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対峙
しおりを挟むよりによって、イアンさんが勇者と遭遇してしまった。
その事実を一瞬では理解出来ず、頭が真っ白になる。
目を擦って、頬を抓って……夢なら覚めてくれ!そう思いながら振り向いてみても、やっぱりそこに勇者はいた。
(信じたくないけど……あの癪に障る話し方は勇者で間違いない)
リドさんの推測では、帰還に数日はかかるって話だった。読み違えたにしても、あまりにも早すぎる。
実際の距離は知らないけど、ギルドで聞いた話では、数日は留守にするって言ってたのに!
(めちゃくちゃスムーズにいったとしても、こんなに早く帰れるものなのか?)
答えのない問いを頭で反芻するけれど、ただ時間が無情に過ぎていくだけ。
恐る恐る対峙する二人を盗み見た。
「……」
イアンさんは勇者を睨みつけているのか、一言も発さず、微動だにしない。
(さっきの怒号……俺がいる事を勇者に悟られないように、わざと大きな声を出してくれたんだ)
その優しさに、胸が詰まりそうになる。
何もできない自分が情けなくって、体育座りの姿勢で縮こまった。
(イアンさんを助けたい……でも、俺が今ここを飛び出したところで、勇者にあっけなく捕らえられる未来しか見えないよ)
自分が蚊帳の外で飛び回る羽虫にしかなれない事を実感し、自責の念がじっとりと背中を覆い尽くす。
勇者は、突然押し黙ったイアンさんを見て何を思ったのか、至極愉快そうな声色で問いかけ始める。
「ねぇ……アンタの気配、前も思ったけどかなり複雑だよね。魔物との間の子?半魔ってやつ?」
「違う、俺は人間……だった」
「だった?へぇ、さらに面白いじゃん。俺知らなかったな~、人が魔物に化けるなんて。どういう魔術受けたらそうなんのさ」
痛いほど張り詰めた空気の中、武器を構えながら、重い足取りで距離を縮めるイアンさんに対し、
勇者は何処か余裕の表情で、手に持つ獲物を遊ばせていた。
「……」
「だんまりかぁ、まあいいや。そういや、アンタはこれを探してたんじゃない?」
「ッ!」
その声に釣られて隙間から様子を窺うと、勇者の手に握られた小振の剣を、イアンさんに見せびらかすようにヒラヒラと動かしている。
……まさか、イアンさんの探し物って。
「この短剣、アンタのお友達の物だっけ。取り返したくて俺を探したりした?」
「それを…返せッ!」
それまで会話などする気もない様子だったイアンさんが、打って変わって目にも止まらぬ速さで疾走した。
その動きに触発された風が吹き抜け、蹴り上げられた土埃が方向感覚を失うほどに舞い上がり周囲を覆う。
俺はもう、咽せそうになるのを抑えることに必死だ。
「おっと、さすが半魔……でもね」
「……っぐ!」
振り下ろされた剣を跳ねるような動きで避けると、そのまま膝をイアンさんの鳩尾に打ち込む。
その腹部は全身を覆うための簡素な布だけしか巻かれておらず、弱い部分を守る機能を果たしていない。
ただ畑に水をあげるために村を出たんだ、剣以外に大層な装備は身に付けていなかったんだろう。
戦闘について何も分からない俺がハッキリと状況を把握出来たのは、
既にイアンさんが膝をついて蹲った姿を見てからだった。
「イア……ッ!」
思わず出しそうになった大声を、押し込めるために口を抑える。
(なにか……何かイアンさんを助ける方法を探さなきゃ!)
必死に思考を巡らせてやっと浮かんだのは、リドさんの顔。
そうだ、今イアンさんと俺が頼れるのはリドさんしかいないんだ。
(幸い、村からここまではそう離れていないから……走れば数分もかからずリドさんを呼べる!)
とにかく早く助けを呼ぼうとほぼ四つん這いの姿勢で動き始めた瞬間、
駆け寄るような足音と第三者の声がこの場に響いた。
「ぜぇ、っはぁ……勇者さん。小隊全部振り切ってくれやがりましたね……っていうかそれ誰ですか」
「あぁ?副団長かぁ、折角これからってところなのに。邪魔だなぁ」
(ふ、副団長?)
勇者と知り合いと思しき男が話しかけたのを聞き、思わず動きを止めて振り返る。
そこには騎士団の隊服を纏いながらも、その威厳をあまり感じさせない軟派な男が立っていた。
傲慢な勇者とは打って変わって、どこか気怠げな雰囲気を醸し出す垂れ目と口調。
その深い青色の髪が、ふわりと風に靡いて目を惹いた。
「邪魔って……本人を目の前に言うのやめてくれません?それにその人黒髪じゃないですか。殺さんばかりの勢いですけど、丁重に生捕りにしてくださいよ。大怪我なんてさせたら、俺が後で団長にこっぴどく叱られるんですから」
「お前、騎士団……か」
「え、副団長がバレスに叱られるって?ケッサクじゃん!何それ見たい」
青髪は、イアンさんを目に留めながらも一切言葉を交わさない。まさに空気のように扱っていた。
「他人事だからって……ほら、行きますよ。その黒髪、軽く気絶させてください」
勇者の「弱っちい奴が俺に指図すんな」という短い返答から間をおかずに、鈍い音が響いた。
……イアンさんの体が、ゆらりと傾いて地に倒れる。
青髪はそれを見咎めて、わずかに眉間に皺を寄せた。
「軽くって言ったでしょうが!」
「へぇそう?聞こえなかったなぁ、弱い人間って話し声も小さいんだなあ~」
ギャアギャアと騒ぎながらイアンさんを担いで引き上げていく青髪と、短剣を手で弄びながらその倍は早足で歩を進める勇者。
俺はその憎らしい後ろ姿を、ただただ唇を噛み締めながら見送ることしか出来なかった。
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