混みに紛れて街の外へと脱出……そしてイアンの家で集合でいいな?」

「……はい!その手筈でお願いします」

「万が一、工程が崩れそうだったら、この魔道具で知らせる」


俺は服のポケットらしき穴に手を入れ、この作戦のために購入した魔道具の存在を手で確かめる。

これは現代で言うところのスマホ。
簡単な通信を出来る魔道具だ。

存在を知った時には、そんなものまであるのかと驚いた。
だが、この世界の人達はあまり活用していないのか、特に高値というわけでもなく普通に手に入った。


(生活圏が狭ければ、直接話したほうがいいし、確かに必要性が薄いかもしれないのかも?)


「さて、そろそろ中央広場で催しが始まるな」

「中央広場、ですか?」

「……まさか、行ったことないのか。王宮の眼下にある広場のことだ」

「そもそも王宮の周辺には近寄ったことすらないですね!」

「その徹底ぶり、恐れ入るな。ほら案内するから、逸れないように……手を」


どこか初めて街に来た時と似たシチュエーションだな……と思いながらも、今度は服の裾ではなく、その手を取った。

差し出された手を控えめに握ると、リドさんは俺の手に緩く力を込め、大通りを歩き始めた。

太く逞しい腕を頼りに、人混みを進んでいく。
リドさんに先導されることでようやく緊張が解れてきたのか、次は周囲の様子が気になった。


『あれ、リドさん……』

『きゃ!もしかして……』

『女性を連れているぞ』

「……リドさん、なんかすごく注目されてますけど」

「あぁ、まぁそうだろうな。気にするな」

「いや、気にするなってのは無理がありますよ!モーセの十戒のように人垣が出来ていくんですけど!」

「モーセ?なんだそれは」

「あ、なんでもないです……」


こんなにも混雑しているのに、リドさんを見かけた人たちが揃いも揃ってこちらに注目する。
そして、手を引かれる俺の存在を認識した瞬間にサッと横へ避けていくのだ。


(気を遣われている…ってことかな)

「リドさん、村長だから注目度が高いのか……!」

「これで、俺には意中の相手が居ると周囲に知らしめた訳だ。しかも、相手役を受けて貰える程には親しい奴がな」


目線だけこちらへ流して笑みを作ったリドさんに、誰が勝てるだろう。

昨日の熱の籠った唇の感触を思い出し、一人赤面した。


「ほら、あれが中央広場だ」


リドさんが指し示した先には、RPGで良く見るような大それた城と、煌びやかな城門。
そして、広場と呼ばれる庭園らしき空間に、目が眩むほど大きな像が大小3体横並びに飾られていた。


「なんですか、あの像」

「そうなるよな。あれは国王と勇者、騎士団を模している……あの1番大きな像が王だ」

「うわぁ、権力の象徴だ……」


薄いベール越しに、目を凝らして像を観察する。
ハッキリとは見えないが、剣を携えている像が2体と、真ん中で偉そうに立ち尽くしているものがある。


「なんか、力関係が分かっちゃいますね……勇者と王の」

「傲慢だろ、大したこともしてないのにな」

「え、いやリドさん。そんな大層なことを言っちゃダメですよ!」


リドさんの突然の暴言にビックリして手を強く握る。


「大丈夫だ、こんな程度でどうもならない……見てみろ、勇者御一行だ」


周囲の騒めきが一層強くなったと思った途端、ファンファーレのような音が鳴り響いた。

1人で派手に驚いて肩を揺らしてしまう。
多分、リドさんにも振動が伝わってしまっただろう。


「ひゃっ?!なんですか今の」

「あぁ、ユウは馴染みがないのか。よく王家が祭事を行う時にやるんだ……分かるぞ、五月蝿いよな」

「耳がキーーン!となりました」


爆音で調子が可笑しくなった耳をサワサワとマッサージしていると、目の前の人垣が少し割れて、チラリと目当ての人物達を見ることが出来た。

意気揚々と先頭を歩くあの勇者と、俯いたまま一向に顔を上げない黒の巨躯。
そして、皆よりも一歩後ろを怯えながら着いていく人影。


「あ!リドさん。あそこに勇者とイアンさんとケンが……えっ!?ケン?!」


金色のプリン頭がひょこひょこと最後尾を歩いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

異世界に転生してもゲイだった俺、この世界でも隠しつつ推しを眺めながら生きていきます~推しが婚約したら、出家(自由に生きる)します~

kurimomo
BL
俺がゲイだと自覚したのは、高校生の時だった。中学生までは女性と付き合っていたのだが、高校生になると、「なんか違うな」と感じ始めた。ネットで調べた結果、自分がいわゆるゲイなのではないかとの結論に至った。同級生や友人のことを好きになるも、それを伝える勇気が出なかった。 そうこうしているうちに、俺にはカミングアウトをする勇気がなく、こうして三十歳までゲイであることを隠しながら独身のままである。周りからはなぜ結婚しないのかと聞かれるが、その追及を気持ちを押し殺しながら躱していく日々。俺は幸せになれるのだろうか………。 そんな日々の中、襲われている女性を助けようとして、腹部を刺されてしまった。そして、同性婚が認められる、そんな幸せな世界への転生を祈り静かに息を引き取った。 気が付くと、病弱だが高スペックな身体、アース・ジーマルの体に転生した。病弱が理由で思うような生活は送れなかった。しかし、それには理由があって………。 それから、偶然一人の少年の出会った。一目見た瞬間から恋に落ちてしまった。その少年は、この国王子でそして、俺は側近になることができて………。 魔法と剣、そして貴族院など王道ファンタジーの中にBL要素を詰め込んだ作品となっております。R指定は本当の最後に書く予定なので、純粋にファンタジーの世界のBL恋愛(両片思い)を楽しみたい方向けの作品となっております。この様な作品でよければ、少しだけでも目を通していただければ幸いです。 GW明けからは、週末に投稿予定です。よろしくお願いいたします。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

子育てゲーだと思ってプレイしていたBLゲー世界に転生してしまったおっさんの話

野良猫のらん
BL
『魔導学園教師の子育てダイアリィ』、略して"まどアリィ"。 本来BLゲームであるそれを子育てゲームだと勘違いしたまま死んでしまったおっさん蘭堂健治は、まどアリィの世界に転生させられる。 異様に局所的なやり込みによりパラメーターMAXの完璧人間な息子や、すでに全員が好感度最大の攻略対象(もちろん全員男)を無意識にタラシこみおっさんのハーレム(?)人生がスタートする……!

処理中です...