上 下
59 / 82

決戦前夜

しおりを挟む


「今日は買い物と…君に頼みがあって来たんだ」

「へ?バレスさんが俺に?」

(騎士団長ともあろうお方が、俺に頼み事?)


完全に一般庶民である俺に、バレスさんを手助けなんて……何か出来るのだろうか。いやいや、ある訳ないよ。

驚きで、思わず反語表現になってしまった。
訝しむ俺の様子を察したのか、バレスさんは本題を切り出した。


「明日1日、騎士団の手助けをして貰えないだろうか」

「え、騎士団の手助け…ですか?」


バレスさんは何処となく所在なさげに目を泳がせてから、こう続けた。


「……ああ、そうだ。収穫祭当日は何かと問題が起きやすい。街の有事の際に、この一帯に詳しい君に、何かあったら騎士団へ伝えて欲しいんだ」

「あ、あの。ごめんなさいっ!」


俺はソワソワと落ち着きのないバレスさんの発言を、少し遮る形で謝罪した。


「俺、明日は先約があって」

「ッ、!誰と約束を……」


俺の言葉を聞くや否や、何かが琴線に触れたのか、バレスさんは俺の腕を掴んだ。

何の警戒もしていなかった腕は、いとも簡単に捉えられてしまう。
それは緩い拘束だったけれど、何故だかズッシリと重く感じた。

恐る恐る見上げた先には、焦りを滲ませたような、表情。


「えっ、バ、バレスさん?!」

「相手役は誰なんだ」

「ん?相手役?」

「……もしかして、何も知らずに受けたのか?」


バレスさんのこの世の終わりだ、とでも言うかのような表情が、般若のように変貌した。


「騎士団長として、当日は身動きが取れないことは分かっていた。
自分から誘えば君の楽しみを奪いかねないと、躊躇ったが故に後手に回った俺の落ち度だ。
だが、こんな事になるなら最初から……」


ブツブツと明後日の方向を見ながら、何かを呟く様子に気圧されてしまう。


「あわわ……バレスさんが壊れてしまったあ」


どうしよう、とオロオロしていると、店の入り口から穏やかな声が掛けられる。


「バレス君、ユウ君が怖がってるよ」

「す、すまない。腕を握ってしまっていた……痛くはないか?」

「昔から一直線で面白いよね、バレス君って」


ベストタイミングで店に戻ってきたカインさんは、肩を竦めながら俺の頭を撫でる。


「許してやって、あの子は真っ直ぐ過ぎる性質なの」

「は、はあ……」

「本人の前で辱めるのは止めて下さい」

「はは、分かっちゃった?」

「バレスさん、大丈夫なので気にしないで下さい……あ、そういえば。さっきの相手役が云々って何ですか?」

「ありゃ、本当に知らないんだ。教えておけば良かったね。収穫祭では夜に踊る催しがあるって話はしたよね?その相手役は、事前に申し入れをしておくのが慣わしなんだよ」

(なるほど……味気ない言い方すると、事前予約制なんだ)


それで、バレスさんはあんなにビックリしてたのか。
まさかこの店に入りたてペーペーな俺が、誰かに誘われてるなんて思いもよらなかったってところだろう。


(テスト前に勉強してない~!って話してたのに、蓋を開けてみたら満点取ってるじゃん!的なアレだ)

「そういうことだったんですか。どちらせにせよ、申し訳ないのですが……お手伝いの役目は辞退させていただきます」

「……そうか。では、相手だけ教えて貰えないか。直接話したい」

「ちょっとバレス君!しつこい男は嫌われるよ」

「いや、そうではないんです。付け入るようなやり方を辞めろと言いたいだけで……」

(リドさん、逃げて~!)


心の中で先約者、リドさんに告げ口してみるも、通じるワケもなく。


カランカラン…


来客を知らせるベルが鳴った。

(あぁ、リドさんが迎えに来てしまった……)

諦め半分で扉に視線をやると、こちらをコッソリと窺う小さな影。


「あ!セファ!いらっしゃい」

「お邪魔します……お取り込み中ですか?」


控えめな声に釣られて、3人の視線が小さな身体に注がれる。


「子供……?もしかして先約というのは彼が?」

「あ、はい!そうなんですよ。初めての収穫祭なので、明日はセファに案内して貰うんです。ね?」

「?……はい」


バレスさんの勘違いを好都合とばかりに必死でアイコンタクトを送った。
セファは何かに勘付いたようで、俺に話を合わせてくれている。


(なんて聡明な子なんだろう……!)

「そうか、君は先日ユウに助けられた子だな。その後大事ないだろうか」

「騎士団長様、お気遣いありがとうございます。こちらはいつも通り、変わりありません」

「安心したよ。ではそろそろ失礼する……ユウ、明日は無事楽しめるといいな」

「え?あ、ハイ!お誘い受けられずすみませんでした」

「……出来る事なら、来年は俺に時間をくれないか。君が俺のために、時間を割いてやっても良いと思ってくれるなら」


そう言い残して、少しばかり名残惜しそうに、バレスさんは店を出て行った。


「セファ、助かったよ。今日も来てくれてありがとうな」

「いえ、今日もユウさんのご友人を案内する約束だったので……お役に立てて嬉しいです!」


内緒話をするように声を潜めてセファと笑い合う。


「カインさん、今日はそろそろ上がっても大丈夫ですか?」

「いいよいいよ!」

「よし、じゃあ友達が来るまで待ってようか。薬草茶飲む?」

「わぁ、ありがとうございます!」


セファとお茶を楽しみつつ、待つ事数分。
すぐにリドさんが店を訪れた。


「ユウ……子供いたのか」

「ちょっと!そんな訳ないじゃないですか。こっちに来てすぐに知り合ったんですよ、俺の弟分です」

「ふふ、よろしくお願いします」


セファは行儀良くリドさんと挨拶を交わす。セファって、俺より落ち着いてるよね。


「リドさん、帰りがけにちょっと寄りたいところがあるんです。良いですか?」

「もちろんだ」

「ふぅん、リドさんとユウ君がねぇ……ふぅ~ん?へぇ~」


カインさんに何かを勘繰られつつ薬草屋を後にして、リドさんを引っ張って行った先はギルドの裏手。

昨日、セファに案内して貰った場所だ。

薄暗くて、人通りがない。
けれど、居場所を追われた人達が、確かに息づく場所。


「ここは…」

「ギルドの裏です。明日の作戦、セファにも話して協力を仰ぎたいんです」

「セファに?」

「はい。作戦では、勇者パーティーが立ち寄る先、その最後の場所がギルドです。人の出入りも1番あるから、紛れやすいです」

「バレスがギルドを案内する手筈になっているから、その人混みに乗じてイアンに近付き、アイツを隠すって話だが…」


そう、明日の作戦はこうだ。

ギルドへと足を踏み入れたバレスさんと勇者パーティーの注意を逸らし、俺がイアンさんを人混みに隠す。

その隙を作るために<さいしょのむら>の村長であり、ギルドにも顔が利くリドさんに、勇者達の注意を引いて貰う必要があった。

ちなみに俺は顔が割れているので、変装して近付く必要があるのだけど……その事については後にしよう。

あまり考えたくない話題だ。


「イアンさんを連れ出せたら、この裏道を逃走経路に使う事で、見つかるリスクを大幅に減らせると思うんです」

「確かにな。ここならば最初に捜索する事はないだろう……この言葉は好きじゃないが、此処はフィラのだからな」

「と言う事で、セファ。お願いできるかな?」

「もちろんです。少しでも撹乱出来るように、人を集めておきます」


なんて事ないように言ってのけるセファ。
自分達の生活を安定させるのにも大変な彼らが、惜しみない協力をしてくれる。

その事に感動して、ぎゅ~っと、惜しみないハグを贈る。

勿論、厳しい世界だからギブアンドテイクだ。


「ありがとう、セファ!明日、皆さんの分のご飯を持ってくるからね」

「ありがとうございます!みんなも喜んで手伝ってくれますよ」


しばし明日への緊張を傍に置き、和気藹々と会話を重ねて結束を固めた。


「よし、あとはやるだけ……ですね」

「あまり気合い入れすぎるなよ。頼れる村長様がついてるんだからな」


ニヤッ、と笑みを作ったリドさんに、曖昧に返事をする。


(そんなこと言ったって、心臓バクバクだよ……)


差し迫ったイアンさん救出作戦と、収穫祭。

何事も起きていなければ、きっと心から楽しめたであろう祭りを少し惜しみながら、浮ついた空気の夜道を急いだ。


しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...