巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。

はちのす

文字の大きさ
上 下
52 / 82

対峙

しおりを挟む

よりによって、イアンさんが勇者と遭遇してしまった。

その事実を一瞬では理解出来ず、頭が真っ白になる。
目を擦って、頬を抓って……夢なら覚めてくれ!そう思いながら振り向いてみても、やっぱりそこに勇者はいた。


(信じたくないけど……あの癪に障る話し方は勇者で間違いない)


リドさんの推測では、帰還に数日はかかるって話だった。読み違えたにしても、あまりにも早すぎる。
実際の距離は知らないけど、ギルドで聞いた話では、数日は留守にするって言ってたのに!


(めちゃくちゃスムーズにいったとしても、こんなに早く帰れるものなのか?)


答えのない問いを頭で反芻するけれど、ただ時間が無情に過ぎていくだけ。
恐る恐る対峙する二人を盗み見た。


「……」


イアンさんは勇者を睨みつけているのか、一言も発さず、微動だにしない。


(さっきの怒号……俺がいる事を勇者に悟られないように、わざと大きな声を出してくれたんだ)


その優しさに、胸が詰まりそうになる。
何もできない自分が情けなくって、体育座りの姿勢で縮こまった。


(イアンさんを助けたい……でも、俺が今ここを飛び出したところで、勇者にあっけなく捕らえられる未来しか見えないよ)


自分が蚊帳の外で飛び回る羽虫にしかなれない事を実感し、自責の念がじっとりと背中を覆い尽くす。

勇者は、突然押し黙ったイアンさんを見て何を思ったのか、至極愉快そうな声色で問いかけ始める。


「ねぇ……アンタの気配、前も思ったけどかなり複雑だよね。魔物との間の子?半魔ってやつ?」

「違う、俺は人間……だった」

「だった?へぇ、さらに面白いじゃん。俺知らなかったな~、人が魔物に化けるなんて。どういう魔術受けたらそうなんのさ」


痛いほど張り詰めた空気の中、武器を構えながら、重い足取りで距離を縮めるイアンさんに対し、
勇者は何処か余裕の表情で、手に持つ獲物を遊ばせていた。


「……」

「だんまりかぁ、まあいいや。そういや、アンタはこれを探してたんじゃない?」

「ッ!」


その声に釣られて隙間から様子を窺うと、勇者の手に握られた小振の剣を、イアンさんに見せびらかすようにヒラヒラと動かしている。

……まさか、イアンさんの探し物って。


「この短剣、アンタのお友達の物だっけ。取り返したくて俺を探したりした?」

「それを…返せッ!」


それまで会話などする気もない様子だったイアンさんが、打って変わって目にも止まらぬ速さで疾走した。

その動きに触発された風が吹き抜け、蹴り上げられた土埃が方向感覚を失うほどに舞い上がり周囲を覆う。
俺はもう、咽せそうになるのを抑えることに必死だ。


「おっと、さすが半魔……でもね」

「……っぐ!」


振り下ろされた剣を跳ねるような動きで避けると、そのまま膝をイアンさんの鳩尾に打ち込む。

その腹部は全身を覆うための簡素な布だけしか巻かれておらず、弱い部分を守る機能を果たしていない。
ただ畑に水をあげるために村を出たんだ、剣以外に大層な装備は身に付けていなかったんだろう。

戦闘について何も分からない俺がハッキリと状況を把握出来たのは、
既にイアンさんが膝をついて蹲った姿を見てからだった。


「イア……ッ!」


思わず出しそうになった大声を、押し込めるために口を抑える。


(なにか……何かイアンさんを助ける方法を探さなきゃ!)


必死に思考を巡らせてやっと浮かんだのは、リドさんの顔。

そうだ、今イアンさんと俺が頼れるのはリドさんしかいないんだ。


(幸い、村からここまではそう離れていないから……走れば数分もかからずリドさんを呼べる!)


とにかく早く助けを呼ぼうとほぼ四つん這いの姿勢で動き始めた瞬間、
駆け寄るような足音と第三者の声がこの場に響いた。


「ぜぇ、っはぁ……勇者さん。小隊全部振り切ってくれやがりましたね……っていうかそれ誰ですか」

「あぁ?副団長かぁ、折角これからってところなのに。邪魔だなぁ」

(ふ、副団長?)


勇者と知り合いと思しき男が話しかけたのを聞き、思わず動きを止めて振り返る。

そこには騎士団の隊服を纏いながらも、その威厳をあまり感じさせない軟派な男が立っていた。

傲慢な勇者とは打って変わって、どこか気怠げな雰囲気を醸し出す垂れ目と口調。
その深い青色の髪が、ふわりと風に靡いて目を惹いた。


「邪魔って……本人を目の前に言うのやめてくれません?それにその人黒髪じゃないですか。殺さんばかりの勢いですけど、生捕りにしてくださいよ。大怪我なんてさせたら、俺が後で団長にこっぴどく叱られるんですから」

「お前、騎士団……か」

「え、副団長がバレスに叱られるって?ケッサクじゃん!何それ見たい」


青髪は、イアンさんを目に留めながらも一切言葉を交わさない。まさに空気のように扱っていた。


「他人事だからって……ほら、行きますよ。その黒髪、軽く気絶させてください」


勇者の「弱っちい奴が俺に指図すんな」という短い返答から間をおかずに、鈍い音が響いた。

……イアンさんの体が、ゆらりと傾いて地に倒れる。
青髪はそれを見咎めて、わずかに眉間に皺を寄せた。


「軽くって言ったでしょうが!」

「へぇそう?聞こえなかったなぁ、弱い人間って話し声も小さいんだなあ~」


ギャアギャアと騒ぎながらイアンさんを担いで引き上げていく青髪と、短剣を手で弄びながらその倍は早足で歩を進める勇者。

俺はその憎らしい後ろ姿を、ただただ唇を噛み締めながら見送ることしか出来なかった。


しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました

犬派だんぜん
BL
【完結】  私は、7歳の時に前世の理系女子として生きた記憶を取り戻した。その時気付いたのだ。ここが姉が好きだったBLゲーム『きみこい』の舞台で、自分が主人公をいじめたと断罪される悪役令息だということに。  話の内容を知らないので、断罪を回避する方法が分からない。ならば、断罪後に平穏な生活が送れるように、追放された時に誰か領地にこっそり住まわせてくれるように、得意分野で領に貢献しよう。  そしてストーリーの通り、卒業パーティーで王子から「婚約を破棄する!」と宣言された。さあ、ここからが勝負だ。  元理系が理屈っぽく頑張ります。ハッピーエンドです。(※全26話。視点が入れ代わります)  他サイトにも掲載。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

処理中です...