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動転

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村にはいつも、どことなく緩やかな時間が流れている。
俺はその空気感が好きだし、村の人もきっとそう思って住み続けているんだろう。

だけど、薬草畑から帰ってきた俺達を迎えたのは、いつもと違うピリッとした緊張感の漂う静けさだった。


「イアンさん、なんか村が静かですね」

「……リドさんの家、後で、行こう」

「え、あ、待ってイアンさん!」


結んだままだった手を強引に引かれ、そのままイアンさんの家へと歩き出した。

イアンさんも村の雰囲気がいつもと違うのを感じたんだろうか。
素早く家へと滑り込むと、イアンさんは壁に背をつけ窓から様子を窺い始める。


「……なんか見えます?」

「多分、リドさんの……家」

「家?」


その言葉が引っかかり、俺もイアンさんの下に潜り込むようにして窓を覗き見る。


「いつも通りに見えますけど……あっ!」


パッと扉が開いて中から出てきたのは、リドさんと……燃え盛る炎のような赤髪、騎士団の隊服を靡かせた人物。

その人影を視界に捉えた瞬間、思わず窓から逃げるように座り込んだ。


「うげぇ、バレスさん?!」

「バレス……騎士団長か?」


イアンさんの疑問に、こくこく!と全力で頷いて肯定の意を示す。


(なるほど……村の皆、バレスさんが来ているから静かだったのか)

「こんな小さな村に何の用事があって来たんだろう」

「リドさん、かも」

(リドさん?何で騎士団長直々に足を運ぶんだろう……っていうか、やっぱり2人は何かしらの関係性があるんだな)


バレスさんは数人の騎士を引き連れ、足早に村を後にした。
その背後で、家の外に立ち尽くしたリドさんが、何やら考え込んでいるようだ。


「ちょっとリドさんに話を聞きに行きましょう」

「……あぁ」


俺達は周囲に人がいないことを確認し、リドさんに声を掛けた。


「リドさん!い、今のは……」

「あぁ、ユウにイアン。帰ってたのか。想像の通りバレス騎士団長だ…厄介事を背負いまくって村に来てくれやがったよ」

「やっぱり……って、厄介事って何ですか?」

「二人とも、中に入ってくれ」


思わずイアンさんと目を見合わせる。
いつになく、リドさんの眉間に皺が寄り、余裕のなさそうな顔付きなのだ。


(これは何か覚悟した方がいいかもな……)


3人揃って椅子に落ち着くと、リドさんが神妙な顔付きで話し始めた。


「実はな、数日前から魔物の攻撃が激化しているらしい」

「あ、今日薬草屋で小耳に挟みましたよ……それと、魔物を退治している騎士団も見ました」

「は?大丈夫だったのか?見つかったりしてないだろうな」

「しっかり隠れました!」

「……心配が尽きないな。実は騎士団の巡回が厳重になることになった。うちの村はフィラから1番近いからな。時折騎士団が目の前を通行することになった」

「うげぇ、本当ですか」

「あぁ、だがそれはまだいい。問題は……勇者が帰還することになった事だ」

「泣きっ面に蜂じゃないですか!どうしよう、薬草屋の通勤もあるし、今植えたポーションの薬草も育てないとなのに……」


ショックのあまり机に突っ伏すと、リドさんが頭をヨシヨシと撫でてくれた。


(あれ、もしかして俺、イアンさんにも子供扱いされてないか……?)


「勇者の帰還は今日命令が出たようだから、すぐには帰って来ないだろうな。
勇者一人で帰還するならまだしも、簡易的なパーティーを組んでいるそうだから機動力は低い」

「へえ、そんなものですか」

「アイツが……」


ぼそりと聞こえた声にハッとして横を向くと、目を鋭くさせたイアンさんが拳を握りしめていた。


(そうだイアンさんは、ここに来るまでに勇者と相当な因縁が出来てるんだ)


「イアンさん……」

「アイツが、来るなら……取り返す。」

「まあ待てイアン。お前まだ本調子じゃないだろ、今のお前だったら勇者には勝てない。恐らく、その半魔の身体を自由自在に扱えて初めて勇者を超えられる」

「…」


悔しさからか、唇の端を噛んで俯いてしまったイアンさんの手を握る。


「イアンさん、いつか必ず取り返しましょう」

「……あぁ」

「それにリドさん、俺の計画では勇者とバレスさんを友好的な関係にしたいと思ってるんです。争い事は程々に」

「ユウは意志が固いな……いいぜ、出来る限りの協力はする。城への謁見も近々に設定できたし、進展は見込めるぞ」


ニコリと笑みを深めたリドさんに額を軽く押されて、思わず目を閉じてしまう。

光が届かなくなった瞬間、リドさんが愛用していると言っていた植物の香が鼻を刺激した。


「だからといって、勇者やイアンばかりに構うなよ?」


漂う熱と、耳元にかかる息で、遅れながらもその近さを知った。

最近のイアンさんの行動で、この世界の人の距離感に慣れてきた筈なのに。


(恥ずかしさで、顔が熱い)


「……はい」


そう言わざるを得ない、逃げられない空気感だった。
バレスさんとは違う、人を威圧しつつも魅了するようなカリスマ性が、リドさんの魅力なんだろう。


(村長って、すごいな)


おかしな方向に感心していると、リドさんは急に立ち上がり台所へと向かっていく。


「ま、そういうことで外出する時には気を付けろよ。特に勇者が帰ってくるだろう数日後はな……収穫祭も目前だし、村で働いてくれても助かるんだけどな」

「え、それも是非やらせて下さい!村のお仕事してみたかったんです!」

「……ユウ、無理しないで」


イアンさんも、一時沈んでいたが、調子を取り戻して来たようだ。

その様子に、安堵で胸を撫で下ろし、密かに息を吐く。


(良かった。とりあえず、勇者に会うのは避けなくちゃ。カインさんには悪いけど、少しの間お休みが貰えるか掛け合ってみよう)


その日はイアンさんを元気付ける名目もあり、リドさんと久しぶりの夕食会を楽しむことになった。


「こうやって、皆で食べる食事はとても美味しいですよね。俺も調理を覚えようと頑張ってるので、もしよかったら今度は俺に準備させて下さい!」


「お、そうなのか。それは楽しみだな」


「……一緒に、やろう」


リドさんやイアンさんとも約束を交わした俺は、その日もほくほくとした気持ちで寝床についた。

……言うまでもなく、イアンさんの腕の中で。




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