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暗い水底で

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「はっ、はぁ」


……まただ。
またこの暗がりで目を覚ました。
ここはおそらく地下牢だ。

身体を動かそうとすると、ジャラリと重く地面を擦る音が聞こえた。
自分をこの地に縛る、忌々しい拘束具を睨み付ける。


「……」


そんな僅かな抵抗で変化が訪れるわけもなく。
ただ無意に時間が過ぎた。

今日がいつから始まり、いつ日が落ちているのか……自然の流れさえも全く掴めない。

こんなに孤独を感じるのはいつ以来だろうか。
命からがら魔物が犇く砦から逃げ延びて、体を引き摺っていたあの時のような全身の倦怠感が心をも侵食する。

繋がれた手を動かそうにも、煩わしい音と共に鈍い痛みが走るだけ。
何度目か分からない重い息が漏れ出ていった。


「ユウ……」


自分が気を失う直前のことを思い出す。

彼が育てようと誘ってくれたあの畑で待ち合わせていた夕暮れ時。
気配もなく忍び寄っていた勇者が声を掛けてくるのと、彼が俺を呼んだのはほぼ同時のことだった。


(あの時は、全て終わってしまったかと思った)


ユウが常々勇者や王宮の人間達を警戒しているのは知っていた。
それもそのはず、彼自身も黒が原因で追われる立場だったのだ。


(咄嗟に声を荒げたが、上手く誤魔化せていただろうか)


その真偽は、今となっては確かめることはできない。


(それにしてもあの勇者を名乗る男、相当な実力者だった。俺たちのパーティーに奴が居たらあるいは……なんて考えるべきでもないけど)


仮定の話が頭を過るが、それも即座に否定する。


(いや、あの性格なら無理だな)


勇者が手で弄んでいた短剣は、1年前にパーティーを組んでいた魔術師の護身用のものだった。

……大切なもの、だった。
それを、追い剥ぎのように奪い取ったあの時の顔が忘れられない。
俺が無様にも追い縋った時に見せた、さも愉快だと言わんばかりの瞳。

あの性根が腐った人間が、一つのパーティーに丸く収まることなんて考えられない。


(魔族にも人間にも、全てに絶望した。でも生きなければ……仲間の死を負った俺には、生き残る使命しかなかった)


あの短剣に触れる度、記憶と自戒の念とが心を乱した。
パーティーを率いた者として、失った仲間の意志を背負って生きるという決意を忘れない為に、大切にしまい込んでいたものだった。


「取り、戻さ……ないと」


短剣も、自由も、彼の温かな腕も。
……また意識が朦朧としてきた。


「……ッは」


呼吸が浅くなる。
発熱したのだろうか、身体が気怠さを訴えている。

侘しさに指先を震わせていると、


『イアンさん』


……優しさが滲んだ声で、名前を呼ばれた気がした。


「ユウ、ユウ……あいたい」


その言葉を発しただけで、気怠さが僅かに紛れた。
ポーションを飲んだわけでもないのに、ただ彼に会いたいと思うだけで呼吸が落ち着く。


(これは、なんだろう)


今、彼に会うことが出来れば……その答えも分かる気がする。


「自由に、ならないと」


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