60 / 82
暗い水底で
しおりを挟む「はっ、はぁ」
……まただ。
またこの暗がりで目を覚ました。
ここはおそらく地下牢だ。
身体を動かそうとすると、ジャラリと重く地面を擦る音が聞こえた。
自分をこの地に縛る、忌々しい拘束具を睨み付ける。
「……」
そんな僅かな抵抗で変化が訪れるわけもなく。
ただ無意に時間が過ぎた。
今日がいつから始まり、いつ日が落ちているのか……自然の流れさえも全く掴めない。
こんなに孤独を感じるのはいつ以来だろうか。
命からがら魔物が犇く砦から逃げ延びて、体を引き摺っていたあの時のような全身の倦怠感が心をも侵食する。
繋がれた手を動かそうにも、煩わしい音と共に鈍い痛みが走るだけ。
何度目か分からない重い息が漏れ出ていった。
「ユウ……」
自分が気を失う直前のことを思い出す。
彼が育てようと誘ってくれたあの畑で待ち合わせていた夕暮れ時。
気配もなく忍び寄っていた勇者が声を掛けてくるのと、彼が俺を呼んだのはほぼ同時のことだった。
(あの時は、全て終わってしまったかと思った)
ユウが常々勇者や王宮の人間達を警戒しているのは知っていた。
それもそのはず、彼自身も黒が原因で追われる立場だったのだ。
(咄嗟に声を荒げたが、上手く誤魔化せていただろうか)
その真偽は、今となっては確かめることはできない。
(それにしてもあの勇者を名乗る男、相当な実力者だった。俺たちのパーティーに奴が居たらあるいは……なんて考えるべきでもないけど)
仮定の話が頭を過るが、それも即座に否定する。
(いや、あの性格なら無理だな)
勇者が手で弄んでいた短剣は、1年前にパーティーを組んでいた魔術師の護身用のものだった。
……大切なもの、だった。
それを、追い剥ぎのように奪い取ったあの時の顔が忘れられない。
俺が無様にも追い縋った時に見せた、さも愉快だと言わんばかりの瞳。
あの性根が腐った人間が、一つのパーティーに丸く収まることなんて考えられない。
(魔族にも人間にも、全てに絶望した。でも生きなければ……仲間の死を負った俺には、生き残る使命しかなかった)
あの短剣に触れる度、記憶と自戒の念とが心を乱した。
パーティーを率いた者として、失った仲間の意志を背負って生きるという決意を忘れない為に、大切にしまい込んでいたものだった。
「取り、戻さ……ないと」
短剣も、自由も、彼の温かな腕も。
……また意識が朦朧としてきた。
「……ッは」
呼吸が浅くなる。
発熱したのだろうか、身体が気怠さを訴えている。
侘しさに指先を震わせていると、
『イアンさん』
……優しさが滲んだ声で、名前を呼ばれた気がした。
「ユウ、ユウ……あいたい」
その言葉を発しただけで、気怠さが僅かに紛れた。
ポーションを飲んだわけでもないのに、ただ彼に会いたいと思うだけで呼吸が落ち着く。
(これは、なんだろう)
今、彼に会うことが出来れば……その答えも分かる気がする。
「自由に、ならないと」
127
お気に入りに追加
5,007
あなたにおすすめの小説
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
異世界に転生してもゲイだった俺、この世界でも隠しつつ推しを眺めながら生きていきます~推しが婚約したら、出家(自由に生きる)します~
kurimomo
BL
俺がゲイだと自覚したのは、高校生の時だった。中学生までは女性と付き合っていたのだが、高校生になると、「なんか違うな」と感じ始めた。ネットで調べた結果、自分がいわゆるゲイなのではないかとの結論に至った。同級生や友人のことを好きになるも、それを伝える勇気が出なかった。
そうこうしているうちに、俺にはカミングアウトをする勇気がなく、こうして三十歳までゲイであることを隠しながら独身のままである。周りからはなぜ結婚しないのかと聞かれるが、その追及を気持ちを押し殺しながら躱していく日々。俺は幸せになれるのだろうか………。
そんな日々の中、襲われている女性を助けようとして、腹部を刺されてしまった。そして、同性婚が認められる、そんな幸せな世界への転生を祈り静かに息を引き取った。
気が付くと、病弱だが高スペックな身体、アース・ジーマルの体に転生した。病弱が理由で思うような生活は送れなかった。しかし、それには理由があって………。
それから、偶然一人の少年の出会った。一目見た瞬間から恋に落ちてしまった。その少年は、この国王子でそして、俺は側近になることができて………。
魔法と剣、そして貴族院など王道ファンタジーの中にBL要素を詰め込んだ作品となっております。R指定は本当の最後に書く予定なので、純粋にファンタジーの世界のBL恋愛(両片思い)を楽しみたい方向けの作品となっております。この様な作品でよければ、少しだけでも目を通していただければ幸いです。
GW明けからは、週末に投稿予定です。よろしくお願いいたします。
僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる