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薬草屋

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「よし、髪の毛の色は見えないな」


リドさんに買ってもらった深紅の服を着て、鏡の前で気合を入れる。

異世界に転移してきて3日となる今日は、初めてこの異世界の仕事を経験する重要な日になった。

そう、今日は薬草屋への初出勤なのだ。


「リドさんたちに恩返ししなきゃだし…頑張るしかないよな!」


自分を奮い立たせるように頬を叩き、家を出た。
今日は2度目になる街への道なので、送り迎えは要らないと言ってあったのだが……リドさんは村の入り口で俺を待っていた。


「リドさん、気を遣わないでくださいって!」

「いやそれがな……気になって何も手につかなかったんだ」


そう話している間にもソワソワとしているリドさんは、確かに仕事に集中できそうな状態ではなかった。


「もう、いいんですって。何かあっても走って逃げますから!」


俺はあの騎士団長をも撒いた男だからな!と少々ドヤ顔をして見せると、更に心配そうな顔になってしまった。


「街の入り口までは薬草屋の店主が迎えにきてるはずだ。気をつけろよ」

「分かりました!リドさんもお仕事頑張ってくださいね!」


俺はまたリドさんの心配性が顔を出さないよう、急ぎ足で村を発つ。


(リドさんって本当に良い人だよな……)


俺はフィラに続く道を辿りながら、物思いに耽る。
フィラは今日も人通りが多く、人と人との距離が近い。


(首都ってこんなに人が多いのか……昨日もそうだったけど、色んな人がいるなぁ)


不審な挙動にならない様、辺りを見回す。

街の入り口まで来ると、顎に髭を蓄えたダンディな白髪のおじ様が俺に気付き小さく手を振ってきた。

もしかしてあの人が?


「やあ、君がユウ君かい?僕が薬草屋の店長のカインだ。今回の件は、突然のお願いになってしまって悪いね」


「初めまして、ユウです。お世話になります!」


第一印象は礼儀が大事!と深くお辞儀をした。

顔を上げると、カインさんが不思議そうに俺の行動を見ている事に気がつく。
……あれ、もしや。


「遠い国の生まれとは聞いていたけど、それはユウ君の祖国の慣習なのかい?」


「……」


(終わった)


とりあえず、この場はいい。リドさんが先手を打っていてくれたんだから。

……問題は昨日だ。記憶は曖昧だけど、あの騎士団長に俺は思いっきりお辞儀してしまっていた筈。


(俺、生きづらすぎる!)


「そんな感じです。ハハ……」


遠い目をしながら、俺はカインさんの後を付いていった。


******


カインさんに連れられて辿り着いたのは、メイン通りからは外れた路地に近い店だった。
人通りはメイン通りから見ると格段に少なく、人との接触を避けたい俺としては非常に過ごしやすい。

店内に通された俺は、いくつも陳列されている薬草の瓶詰めを興味深く観察し始める。

色鮮やかな薬草が詰められた棚は、全体がインテリアにすら見える程の美しさだ。


「他にも人手が足りない店はあったんだけどね。リドさんが人を出したがらなくてね……君がここに来てくれて本当に助かったよ」


「え?他にも人員不足の店があったんですか?」


「ここ最近、魔物による襲撃が激化していてね。メイン通りの店でも最近店番を探してるって聞いたよ。実は、その影響で物流が滞りそうな程なんだ」


(リドさんも大変だって言っていたけど、予想以上の状況なのかもな)


俺はいつ自分の身に降りかかるか分からない恐怖に、身を強張らせた。


「あぁ、ごめんね。怖がらせたいわけじゃなかったんだ。リドさんは、魔物が出にくいこの街で、かつ人通りが少ない店だけに人員支援するって言ってくれて、私のところに君を寄越してくれたんだ」


カインさんはウィンクしながらそう告げると、ちょっと待ってて。と裏に行ってしまった。


(リドさん、人通りが少ないとか、そういう所まで気にしてくれていたんだ!)


俺はリドさんの気遣いにホクホクとしながらカインさんを待っていた。


その時。


“カランカラン!”


「カインさん、昨日の薬草の件なんだが……」


カインさん不在の店内に低く甘やかな声が響く。

後ろを振り返ると、燃え上がるような赤い髪と隊服を靡かせた、精悍な顔立ちの男性が店に足を踏み入れたところだった。

自然と、視線が絡み合う。

……そう、薬草屋勤務初日しかも数分にして、今最も会いたくない人物と遭遇してしまったのだ。


(バレス騎士団長……!!!)




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