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決意
しおりを挟む「ヒューゴ、これからイアンさん達に会いに行くから……やる事分かってるよね」
「イアン?あ~黒髪にこれを返せってことかぁ」
出店で購入した食べ物を頬張りながら、ヒューゴは短剣を取り出して意地の悪い笑みを浮かべる。
「言っとくけど、反省とか促さないでよ?そこまで良い子ちゃんじゃないから」
「何でそんなに拗らせてるんだ……」
「んふ、それって褒め言葉だよ」
フィラを出ると、祭りの喧騒はあっという間に遠い雑音となった。
街のように等間隔に街灯がない道のりは、時折設置された魔獣避けが灯るだけ。
それが、今の遣る瀬無い気分に合っていた。
イアンさんとケンに成果を報告するために、村を通り過ぎてアンナさんの家に向かって歩みを進める。
「……ヒューゴさ、これから協力してくれるんだよな?なら、一つだけ守って欲しいことがある」
「なぁに?仲間割れするなとか?」
「どんな手を使っても、全員で生きて帰ってきて欲しい」
「……へぇ、随分信頼されたね」
(もう今日は気を張り過ぎて疲れた。言葉を飾る気も起きない)
「ま、それなら編成に少しでも力のあるヤツを入れる事だね。俺だけでも完遂は出来るけど、メインストーリーが進行しちゃうかもだし」
それから数分間、黙ったまま歩き続けた俺たちに立ち塞がったのは黒の巨躯。
「イアンさん!」
「……どういうこと」
「待った!これ返却しまぁ~す!」
俺が何かを言う前に、ヒューゴは手に持っていた短剣をイアンさんへと放り投げた。
「……ユウ、どうして勇者が」
「イアンさん、ごめんなさい。どうしても勇者の力を借りないとクエスト達成は厳しいと思ってるんです」
「そいつは、敵」
イアンさんはヒューゴから一切目線を外さずに睨みつける。
やっぱり、和解は難しいか。
そんな沈んだ気持ちになり掛けた俺の横を風のように通り過ぎたのは、トラブルの元凶だった。
イアンさんの眼前まで近寄り、煽るように言葉を続けた。
「なぁ黒髪、ソレ返したからこの面白い奴と交換ね」
「……巫山戯るな」
「こちとら大真面目。俺さ、ユウに魔族を倒して!ってお願いされちゃったんだよねぇ……一度負けたくらいで臆病になっちゃった誰かさんの代わりに」
「ヒューゴ!」
少し手綱を離すとすぐにこうなる!と、ヤケになってヒューゴを止めに入る。
どんな経緯だろうと、心に傷を負ったイアンさんを責め立てるような言動は許せない。
微かに震えるイアンさんの手を取り、そのまま大きな身体を抱きしめた。
ぽんぽん、と温かい背中を何度か軽く叩いて宥める。
「こうやってお姫様に守って貰ってんの?良いねぇ、元勇者様は」
「……」
「ヒューゴ、何がそんなに気に障るのか分からないけど……俺は守ってるんじゃなくて、守られてるんだ」
俺はイアンさんを見上げて、なるべく優しい声色で語りかける。
「イアンさん、魔族の討伐に勇者も参加してくれる事になりました。今度は本気で事態解決の為に動いてくれます……時間は掛かるけど、きっと辛い過去を乗り越えられますよ」
「ユウは、アイツと行く?」
「いや、それは流石に足手纏いになるので止めておきます。でも、出来る支援はします」
「そうそう!一番信頼のおける協力者ってワケ」
イアンさんは何かを堪えるように、ぐっと拳を握りしめる。
「それじゃ、俺は帰って遠征準備でもするかな~!ま、臆病者は引き篭もってれば良いじゃん」
ヒューゴは用が済んだとでも言うように、ひらりと手を振って颯爽と去っていく。
その場に残されたのは、重い空気と2人の人間だけだった。
「……昔話、聞いて」
イアンさんは繋いだ手を握り直してから、言葉を紡いでいく。
夕方の少し肌寒い外気に触れているにも関わらず、その手はじっとりと汗ばんでいた。
「勇者になって、パーティーを組んだ。けど、城の入り口にあった罠で……皆死んだ」
(イアンさんが勇者になっていたとは聞いてたけど、他のパーティーメンバーは全滅していたのか……それはトラウマになるよな)
「だから、責任がある……生きること、復讐すること」
イアンさんは静かにヒューゴが去っていった先を睨んだ。
「アイツ、嫌いだけど……力は本物。協力出来るなら、勝てる」
「イアンさん……無理に戦地に行かなくていいんですよ。イアンさんの問題は時間が解決するかもしれません」
呪いを受けたあの地に再び行くとなれば、相応の覚悟は必要だろう。
イアンさんは呪いの影響を、色濃く受けているんだ。トラウマをわざわざ刺激しに行かなくても良い。
「お揃いの黒……今は嬉しい。嫌な記憶も、ユウがいれば消える」
ふと、視界が暗くなったのを感じた。
両頬に大きな掌が触れている。
何事かと驚いた時には、既に俺の頭部はイアンさんに抱き込まれていた。
ふわりと薬草の香りが鼻を擽り、熱は薄いベールを介して俺に伝染する。
「大好き」
「……え?」
「離れていかないで」
「え、えと?」
突然流暢に語られた言葉は、俺の思考を全部奪い去っていった。
俺が何も返せず黙っていると、硬い表情に少しだけ笑みを浮かべたイアンさんが、目線を合わせてくれる。
「地下牢で、ずっと考えてた……ユウが居ないとダメだって」
イアンさんの手がベールに触れて、視界が明るくなる。
「心配、会いたい、触れたい……全部大好きだから」
自分が危機的状況に置かれているのに、俺の事を心配してくれてたのか。
優しい言葉の数々に、自然と視界が潤んで涙が溢れる。
「泣かないで」
「俺、謝りたかったんです。あの日イアンさんに助けて貰って……隠れてるしか出来なかった自分が不甲斐なくて!」
遂には声を上げて泣き出した俺を、イアンさんは優しく撫でて慰めてくれる。
こんなに泣いたのは小学生の時以来だ。
社会人になって上司に死ぬ程詰められた
時でさえも、声を上げて泣く事はなかったのに。
ヒューゴ曰く、メインストーリーでは、イアンさんが捕えられて亡くなっていた。
人の生死が自分の行動によって決まっていく事実に、残酷なまでの責任を自覚したんだ。
「ごめんなさい、怖い思いをさせてしまって」
「もういい」
(……大の大人に、目の前でこんなに泣かれたら困っちゃうよな。泣き止まないと)
何か楽しい事でも考えて涙を引っ込めようと格闘するも、堰を切ったように流れる涙は止められない。
ふと、何かが近寄る気配を感じて顔を上げると、間近に精巧な造りで出来たお顔が迫っていた。
ふにっ
流れた涙の跡に、優しく触れる感触。
「あ、あの?!」
「涙止まった」
「あわわわ」
(今日は何なんだ、収穫祭と合わせてキスの日イベントでも開催してるのか?!)
くすりと笑った目の前の美丈夫は、俺の反応を楽しむ様に頬に口付けを繰り返す。
一通り俺で遊んだ後、おもむろにその場に跪いた。
「……俺、やる。今度こそ守りたいもの、あるから」
夕空に浮かぶ星々よりも強い輝きを灯した眼差しが、俺の心の翳りを拭い去っていった。
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