48 / 82
動転
しおりを挟む村にはいつも、どことなく緩やかな時間が流れている。
俺はその空気感が好きだし、村の人もきっとそう思って住み続けているんだろう。
だけど、薬草畑から帰ってきた俺達を迎えたのは、いつもと違うピリッとした緊張感の漂う静けさだった。
「イアンさん、なんか村が静かですね」
「……リドさんの家、後で、行こう」
「え、あ、待ってイアンさん!」
結んだままだった手を強引に引かれ、そのままイアンさんの家へと歩き出した。
イアンさんも村の雰囲気がいつもと違うのを感じたんだろうか。
素早く家へと滑り込むと、イアンさんは壁に背をつけ窓から様子を窺い始める。
「……なんか見えます?」
「多分、リドさんの……家」
「家?」
その言葉が引っかかり、俺もイアンさんの下に潜り込むようにして窓を覗き見る。
「いつも通りに見えますけど……あっ!」
パッと扉が開いて中から出てきたのは、リドさんと……燃え盛る炎のような赤髪、騎士団の隊服を靡かせた人物。
その人影を視界に捉えた瞬間、思わず窓から逃げるように座り込んだ。
「うげぇ、バレスさん?!」
「バレス……騎士団長か?」
イアンさんの疑問に、こくこく!と全力で頷いて肯定の意を示す。
(なるほど……村の皆、バレスさんが来ているから静かだったのか)
「こんな小さな村に何の用事があって来たんだろう」
「リドさん、かも」
(リドさん?何で騎士団長直々に足を運ぶんだろう……っていうか、やっぱり2人は何かしらの関係性があるんだな)
バレスさんは数人の騎士を引き連れ、足早に村を後にした。
その背後で、家の外に立ち尽くしたリドさんが、何やら考え込んでいるようだ。
「ちょっとリドさんに話を聞きに行きましょう」
「……あぁ」
俺達は周囲に人がいないことを確認し、リドさんに声を掛けた。
「リドさん!い、今のは……」
「あぁ、ユウにイアン。帰ってたのか。想像の通りバレス騎士団長だ…厄介事を背負いまくって村に来てくれやがったよ」
「やっぱり……って、厄介事って何ですか?」
「二人とも、中に入ってくれ」
思わずイアンさんと目を見合わせる。
いつになく、リドさんの眉間に皺が寄り、余裕のなさそうな顔付きなのだ。
(これは何か覚悟した方がいいかもな……)
3人揃って椅子に落ち着くと、リドさんが神妙な顔付きで話し始めた。
「実はな、数日前から魔物の攻撃が激化しているらしい」
「あ、今日薬草屋で小耳に挟みましたよ……それと、魔物を退治している騎士団も見ました」
「は?大丈夫だったのか?見つかったりしてないだろうな」
「しっかり隠れました!」
「……心配が尽きないな。実は騎士団の巡回が厳重になることになった。うちの村はフィラから1番近いからな。時折騎士団が目の前を通行することになった」
「うげぇ、本当ですか」
「あぁ、だがそれはまだいい。問題は……勇者が帰還することになった事だ」
「泣きっ面に蜂じゃないですか!どうしよう、薬草屋の通勤もあるし、今植えたポーションの薬草も育てないとなのに……」
ショックのあまり机に突っ伏すと、リドさんが頭をヨシヨシと撫でてくれた。
(あれ、もしかして俺、イアンさんにも子供扱いされてないか……?)
「勇者の帰還は今日命令が出たようだから、すぐには帰って来ないだろうな。
勇者一人で帰還するならまだしも、簡易的なパーティーを組んでいるそうだから機動力は低い」
「へえ、そんなものですか」
「アイツが……」
ぼそりと聞こえた声にハッとして横を向くと、目を鋭くさせたイアンさんが拳を握りしめていた。
(そうだイアンさんは、ここに来るまでに勇者と相当な因縁が出来てるんだ)
「イアンさん……」
「アイツが、来るなら……取り返す。」
「まあ待てイアン。お前まだ本調子じゃないだろ、今のお前だったら勇者には勝てない。恐らく、その半魔の身体を自由自在に扱えて初めて勇者を超えられる」
「…」
悔しさからか、唇の端を噛んで俯いてしまったイアンさんの手を握る。
「イアンさん、いつか必ず取り返しましょう」
「……あぁ」
「それにリドさん、俺の計画では勇者とバレスさんを友好的な関係にしたいと思ってるんです。争い事は程々に」
「ユウは意志が固いな……いいぜ、出来る限りの協力はする。城への謁見も近々に設定できたし、進展は見込めるぞ」
ニコリと笑みを深めたリドさんに額を軽く押されて、思わず目を閉じてしまう。
光が届かなくなった瞬間、リドさんが愛用していると言っていた植物の香が鼻を刺激した。
「だからといって、勇者やイアンばかりに構うなよ?」
漂う熱と、耳元にかかる息で、遅れながらもその近さを知った。
最近のイアンさんの行動で、この世界の人の距離感に慣れてきた筈なのに。
(恥ずかしさで、顔が熱い)
「……はい」
そう言わざるを得ない、逃げられない空気感だった。
バレスさんとは違う、人を威圧しつつも魅了するようなカリスマ性が、リドさんの魅力なんだろう。
(村長って、すごいな)
おかしな方向に感心していると、リドさんは急に立ち上がり台所へと向かっていく。
「ま、そういうことで外出する時には気を付けろよ。特に勇者が帰ってくるだろう数日後はな……収穫祭も目前だし、村で働いてくれても助かるんだけどな」
「え、それも是非やらせて下さい!村のお仕事してみたかったんです!」
「……ユウ、無理しないで」
イアンさんも、一時沈んでいたが、調子を取り戻して来たようだ。
その様子に、安堵で胸を撫で下ろし、密かに息を吐く。
(良かった。とりあえず、勇者に会うのは避けなくちゃ。カインさんには悪いけど、少しの間お休みが貰えるか掛け合ってみよう)
その日はイアンさんを元気付ける名目もあり、リドさんと久しぶりの夕食会を楽しむことになった。
「こうやって、皆で食べる食事はとても美味しいですよね。俺も調理を覚えようと頑張ってるので、もしよかったら今度は俺に準備させて下さい!」
「お、そうなのか。それは楽しみだな」
「……一緒に、やろう」
リドさんやイアンさんとも約束を交わした俺は、その日もほくほくとした気持ちで寝床についた。
……言うまでもなく、イアンさんの腕の中で。
146
お気に入りに追加
5,007
あなたにおすすめの小説
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
異世界に転生してもゲイだった俺、この世界でも隠しつつ推しを眺めながら生きていきます~推しが婚約したら、出家(自由に生きる)します~
kurimomo
BL
俺がゲイだと自覚したのは、高校生の時だった。中学生までは女性と付き合っていたのだが、高校生になると、「なんか違うな」と感じ始めた。ネットで調べた結果、自分がいわゆるゲイなのではないかとの結論に至った。同級生や友人のことを好きになるも、それを伝える勇気が出なかった。
そうこうしているうちに、俺にはカミングアウトをする勇気がなく、こうして三十歳までゲイであることを隠しながら独身のままである。周りからはなぜ結婚しないのかと聞かれるが、その追及を気持ちを押し殺しながら躱していく日々。俺は幸せになれるのだろうか………。
そんな日々の中、襲われている女性を助けようとして、腹部を刺されてしまった。そして、同性婚が認められる、そんな幸せな世界への転生を祈り静かに息を引き取った。
気が付くと、病弱だが高スペックな身体、アース・ジーマルの体に転生した。病弱が理由で思うような生活は送れなかった。しかし、それには理由があって………。
それから、偶然一人の少年の出会った。一目見た瞬間から恋に落ちてしまった。その少年は、この国王子でそして、俺は側近になることができて………。
魔法と剣、そして貴族院など王道ファンタジーの中にBL要素を詰め込んだ作品となっております。R指定は本当の最後に書く予定なので、純粋にファンタジーの世界のBL恋愛(両片思い)を楽しみたい方向けの作品となっております。この様な作品でよければ、少しだけでも目を通していただければ幸いです。
GW明けからは、週末に投稿予定です。よろしくお願いいたします。
僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
俺が聖女⁈いや、ねえわ!全力回避!(ゲイルの話)
をち。
BL
ある日突然俺の前に聖獣が現れた。
「ゲイルは聖女なの。魔王を救って!」
「いや、俺男だし!聖女は無理!」
すると聖獣はとんでもないことを言い出す。
魔王は元人間だという。
人間の中で負の魔力を集めやすい体質の奴が魔王になるのだそう。
そしてそのほとんどが男なんだそうな。
んでもって、そいつは聖女の家系の者に惹かれる傾向にあるらしい。
聖女の方も同様。
「お互いに無意識に惹かれ合う運命」なんだと!
そしてその二人が交わることで魔王の負の魔力は浄化されるのだという。
「交わる?」
「えっとお。人間では使わないのかな?
交尾?番う?」
「もういい!ヤメロ!!」
とにかく、それは聖女の家系の方が男だろうと女だろうと関係ないらしい。
お構いなしに惹かれ合っちまう。
だから聖女の血を絶やさぬよう、神の力だか何だか知らんが、聖女の家系の魔力の強い男、つまり聖女になりうる男は|胎《はら》めるようになった。
「その聖女の家系がゲイルのところ。
だからゲイルは聖女なんだよ!」
ここまで聞いて俺は思わず叫んだ。
「クソが!!男だとか女だとかを気にしろよ!!
構えよ!そこは構いまくれよ!!
こっちを孕ませたらおけ、みたいなのヤメロ!!
サフィール家だけがワリ食ってんじゃねえか!」
男なのに聖女だといわれたゲイル。
ゲイルははたして運命とやらを無事回避できるのか?!
※※※※※※※※
こちらは「もう我慢なんてしません!家族にうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!」に登場するゲイルが主役のスピンオフ作品となります。
本編とリンクしつつ微妙に違う世界線のifストーリーです。
単品でもお読み頂けますが、よろしければぜひ本編も♡
スンバラシイお父様ゲイルが可愛い息子タンを溺愛しておりますw
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる