37 / 82
村長の憂鬱
しおりを挟むオスティア国の首都、フィラに程近い長閑な村のとある家屋の主は、重く深い息を吐き出した。
今日はユウに迫り来る王宮への対策と、気候が変わる頃に行われる収穫祭に向けて、
あらゆる執務を片付けないとならない。
……のだが、筆が進まない。というのも、ここ数日でこの村に激動が起き過ぎた。
むしろ、日を追うごとに問題が一つ、またひとつと増えているのだ。
朗らかに差し込む日に頭痛を覚え、頭を抱える。
「もう朝だな、ユウは薬草屋に行ったか……はぁ」
昨日突然の帰還を果たしたイアンは、半魔の状態になっていた。
あの目を見ても、即座に斬り掛からなかった自分を褒めたい。
それほど、気配ひとつをとっても危険な存在だったのだ。
傷が癒えたばかりにも関わらず、人を威圧するような気迫。
さすが、勇者として名を立てていただけのことはある。
(厄介な状況になったな……)
俺は一般的な住民よりも情報を得られやすい生い立ちだったために、大抵の話は齧ってきた。
だが、今回の件は、生きてきた中で見聞きしたことが無い。
見たところ、魔物と人間が完全に融合しきっていた。
髪は黒く、目は赤く輝く様は、まさに異様だった。
「ウチの村は黒に縁があるのか」
この間忽然と現れたユウも黒髪を持っている。
瞳はかろうじて黒とは判別しにくい木の幹や土のような色だが、髪については完全に異質だ。
……ユウは不思議なオーラを持った男だ。
控えめで健気だが、前向きで、時折見せる大胆さとあどけない可愛さが、人を飽きさせない。
バレス騎士団長にもちょっかいを出されていると言っていたが、それは単なる気紛れではなく、本気なのだろう。
「アイツに見つかるとは……まだ素性は割れていないとはいえ、悪いことは重なるな。王宮への謁見の申込を早めておこう」
口には出さないが、巻き込まれて召喚されたこの世界で、慣れないことも多く心許ないだろう。
そんな折に王宮の武力の頂点とも言えるバレス騎士団長に見つかってしまったとなれば、気が気では無いはず。
帰りたいという感情があるかはわからないが、この村を好いて、永住したいと話してくれた。
出会ってから短期間ではあるが、そんな彼を守りたいと、そう思ってしまった。
「柄じゃないけどな。まあ、一生に数度とない感情かもしれないな」
こちらも生易しい手は使っていられない状況だ。
不貞の輩が無垢な彼を拐かさないように、ユウの腕に俺の証を着けさせた。
まあ、これくらいでアイツが引くとも思えないが。
執務にいまひとつ身が入らないのを自覚した俺は、大きな伸びをする。
「さて、イアンに話を聞きに行くか」
排斥される立場となってしまった、不遇な結末となった元勇者の住処へと向かおう。
何があったのか、これからどうしていくか。
問題は山積している。
「というか、今のところ何か仕出かしそうなのはイアンだな。同じ屋根の下とは、気が抜けない」
一度釘は刺したつもりだが、念押しもしておこう。
彼……ユウの身の安全は俺によって守られなければ。
そうでなければ、今後彼を籠絡する手段が減ってしまう。
あらゆる方向から、ユウを囲う布陣を描こう。
「正々堂々と勝負するのは俺の趣味じゃ無いからな。なぁ、バレス?」
……自分よりも幾分か遅れて彼を見出したバレスに、今度こそ掻っ攫われないように。
171
お気に入りに追加
5,040
あなたにおすすめの小説

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い
八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。
11/21 登場人物まとめを追加しました。
【第7回BL小説大賞エントリー中】
山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。
この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。
東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。
風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。
しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。
ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。
おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!?
そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。
何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから!
※11/12に10話加筆しています。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる