50 / 82
予想外
しおりを挟む最近はリドさんに貰ったお下がりの服を仕事着で着ている。
少し大きいが、動くのに問題はないので、ありがたく何着か頂戴したのだ。
(貰った時に、俺の子供の頃の服だが…と言って渡されたのはまだ根に持ってるよ、リドさん)
スカーフをしっかり頭に巻き、黒の髪の毛を隠せば準備万端。
「イアンさん、おはようございます!起きてください!」
新しく日課となった水やりを済ませるため、イアンさんの肩を揺らす。
「ほら、薬草畑にお水あげに行かないとですよ」
「……ゔぅ」
俺の手が当たった反動で、ズレた布団の隙間から覗いた顔を見て驚く。
いつもの澄ました顔立ちではなく、見たくない物を目の当たりにさせられているような、そんな苦悶の表情をしていたのだ。
(まさか俺が揺らしたから、ではないよな?)
いや確かに、俺も元の世界で毎朝こんな感じで出社拒否してたけど……。
イアンさんの生活を見る限り、朝を嫌がる理由はないよな。
その表情が気に掛かり、揺らす手を止めると、ついこの間の出来事が突如としてフラッシュバックした。
(もしかして、前みたいに魔王討伐戦について思い出しているんじゃないか……?)
ならばと、前回やったような落ち着かせる方法は無いかと模索する。
……頭を撫でてみようか。
ゆっくりと、驚かせないように、少し乾燥気味な黒髪を撫でる。
寝入っているままでも手の感触を少しは感じ取ったのか、イアンさんが身を捩った振動が手を伝った。
「ご、めん」
先ほどまでは唸り声を上げていたイアンさんの口から零れ落ちたのは、何かを謝罪する言葉だった。
きっと、夢で辛い記憶を追体験しているんだろう。
きっとこの調子では、穏やかな目覚めには短くない時間が必要そうだな。
「……こりゃ遅刻かなぁ」
(1分遅刻したなら、もう気が済むまで遅れてやろう)
眠りの浅いイアンさんが、また安心して光を目に出来るように。
************
「……ユウ、ごめん」
「大丈夫ですよ!さ、お水をやりに行きましょう。なにせ今日が初日ですから」
頷いた姿を確認し、早速その手を取って家を抜け出した。
(いや~ちゃんと覚醒してよかった、もう街に行けないかと思ったな)
起きたばかりのイアンさんは愚図っている子供のようで、俺の顔を見ては目を潤ませた。
そのうちに自分が俺の足を止めていることに気付き、あの謝罪につながる。
事情を聞いても、何でもないと跳ね除けられてしまったけど……多分俺の予想は間違っていないだろう。
少し村から離れると、昨日場を整えた畑が見えてきた。
パッと見では特に変わっていないようにも見えるけど、これがあと数日で収穫出来るんだから驚きだよなぁ。
「さて、水やりなんですけど……近くに井戸とかありますかね」
「ここ、井戸ない」
「えっ?!どうしよう、水とか汲んでくればよかったですかね」
そうか、村からも少し離れているし、井戸を作っても管理出来るはずない。
でもそれならどうやって水をあげれば良いんだ?!と慌てていると、イアンさんに肩を叩かれた。
「……必要ない。これが、ある」
イアンさんが手を広げると、ふわりと透明な球が浮く。
それは太陽光を受け、ガラス玉のようにキラリと煌いた。
「え、もしかしてそれって!」
「水」
「おおお!すごいです!」
イアンさんが球を出しては放つ動作を数回繰り返すと、すっかり畑に潤いが満ちた。
なぁんだ、これで解決!……って
「これ、俺要らないんじゃ……」
「!」
ピシリ、と空気が固まったのを感じた。
まあね、ここ最近順調に来すぎていると思ってたよ……こんなところに落とし穴があったとは。
(魔法がないと水やりもまともに出来ないのか、結構凹むな)
「そんなこと、ない!」
「あ、慰めてくれるんですね……でも大丈夫です。しっかり薬草が育つのが1番ですから、俺は見守ります!」
それに、今は遅刻しているからのんびりしていられないし!
「朝やることも終わったし……行ってきます!」
そうイアンさんに別れを告げたが、意図せずしょんぼりとした声が出てしまった。
(なんか俺、拗ねてるみたいでカッコ悪いな!)
口に出してから自覚して、慌てて薬草屋に向かう俺の背を、ジッと視線が追いかけて来ていた。
137
お気に入りに追加
5,006
あなたにおすすめの小説
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです
魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。
ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。
そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。
このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。
前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。
※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)
ある日、人気俳優の弟になりました。
樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる