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ギルドと裏

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カランカラン…

控えめに扉が鳴り、小さなお客様が入店したことを伝える。

視線をずらすと、やはりそこにはセファが所在なさげに立っていた。


「あ、セファ。いらっしゃい」

「ユウさん!あの、本当にお邪魔しても良かったんでしょうか?」

「あっ!君がセファ君だね、いやはや……こんなに可愛いお友達がいたなんて、最初から紹介してよユウ君!」

「セフ、グハッ!!」


俺がセファにどう声を掛けようか考えあぐねていたところに、バシィッ!とカインさんの平手が入る。

背中とはいえ、結構な衝撃を受けて咳き込んでしまった。


「カインさん、力強すぎます……」

「ああ、ごめんね!ついつい力入っちゃったよ」

「ユ、ユウさん大丈夫ですか?!」


自分より一回りも二回りも小さそうなセファに背中をさすられて、痛みとは違う意味で涙が出そうになる。


「カインさん、紹介します。あ~、弟のセファです」

「へ?あの、ユウさん?」

「血は繋がってないですけど、弟みたいに大切な子です。もしよければ、店でも可愛がってやってください」

「……!」


セファが戸惑っているのを感じるが、それでも迷う事なく言い切る。

身寄りがない子供達はこの福祉のない世界にも、当然のように存在する。
それだけで、全ての子に平等に手を差し出すのは難しいんだ。

だからこそ、俺の弟という、一捻りを加えることで周りからの覚えは良くなる。
シビアで嫌な話ではあるが、そういった側面も上手く利用すること大切なんだ。


「……そうなんだ、分かったよユウ君。さ、セファ君。何か飲み物を飲まない?うちの薬草茶は身体にもいいし、味も抜群だよ!」

「あ、もしよければ俺が買い置きしたものがあるので、皆で飲みませんか?」


俺は裏に隠していた薬草茶の葉を取り出して、セファに見せた。
セファはこんなに間近でお茶用に煎じられた葉を見るのは初めてのようで、目を輝かせている。


「いいね、じゃあそれ2人でお茶出ししてみない?店の道具、好きに使って良いよ」

「やった!カインさん、ありがとうございます。セファ、やってみようか」

「……っはい!」


実は俺も一度か二度の経験値だが、それでも道具の使い方や、薬草の説明は出来る。

カインさんに見守られながら、2人で薬草茶を煮出していく。


「セファ、この道具はお茶の葉っぱをお湯に残さないように漉すためのものなんだ」

「お茶の葉が残っていると、何かダメなことがあるんですか?」

「あ~、ちょっと苦くなっちゃうからね。害があるってほどじゃないんだけど、取った方が美味しいよ」

「なるほど……」


こうやってお茶の出し方を教えていると、イアンさんに調理の仕方を教えてもらった記憶が蘇ってくる。


(きっと、あんなに過去を刺激するような思いをして、しかも今は1人で……寂しいよな。早く助け出さないと)

「……ユウさん?」

「あ、ごめんごめん。もう出来たし、試しに飲んでみよっか?」

「はい!」


暗くなりかけた思考を無理矢理戻し、笑顔を作った。


(焦ったらダメだ。しっかり準備して、絶対に助け出すんだ)


3人で初めてチャレンジしたお茶に舌鼓を打ち、セファは感動しきりで、我ながら良いことをしたと自分を少しだけ褒めた。

見事な年の差もあり話が若干噛み合わないながらも、激動の数日間の中でも僅かに癒しを得ることができた。



「カインさん、ユウさん、ありがとうございました」

「俺はこのままセファを送って帰ります。カインさん、ありがとうございました!」

「こちらこそ楽しかったよ。ありがとう、気を付けて帰ってね」


路地裏に踏み入れると、シンとした空間が広がっていた。


「ユウさん、今日は本当にありがとうございました」

「どうってことないよ。お土産の茶葉、もしよければ香り付けとかにも使えるから、眠れない時に使ってみて」

「ありがとうございます!……あの、お時間あればこのままギルドを見に行きませんか?」

「え、いいの?」

「勿論です……僕がもう少し、ユウさんとお話ししたいので」


えへへ、と照れたように笑うセファを見て、危うくブラコンの気が出て来そうになってしまった。

危ない危ない。

他愛もない話をしながら路地を数分歩いていると、一段と暗い路地が見えてきていた。
それを感じ取ったセファが足を止めて、俺を見上げる。


「ギルドは流れの……この街の者ではなくても長く滞在できます。だから、裏も深いんです」

「え、裏?」

「はい、僕ら孤児はその日その日を必死に食い繋いでいます。それは彼らも同じなんです」


スッと差したその指先は、ギルドの裏口から足を引きずって出てくる者、地面に寝転がって睡眠をとる者……子供達だけではなく、あらゆる年齢層の人々が懸命に生きる姿を捉えていた。


「……っ、」

「ギルドには不定期にクエストが出されますが、それは実力社会で生きる者にとっては酷でもあります」

「彼らは、この街に長くいるのか?」

「そうとも言えますし、そうじゃないとも言えます。ここに有力者が揃えば受けられるクエストは減る。彼らは土地を変え、流れるんです」


そう淡々と語るセファの顔立ちは、幼さなんてまるでない、自立した一個人の表情だった。

ギルドから僅かに差す光が、そのアンバランスさを際立たせる。


「僕たちは、彼らと協力して日々の食料を得ています。だからこそ、僕らは恩義を忘れません」

「……恩義?」

「ユウさんは初めて会ったあの日、街中で僕を助けてくれました。その後も、奴隷商を撃退してくれた」

「いや、あれはバレスさんがやったことで!」

「もしあの時、ユウさんが咄嗟に逃げていたら、その先に隠れていた僕らが捕えられたはずなんです。本当にありがとうございました」


真摯に見つめられた俺は、セファに人としての大きな器量を感じて複雑な思いを抱えた。


(きっと、小さくとも、ここまでの考えに至るほどの経験をして来たんだ)

「だから、是非その恩義を返させてください。ここの、裏に住む僕らは皆ユウさんの味方です」

「え、」


視線を感じて前を向き直ると、先程までこちらに見向きもしていなかった彼らが、にこやかに手を振っている。


「ユウさん、収穫祭の日に何かをするんですよね。心配なら僕だけに教えてくれるのでも構いません……だから」

「セファ、ありがとう」


中腰の姿勢になって、小さな身体を抱きしめる。

その身体は痩せており、十分な発育が出来ていないだろうことが分かる。

ついでにと、労わるように背を撫でた。

俺の行動が唐突で驚いたのか、セファは小さく息を吸った。


「セファも大変なのに、俺のこと心配してくれて……本当にありがとう」

「ユ、ユウさん」

「よし、決めた。セファ、また明日ここに来ても良い?次は1人仲間を連れてくるよ」

「はい!勿論です」

「ありがとう。しかし、セファはしっかり者で凄いよ……」

「僕ももう15ですから」

「へぇ、15…15?!」

「そうですよ、十分に食べられていないのであまり立派にはなれていませんが…」


俺の反応を見て少し落ち込んでしまったのか、もじもじと足を動かす。


(なんてことだ…身長が小さめで細いからすっかり勘違いしていた)

「セファはそのままで可愛いけど、望むならでっかくなれる食材、探してくるからな……!」

「えっ、ありがとうございます……?」


小首を傾げてお礼を言うセファに、可愛い可愛いとまた涙しながら別れを告げた。
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